5. 魔女と精霊

村をでる前に、リースは一つのわがままを貫いた。

 「人間」のやり方で、死者を弔ったのだ。リース・アルフィとして。

 それを終えてから、「魔女」のリースとして、行動する、と。

 本来なら、誉められない行動らしいのだが、死者を弔う役割の者がいないため、クローディアの責任の下、許可された。

 そして--。



 

「……灰色魔女?」

「ええ」

 リースが正式な魔女になるにあたり、通り名が必要になった。同時に、クローディアの弟子入りへの勧誘をされた。

 弟子云々は、なりたてのリースとしても願ったり叶ったりだった。

 けれど、リースが考えた通り名には、さすがのクローディアも顔をしかめる。

「……灰色って、あまり綺麗な色には聞こえないわよ? なんでまた。せめてもう少し言い方かえたりは」

「しません」

 自分のためには、リースは曲げない。そこには、リースなりの想いがある。心を読める魔女は、その気持ちを察せるから、反対はできないが、どうしても苦い顔をしてしまう。

 そこには。なりたての頃に、ほかの魔女達からの嫌みの言葉を散々に浴びてきたクローディアなりの、思いやりが隠れていることは、今のリースはまだ知らない。


「あ……けど。もしも通り名のことであなたに迷惑をかけてしまうなら」

「勘違いしないで。魔女の師弟関係は、あなたが思うほど密接ではないわよ」

 それに、今のクローディアはあまり他の魔女達と連携していないし、関わりたいとも思わない、と続ける。


 けれどそれでも、まだクローディアは唸る。

「……寄ってくる精霊が、いるかしら?」

「精霊?」

 何のことかと言うリースの顔を見て、とあることを思い出す。

「この世界に、精霊が存在するのは知ってる?」

「ええ。会ったことはないけど」

「あの子達は、人前に出るのを嫌うから。……こちらが呼ばなければ」


 --ふいに、クローディアは指を鳴らした。すると。


「お呼びですか、ディア様」

 手のひらサイズの人……おそらく、「精霊」が現れた。

「ジジ、この子はリース。私の弟子よ。……見てたとは思うけど」

 ジジ、と呼ばれた精霊は優しげな眼をした、小さな老人だった。

 彼は、驚きをそのままに口にした。

「ほんに、ディア様が弟子を持つなど、珍しいこともあるもので」

「……人だった割には、ずいぶんと賢い考えを持ってたから。ただの、気まぐれよ」

 それを聞くジジは、楽しげに、そして嬉しげに、目を細める。

「……こほん。えーっと、リース。彼は精霊であって、私の、……お目付役、みたいなものね。使い魔、ともいうけど」

 

 「使い魔」。つまり、クローディアはジジを使役している、ということか。

 クローディアは、苦々しい顔をする。

「魔女は、精霊を使役して、ある程度行動をともにするもの……らしいわ。そういう「契約」をするのもいれば、いつの間にかそうなってるケースもある」

「わたくしどもの場合、いつの間にか契約が成立していたものでして。嬉しいですが、不思議なものです」

「……ジジ、そこは喜ぶとこじゃないわ」

「おや。わたくしは、ディア様とともにいられることは、喜び以外の何ものでもないことですが?」

「……こっぱずかしいこと言うわね。……って、話を戻しましょう」

 

 こほん。と咳を一つ。

「通り名は、その人自身を表す。精霊が魔女に仕える時に、仕えるに値するかを決める判断材料になったりするわ。……それだけじゃないけどね」

 とにかく、通り名は、魔女にとっての看板だ。よくよく考えた方がいい。

 そう言われたが、リースはまったく曲げるつもりはない。

 それに不思議と、精霊を「使役」したいという感情が湧き上がらないのだ。何故だか、「使い魔」という言葉より、「お目付役」という言い方の方がより親しみを感じる。

 それをそのままに言うと、ジジはやわらかに瞳を細め、クローディアは戸惑い、けれどまんざらでもなさそうな顔をした。

「だから、私はいつかにはできるかもしれない、『大切な相方』ができるまでは、一人身でいきます」

 そう言い切ってみせると、曖昧で、けれどどこか嬉しげに、「まあ、いいわ」と、クローディアは目を細めた。

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