第44話

 同日、大我とティアは一日ぶりのアリシアへの顔出しついでに露店街へ買い物へと繰り出していた。

 エヴァンと遭遇した日以来、青果店を経営する両親の手伝いを休み。その分の時間を大我との行動や自分や周囲の為に使っていたティア。

 この時は、料理に使う材料を切らしたからと、出かけるついでに買ってきてほしいというお願いをリアナから聞いていた。

 メモをポケットの中に入れ、頭の片隅に置きながら三人は移動する。


「具合良くなってるといいんですけど……」


「あっ、何か持って来といたほうがよかったか」


「あー確かに……どうしましょう?」


 緊張感はそこまで無く、アリシアへの心配を胸に歩く二人。大我の肩に乗って、しばし難しい顔を続けるエルフィ。

 まるでマスコット一人連れたデートのような雰囲気を醸し出す二人の前に、ある人物が現れた。


「おっ、二人共いいところに」


 そこに現れたのは、右手に手袋をはめ、腕の大部分を隠すような長袖の服を着たエヴァンだった。

 少々の視線は集めてはいるものの、黒く染まった箇所の大部分は隠されているため、帰ってきたときよりもその数は少ない。

 いくつかの懸念や不安から開放されたからなのか、その表情は初めて出会った時よりもさらに優しそうに感じられた。


「お見舞いに来てくれたのかい?」


「はい。アリシアの体調はどうですか?」


「うん。だんだん元気になってきたよ。ご飯も入るようになったし、早くて明後日には外にも出られそうかな」


「よかった……」


「――ところで二人共、時間は大丈夫かな?」


 話は転換し、エヴァンが二人の予定を問う。


「はい、大丈夫ですけど」


「よかった。少し一緒に着いてきてもらいたいんだけど、いいかな?」


「ええ、でもどこに行くんです?」


 予想外の誘い込みが三人に伝えられた。一体どんな用なのか想像つかないが、断る理由もないため、二人は快く了承した。

 ほっと胸を撫で下ろしたエヴァン。直後に背を向けて、ゆっくりと歩き出す。


「それはこの後説明するよ。でもこれだけは言える。これはおそらく大我君に、そしてエルフィには大切なことだと思う」


 名指しを受けた大我とエルフィは、不意打ちをくらったように互いを指差し合う。

 ヒントを与えられたようなものなのかもしれないが、二人にはさっぱりとその目的地に見当がつかなかった。


「あの、それだと私はいないほうが……」


「いや、ティア君にもいてもらいたい。巻き込んでいるのは理解してるけど、僕個人としてはこの後のことを覚えてる人はできる限り多いほうがいい」


 おそらく自分には無関係なのではと気を遣い、ティアはその場から去ろうとしたが、一応にも必要とされていることに驚きつつも、その反対の方向を向きかけた足を元に戻した。


 エヴァンを加えた四人は、露店街から離れて真っすぐとユグドラシルへと繋がる街道を歩く。

 やや白い雲がトッピングのごとく点在する青空の下で、人々はそれぞれの道程を歩んでいる。


「アリシアは大丈夫なんですか? 一人にしても」


「僕もそこは心配で、今日は看病しようとも思ったんだけど、もう動けるから大丈夫だって聞かなくてね。今回はその言葉に甘えさせてもらったよ」


「もしかして、負い目感じてるとか?」


「あはは、さすがずっと友達なだけあるね。僕もそれはよくわかった。長く離れてても、気を使ってくれたのはよくわかってる。でも、今はそれで少しでも強張った心が和らぐならってね。それに、アリシアの強さを僕は信じてるよ」


「……それを聞いてちょっと安心しました。やっぱりちゃんと回復してるんですね」


 長く側にいた分、鮮明に頭に浮かぶ二人のやり取り。

 照れながらもちょっとムキになった口調で言っているんだろうなあと思うと、アリシアへの容態への心配は小さくなっていった。


「今向かってるのは、その場所なのか?」


「いや、もう一人だけ誘いたい人がいる。彼もこれからのことを見るのに相応しいはずだよ」


 エルフィの質問に対する返答から、もう一人着いていく者が増えるらしい。

 さっぱりと全容が見えないままに歩いていると、四人はユグドラシル前の広場まで到着した。

 周囲には子供連れのエルフや大樹の根に身体を預けて眠る人狼、街を眺める人間と、様々な人種の重任たちが思い思いに平和に過ごしていた。


「ここで待ち合わせをしてるはずなんだけど…………」


 予め呼んでいたらしいそのもう一人を探し、周囲を見渡すエヴァン。

 どこを見ても人、人、人という場所に指定したのは間違いではないのかと思いながらも、大我達もそれらしい人を探すのを手伝う。


「エヴァンさーーーん!」


 直後、やや離れた位置からエヴァンの名前を呼ぶ声が聞こえた。

 一斉にその方向へと身体を向けると、そこには自分がここだと認識させるように手を振りつつ走ってくるラントの姿が入ってきた。


「最後の一人ってお前だったのか」


「なんだ、お前も一緒なのかよ」


 いつも通り出合い頭にやや刺々しい雰囲気を醸し出す二人。

 しかしそれまでとはその空気は和らいでおり、互いの理解と歩み寄りはなんだかんだで進んでるんだなあと、ティアとエルフィは朗らかに思った。


「よし、揃ったね」


「エヴァンさん、一体どこに連れて行くつもりなんです? 集められたメンバーもそうだけど、話が全く見えない」


 皆が思っていた疑問に、着いたばかりのラントが切り込む。

 その言う通り、全員に交流があるという点を除いては、全くとしてその理由が見られない。

 どこに行くかも聞かされていないため、その疑問が浮かぶのは当然であった。


「そうだった。僕がこれから行く場所……というよりは、行かなければならない場所かな。さっきも言った通り、これからのことを覚えている人は少しでも多いほうがいい。けど、何人も連れていける場所でもない。……がらにもなく、ちょっと心細いからってのもあるんだけどね」


 その一言一言を聞いても、まだ話が見えないまま耳を傾け続ける四人。


「僕の力がうまくちゃんと働けばという前提ではあるけど……僕が今から行こうとしている場所。それは――――」


 エヴァンは息を吐きつつ肩を落とし、その答えを口にした。


「僕の仲間がいるところさ」

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