たとえ、裏切りだとしても
示現光
Prologue
Prologue
鉄の塊が水を蹴り波を立てる水音、船の内燃機関がうなりを上げる重たい振動、湿気の多い生ぬるい潮風、そして刻々と流れていく曇り空が、着実に目的地に近づいていることを報せている。
「なあ、ユウ」
落下防止のために設えられた鉄製の柵に背中を預けて、ジョージが言う。
「昔家の近所にあった定食屋、覚えてるか?」
懐かしそうに空を見上げている。辺りは薄暗い。いつ雨が降り出してもおかしくなさそうだった。
ジョージの言う店は、もちろん覚えている。あの店にいくのは、決まって雨の日だった。
「よくみんなで行ったっけ。あそこのフライドチキンがうまかったの、覚えてるよ」
「そうそう。"カラアゲ"な。俺はとんかつが好きだった」
ジョージは隣の俺の横顔をちらと見て、それからまた空を見上げる。
「懐かしいな」
「ああ」
――本当に懐かしい。
俺たちの大切な思い出だ。まだ十代の頃に経験したさまざまな出来事が脳裏に浮かぶ。
「なあ、俺たちがあの国を出てから、もう何年になる」
「10年だ」
俺は考えなくてもジョージの問いに答えることができた。どれだけ距離が離れても、どれだけ時間が経っても、あの頃の思い出が俺の記憶から消えることはない。
「みんな、元気だといいな」
空を見上げていた顔をゆっくりと下ろして真剣な顔で言うジョージの顔が濡れている。足元の鉄板にはポツポツと雨粒が落ち始めていた。
「そうだな」
きっとみんな、どこかで生きているはずだ。
進行方向の遥か遠くに、微かだが目的の場所が見えてきた。俺とジョージが青年期を過ごした国。
「もうすぐだな」
俺は気持ちを切り替えるために、昔話を終わらせた。この思い出たちは、今の俺たちには邪魔すぎる。俺たちは、昔馴染んだ料理を食べることも、古い友人と語らうことも、絶対に叶わない。
ジョージは徐々に強くなる雨を嫌うように、目を細める。
「会えないと、いいな」
それでも彼は、昔の友人たちと再会しないことをあえて望んだ。
俺たちがこれからやらねばならないことを思えば、当然だ。
この船に載っている数々の兵器の銃口は、あの国へと向けられている。
ゆっくりと移動する船の甲板上で、俺たちは少しずつ近づくその場所をしばらくの間黙って見つめていた。
ジョージ・ローソン、ユウリ・カールトンは、彼らが過去に大切な時間を過ごした国に再びやってきた。
祖国の人々を守るため。戦争をするために。
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