第101話

「……!! 来た! これでいつでも発動できる!」


 新たに全幅の信頼を置ける戦力が入ってきたまさにその時、ずっと中止することなく続けることができたラントの長時詠唱が想定した領域まで到達した感覚が全身に感じられた。


「おお、その様子から見るに、長時詠唱をやってたのか。中々に良い準備をするじゃねえか」

 

 滲み出る力強さとその言葉から、ラントがそれまでに何をやっていたのかを悟るアレクシス。

 憧れの人と同じ場所に立っているだけでも胸の鼓動が止まらないのに、さらに褒められたとあっては緊張が高まり、思わず大きく頭を下げる。


「あ、ありがとうございます!」


「いや、お礼言う程のことでもねえだろ。で、そいつぁなんのためにやってたんだ」


「あ、はい。あの怪物……ボアヘスを俺の土魔法で閉じ込めるためです。俺の力じゃまだ足りなさすぎるから、長時詠唱で引き上げて……」


「なるほどな。俺も同意見だ」


 話の途中でだいたいその先まで察して頷くアレクシスに、最後まで喋ろうとしていたラントはえっ? と一瞬固まると同時に自分のアイデアが憧れの人と合致したことに、握り拳が震えた。


「だが、一人じゃあ足りねえな。あいつは見たところ暴れ馬も同然だ。まともに簡単に閉じ込められるとは思えねえ」


 チラッと肉の槍や飛び道具によって穴が空き、ひび割れ、砕けた門の周囲の壁へと視線を移す。

 アルフヘイムを覆う壁の強度そのものは、巨人が殴ってもヒビ一つ入らない程に相当なもののはず。

 それが破壊されてしまうということは、ただの土魔法では到底足りない可能性が高い。


「じ、じゃあどうすれば」


「その為に俺達がいるんだろう。迅怜、露払いを頼む」


「チッ、せっかくなんだから派手にやれる役割が欲しいってのによ」


 分かりやすく不満そうに舌打ちを鳴らしながらも、人狼が持つ刃のような爪にバチバチと電撃を走らせ、いつでも何が来てもいいようにと準備を整える。


「クロエ、奴の凍結いけそうか」


「…………もう少し協力者が欲しいかも。でも、足止めなら行ける……と思うわ」


 当初は一人で超巨大という枕詞が相応しい生物相手を凍結させてしまおうと考えていたのか、クロエは人差し指の第二関節を顎に置き、挙動と戦力を吟味する。

 それは今の状況では難しいと判断を下したクロエは、氷魔法を使う協力者をリクエストした。


「だとは思ったよ。今動けるとなれば……おおそうだ、エヴァンの妹よ! 少し頼みがある!」


 今自分達の中で、迅怜を除いて最も身軽かつ体力の残っているという条件に当てはまるものはと見渡す。

 そしてそのお眼鏡にかかったのは、後方支援に徹していたアリシアだった。


「氷魔法の使い手を連れてこいって言うんでしょ」


「ああそういうことだ。自分の知る中で一番の奴で構わんぞ」


「…………一人いた」


 アリシアの脳裏に浮かんだ、一人の氷魔法の使い手。それは気の弱いルシールだった。

 だが、いくら自分達よりもその魔法に長けているとはいえ、こんな悪夢のような場所に連れて行くなど、緊急事態だとしても気が引ける。

 苦虫を噛み潰したように唇を歪め、複雑そうな顔をするアリシアに、それを察したクロエが、クールな表情から意識的に優しさを込めた声で話しかけた。


「大丈夫よ、私が守るから。自分が一番信じてる相手を連れてきて」


「わかった。その代わり、絶対に傷つけないでよ!」


 その実力と、絶対に約束を破ることはしないという意思を包んだ言葉、乏しい表情ながら瞳の奥に見える確固たる決意。

 それに免じてアリシアは背を向けて、アルフヘイムの方へと全力で走り出した。


「さてと、まだ動けるだろうエヴァン?」


「はは、もうそろそろ行けそうだね」 


「ったく、お前がいて手こずるとは相当な強敵なんだろう?」


「そうだよ。どれだけやっても再生するし、肉は飛び散れば他の生物に寄生し異形のキメラとなる。迂闊にも吹っ飛ばせないし、いつ動き出すかもわからない上に手下もどんどん出てくるから詠唱もやりにくいよ」


 愚痴に交えてB.O.A.H.E.S.の特徴を大雑把に伝えて仲間に共有するエヴァン。

 それを聞き、アレクシスは何かに納得したように首を縦に振って納得した。


「ああそりゃあお前の不得意な相手だろうな。その様子じゃあ燃やしてもこれだったんだろう?」


「そういうこと。けど、皆がいるならようやく希望が見えそうだよ」


「ハッ、頼りにしてな」


 強敵を前に、信頼から来る余裕か、十年ぶりの友との後腐れ無い会話を楽しむ二人。

 そんな二人をやれやれと思いながら、迅怜は構えを取り、最初に突進するべき方向を見定めた。


「無駄話してる暇あるんなら、とっとと仕留めろよ!!」


「悪いな迅怜。話し込んじまった」


 ようやく死を超越した肉塊に対抗する準備が整った。かつて肩を並べて戦うはずだった仲間が側にいる心強さに、憧れの人と共に戦う誇らしさ、エヴァンとラントの魂に火を点ける。

 それに感化され、エミルも剣を握り直し鋭い眼光で同じ方向を向く。

 これで全てを終わらせなければ、間違いなく自分達に未来は訪れない。想像もしたくないような地獄が繰り広げられるだろう。

 それぞれの理由、日常を胸に、エヴァン達は臨戦態勢を整えた。


「んじゃ、俺達の街を壊す汚えバケモノ退治といくか!」


 積もりに積もった十年分の気合いを形にしたアレクシスの号令、B.O.A.H.E.S.へと突き刺すように叫んだ。


「いいくぞオラァァァァァ!!!!」


 いの一番に飛び出したのは、露払いを任された迅怜。人狼の脚力を存分に発揮し、懐かしき大地を踏み抜く度に電撃がほとばしる。

 ぞろぞろと形を成すか成していないかばらつきのある柔らかい脚を動かして近づいてくる敵。

 そんな者達に遅すぎるとでも言わんばかりに、尻尾で叩きつけ、居合の如き蹴りを放ち、雷撃を帯びた爪で一閃し、まるで練習風景のように蹴散らしていった。

 その隙を突くように、B.O.A.H.E.S.から生えた肉槍が数本、迅怜の心臓部目掛けて放たれた。


「見え見えなんだよんなもんはなぁ!!」


 心眼とも言うべき動体視力を駆使し、掠らせすらしないように激しく大きく足元が弾けるが如く動き回る迅怜。

 刃のような爪を研ぎ澄ませ、四肢を無駄なく豪快に、本能のままに振り回し、襲い来るそれを食材のように斬り裂いた。


「来いよ来いよ来いよ!!! 俺は今無茶苦茶に暴れたくて仕方ねえんだ!! 気持ちわりいクソ見てえな状態になってから、身体が鈍りに鈍ってイライラしてんだよ!! せめてテメエらで俺の不満解消の餌になりやがれ!!」

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