第107話
「エルフィ、道案内とその後のことをよろしく頼んだよ」
「言われなくとも」
B.O.A.H.E.S.の封印に必須であろうエルフィの同行も確認し、これでようやくの準備が整ったと、亡骸と血の海広がるオルデア山への道を向く。
それこそまさしく長く苦しい死闘の跡。肉と金属入り交じる死の履歴。
これだけの被害を出すことになってしまったのだと噛み締めながら、エヴァンは小さな一礼と黙祷の後二本のナイフを片手に握り、共に行く仲間達へ出発の号令をかけた。
「さあ行こうか! 早く最後の仕上げを済ませて、みんなで勝利を祝おう!」
その声の後、石棺を乗せた巨大な台車が重く響くような音を立て前進を開始した。
中身も合わせたあまりのスケールの大きさに、重量は間違いなく想像を絶するだろう。
そんなとんでもない代物を動かせるだけの能力を持った者達は、そのままB.O.A.H.E.S.が閉じ込められていた場所、バレン・スフィアの向こう側を目指すために歩き出した。
「……行っちまったな」
「そうだな」
「本当に、これで終わったんだな」
「ああ、ようやく。お兄ちゃん達がいなかったらホント、何もかもぶっ壊されてたかも」
エヴァン達の背中を見届け、つい先程までの事を感慨深く振り返るラントとアリシア。
「ルシール、半ば強引に連れてきたのは本当にごめん。けど、あんたがいなかったら今頃……」
「う、ううん……役に立てたのなら、よかったかな……クロエさんが元に戻ったっていうのも知れて、すごく嬉しかったし」
ラントやアリシア達、そしてクロエが側にいたから耐えられたのだろうという小さな手の震え。
口では気にしないというようなことを言ってても、内心はとても怖がっていたことが伺い知れる。
それを悟ったアリシアは、改めての強い謝罪の念を込めてそっと優しく手を握り、ちょっとでも心を休められたらと肌の温かさを分かち合った。
「あーい! そこ何いい雰囲気になってんのよ!」
「いったーー!! 何すんだよセレナ! つーかなんでここに!」
友情を帯びた桜色の雰囲気に包まれていたその空間に、後からやってきたセレナがスパンと良い音をたててアリシアの後頭部を引っ叩いた。
「事が終わったみたいだし、心配だから様子見に来たんじゃないの」
「なら叩くことないだろーが! 普通に話しかけろよ!」
「ごめんごめん。うっはー、やっぱりすごいことになってる。これ掃除大変そう〜」
セレナは死骸の山に若干引いているような、しかしそれなりに余裕のありそうな口ぶりで近づき、枝に張り付くように生えている人間の腕を掴んでぶらんぶらんと揺らした。
「流石に汚えからあんまり触んなよ」
「わかってるって。それじゃ、見たところへとへとそうだし、セレナの店で休まない? 避難してきた人達を受け入れてるからちょっと一杯になってるけど」
これからどうしようかと思っていたところにちょうどいい助け舟が現れた。
これまでに無い緊張から解放されたとはいえ、その反動から多大なる疲弊に襲われているラント達。
いつもの日常であればうーんどうしようかと悩んでいたが、今日はその好意に甘えることにした。
「んじゃそうするわ。アリシアもそれでいいよな?」
「そうだな。お兄ちゃんもいつ帰ってくるかわかんねえし」
「私も……疲れちゃった」
「それじゃ決まりね!」
いつもの平穏が戻ってきたような慣れたやり取りがほんのちょっとだけ懐かしく思える。
ラント達はその提案に従って街なかへと向かっていった。
その一方、それを言った当の本人であるセレナは、腕付きの木の棒を未だ小さく振りながら、誰にも見せていないような冷たい視線を送っていた。
「余計な面倒起こしてくれるじゃない」
明るいアイドルのような口調から一転、その声は殺意もなくただゴミを見るような不愉快さの籠もった声だった。
「おいセレナー、さっさと行くんだろー?」
「ごめんねー! 今行くからー!」
誰かが見ていれば名演技と称されるであろう切り替えで光るような声を振り撒き、最後に冷徹に動かしていた枝に指をとんと触れてから放り捨てて、ラント達の方へと走り出した。
最後に指を当てられたその枝は一瞬にして赤く輝き、そして灰となって跡形もなく風に消えた。
重傷の団長を抱えるエミルは、なんとかその身体に余計な衝撃を与えないようにと気を遣いながら、優しく足を進めていた。
「バーンズ、私が団長を本部まで運ぶ。そちらはアルフヘイム内に残る残党の捜索及び討伐、住人の救助を頼む」
「へいへい。んで、あんたはその調子で本当に大丈夫なのか? 団長程では無いにしても、あんたも割と怪我してんだろ」
「なに、それなりに回復はしてきたからね。せめてこういうところで、不甲斐なさの清算をさせてほしい」
はぁ……と溜め息を付き、簡単な二つ返事を向けるバーンズ。
それに一言、ありがとうとシンプルに口にしたエミル。それから二人はそのままネフライト騎士団本部へと足を進めた。
「ったく、相変わらず開かない瓶の蓋みてえに強がりなこった」
「団長大好きですもんね、エミル副団長」
エミルの気持ちをよく把握している二人は、深く追求はせずその感情を尊重した。
それからすぐに話を切り替える。
「で、街に降った奴らはあらかた潰したとは言ってたな?」
「はい。結合や再生もしないように灰にしました」
「未調査の区画はあるか?」
「南西側に四箇所、南東側に五箇所」
「よしわかった。もうちょっと暴れたりねえと思ってたところだからなあ。お前ら、南西側の場所は分かるか?」
「へい! イル副隊長のしご……ご教授でしっかり叩き込んでます」
「よっしゃ! お前らには南西側を任せる。俺とイルは南東側で最後のデザートと行くぞ!」
「了解!!」
未調査の数が少ない方を部下に任せ、情報を持たないバーンズはイルと共にそれぞれの残党潰しへと赴いた。
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