第150話
「そうと決まれば、今日中に準備を整えてきな。出発は明日の早朝! 待機場所はアルフヘイム西門前だ!」
「あ、明日!? いきなり!?」
「おう。南西のある村に用があってな。そこにミカエルんとこの隊員に調査してもらったんだが……なぜか帰ってくる気配がねえんだ。そう簡単にやられるタマじゃない奴らじゃねえのもわかってるから、こりゃ何かあると確信した。それで俺達が出向くことになったわけだ。元はと言えば俺らに来た話だからな」
「一度だけ報告の手紙が来ましたが、そこには『大丈夫です、問題はありませんでした』とだけ」
「こんなの、来てくださいって言ってるようなもんだ。なら尚更、これ以上無駄に部下を費やすわけにはいかねえ。お前らにもそれだけの実力を期待しての頼みだってわけだ。強い奴は多いほうがいい」
大我達は緊張感に精神を固めた。
まるで過去に何かしらで見たことあるような話の流れ。うろ覚えではあるが、その感覚が正しいならば、まさしくそれは蝶を捕まえる蜘蛛のような罠。
現時点では、大我の中にあるのは村という情報だけだが、あまりにもきな臭すぎる。
つい先程対面したばかりで、バーンズやイルのことなど何も知らない大我だが、肌に感じる強者の雰囲気と、そんな人物が赴くことになるという場所に、一体どれだけのものが待ち受けているのか。
バーンズの話も含めて改めて考えると、新たなる疑問がいくつも湧き出てくる。
「何が起きてるかの正体もわかんねえんだからな。頭数がある方が考えが共有できる。そういうわけで、明日は頼んだぞ」
「よろしくお願いします」
詳細はひとまず置いておき、強い信頼をぶつけて改めての依頼と礼を重ねたバーンズとイル。
席を立った直後、バーンズは懐からヒュームをばっと取り出し、テーブルの上へ置いた。
「今回は俺の奢りだ。個人的な依頼料代わりのな。こいつが終わったら、改めて謝礼を出させてもらおう。んじゃあな、明日までに身体壊すんじゃねーぞ!」
「失礼します」
ガチャリと背中の大剣を鳴らし、手を振りながらその場を去っていくバーンズ。
それから遅れて、ゆっくりと上品に頭を下げてからその後を追うイル。
終始二人のペースに乗せられたままだったが、不思議と反発しようという気は起きなかった。
滲み出る人柄か、それともその押しが強くて何かを言う隙もなかったか。
ともかく、残された三人は互いに顔を向け合い、改めて心情を整理した。
「なんか、わけわかんないうちに話進んじゃったな」
「今日お前との決着つけるつもりだったのに、まさかこんなことになるとはな」
「仕方ねえよ。つーか、元はと言えばお前も強引に誘ったんだろうよ。こっちはちまちま魔法の練習してたのに」
「う、うるせえ! とにかく、またいつか改めて勝負をつけてやるからな。それまではしばらくお預けだ」
「その時はもっと勝負するつもりでぶつかってやるよ」
「もっと広く、誰も邪魔の入らない場所でな」
消化不良ではあったものの、最後に悪感情を残すことなく、ちょっとした強気をぶつけながら席を立つ二人。
そんな側でほぼ黙りっぱなしだったエルフィは、うんうんと頷きながらいい関係性が育まれていったなぁ……と、ややめんどくさい人物の立ち位置で二人の成長を見守っていた。
そして会計。バーンズが気前よく残していったヒュームを持って、支払いを済ませようとした。
「……足りませんね」
「「「えっ」」」
「残りの金額、後でバーンズ隊長に請求しときますね」
* * *
カッコつけて奢ったのに料金が足りず、後で自身の財布から金が飛んでいくことなど知る由もないバーンズは、隣を歩くイルと共にこれから向かう場所の情報をまとめていた。
「ヘルギ村だったか。あれから結局、何も情報は入ってきていないんだな」
「ええ。手紙を最後に報告は途絶。外から監視していた隊員からも一切の報告、安否の確認もありません」
「そうか。イル、魔法具と装備の点検しっかりしとけ。すぐに終えられるといいが……いやな胸騒ぎがする」
「了解。この後はどうするんですか?」
「俺は整備の前に、軽く身体を動かすとする。気持ち整えておかねえと、油断してぽっくり逝ってもおかしくないからな」
「隊長にそんな心配はあるんですか」
「無かったら今日まで生きてねえ」
「愚問でしたね」
「んじゃ、一旦ここでお別れだな」
「私も、その準備にお供します。どうも私の方は心が鈍ってたみたいなので」
「そういうことなら付き合ってやるか。あの時みたいに負けても駄々こねるんじゃねえぞ」
「なっ、おま……うぅん! いつの話してんですか……」
「はっはっは、途中でへばるなよ」
長年の信頼を野暮ながらも少しだけ言葉に乗せながら、二人は団員専用の訓練所へと足を伸ばした。
アリアが創生した新世界、最大の危機は一旦の幕を引いた。
だが、物事には常に副次的効果がついて回る。悪意の残照、破壊の痕跡、害の残り香。
それらは時として、誰もが想像し得ない方向へと歩みを進める時がある。
それが良に傾くか、悪に傾くか。相見えるまでは誰にもわからない。
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