第114話 実力のその先へ

「みんなただいまー! ちょっと色々あって出られなかったけど、今日からセレナ復帰しまーす!」


 紹介所の隣に構える大型食堂「ウィータ」の、ある種名物店員となっているセレナ。

 B.O.A.H.E.S.撃退以降しばらくの間休みをもらっていたが、この日ようやく出勤が再開した。


「おう待ってたぞ!」


「また歌うの楽しみにしてるからな!」


 そんな彼女を楽しみにしている商人や戦士、冒険者も少なくなく、セレナが出勤する日は売上が上がるなど、まるで看板娘のよう、人気のローカルアイドルというような様相を示していた。


「…………またうるさくなるのか」


 遠くの方で盛り上がっている様を横目に、二階席のテーブルに膝を付きながらぐったりを細い目で力を抜いていたのは、朝の鍛錬を終えて食事を摂りに来ていたラントだった。

 ラントとセレナはそれなりに交流のある仲ではあるが、さしてこのようなアイドルじみた振る舞いには興味はなく、その上でちょくちょく店内で絡んでくるために、そんな感情が顔にも出てくる程にめんどくさいなあと思っていた。


「……にしても、あの時は本当に嬉しかったなぁ……アレクシスさんも戻ってきて、一緒に戦えて…………」


 ラントの胸中に今も光り続けていたのは、B.O.A.H.E.S.との戦いにて一番の憧れであるアレクシスと共闘したという、夢のような紛れもない事実と、その勇姿を間近で見られた事象だった。

 自らが遠き道程の先にいる偉大な目標として目指した人物の横に立てたという誉れ。それは一生忘れることのない思い出となるだろう。

 と、同時に、ラントは内心で、己の力不足を嫌と言うほどに体感していた。


「けど、やっぱり実力が違いすぎるんだよな。俺は長時詠唱をあれだけやっても、アレクシスさんはそのレベルの土魔法を……まだまだ、もっと修行しないとな」


 コップに注がれた冷水を飲みながら、疲れをクッションにだらりと力を抜いていると、ラントが座るテーブルへ一人の店員が近づいてくる。

 そして、表面にこれは冷えているとはっきり知らせるように水滴のついたコップを脳天にひっつけた。


「つめてっ!?」


 無警戒の状態から突然襲ってきた冷気に飛び上がるようにして身体を起き上がらせたラント。

 そこには、店の制服姿のセレナが、ぱちぱちと油の弾ける音を鳴らす鉄板を載せた木製プレートを片手にいたずら心満載の表情で立っていた。


「どうしたの不満そうにして、せっかくのセレナ復帰一日目なんだよ? はいチーズがけオニオンソースステーキ」


 トッピングとしてチェダーチーズをかけた、琥珀色に生まれ変わったみじん切りのオニオンソース纏う鉄板上のステーキが、ラントの前に差し出される。

 自分の復帰に何も言わないことに冗談一杯の口調で文句を言いながら、セレナはそっと膝を曲げて目線を下げる。


「うるっせえな。こっちはお前と違って悩み事あんだよ」


「あっ、ひっどーい! セレナをまるで頭空っぽで何も考えてない嘘つきみたいにー!」


「誰もそこまで言ってねえだろ。ずっと自分なりに修行してきたけどさ、やっぱ俺の実力はまだまだだなって。アレクシスさんには遠く及ばねえや」


「ラントは充分強いと思うけど?」


「まだなんだよ。まだまだ足りねえ。アレクシスさんの背中すら見えてねえ。今の俺じゃあ力不足なのは俺自身がよくわかってる。だからもっと、修行に修行を重ねて強くなる必要がある。そうじゃなきゃ、とても隣に……いや、背中を追いかける資格すらねえ」


 肉の焼ける音の側で、己の不甲斐なさを嘆くように拳を震わせるラント。

 眼の前の飯よりも憧れと強さに向ける感情の強さに、感心にも似た溜息をつきながら、セレナは額をコツンと曲げた指で押した。


「そういうこと考える前に、まずは眼の前の食べ物口に入れたら? せっかくセレナが持ってきてあげたのに冷めちゃうでしょ」


「あ、ああ……そういやそうだったな、わりい」


 悩みのどツボにハマり、すっかり飯を食いに来たということを忘れていたラントは、冷めないうちにとステーキに手を付けた。


「そうそうそれでいいの。あんまり深く考えすぎると毒だからね。それじゃ、何か追加注文あったらいってねー」


 去り際にセレナは見えないように笑みを浮かべ、今まで通りの通常業務へと戻っていった。

 肉を噛み、滴る肉汁と甘みをアクセントにしたソースの旨味を味わいながら、ラントは改めてこの後どうするべきかと悩んだ。


「…………今考えても仕方ねえな、食うか」


 だが、美味いものを食べながら考えていてもそちらに思考が割かれうまく纏まらないだろうと、すぐにそれを打ち切って食事へと集中し始める。

 そしてその直後、いざ意識を食にだけ移そうとした時に、一つの事柄が浮かんだ。


「……これで、いってみようか」


 悩みに悩んだ結果結論が出ず、それをやめた直後にふわっと生み出されるという微妙なもやもや感とすっきりした感覚が同居した不思議な感覚。

 心が完全に決まったわけではないが、ともかくこれで今は食事に集中できると、ラントは肉とどんどん食べては冷水と一緒に流し込んでいった。



* * *



 アルフヘイムを囲う巨大な森、シルミアの森のある一角。

 僅かな地面を踏み鳴らされた跡のみがあり、周囲には無数のへし折られた木々が、根を大地に生やしたまま、落ち葉に覆われていた。

 その中に一本、木肌が剥がれ落ち、幾多の衝撃が一箇所に何度も何度も叩き込まれたような木がそびえていた。


「――――――よしっ」


 深く何度を深呼吸をしてリラックスし、腹ごなしも兼ねて昼の修行へと励むラント。

 一発一発、一本の木に正拳突きを同じ箇所に叩き込む。

 一撃が入る度に枝葉が揺れ、しゃらしゃらと擦れる音がかき鳴らされる。

 周りの折れた木は全てラントがこの修行によってへし折れるまで叩き込んだものであり、本人の修行の成果が目に見えるアーカイブでもあった。

 開始からしばらく、百発程拳を放ったところで、ラントは手を止めた。

 食堂で至った一つの結論。しかしそれを実行する踏ん切りがつかない。

 一人で黙々と続けるにも限界がある。もっとレベルアップするには誰かの助けが必要だ。

 半ばルーチンワークのようにもなった修行を開始し、聞き慣れた木々の快音を耳に入れるうちに、ラントは最終的な一歩を踏み出さんとばかりに、その欠位を表すように全力でその一発をぶち込んだ。


「アレクシスさんのとこへ行こう」

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