第二〇話 飛行機の卵
1
青森市大谷小谷に住んでいる正則おじさんは、とてもお金持ちだ。
パパが言うには、今まで貧乏だったけど、近くに『青森空港』ができたからなんだって。
正則おじさんがお金持ちだから、その息子の正孝くんも、たくさんおもちゃやゲームを買って貰っている。
正直、ぼくは、とても羨ましい。
ぼくが住んでいる弘前にも、『空港』ができればいいのになあ。
2
学校の帰り、ぼくは、とぼとぼと泣きながら歩いていた。
悲しかった。
悔しかった。
ヒロちゃんもダイちゃんも、3DSを買って貰った。
持ってないのは、ぼくだけだった。
うちは、あまりお金持ちじゃない。
だからパパは、ゲームを買ってくれない。
そうして泣きながら歩いていると、目の前に黒いスーツを着たおじさんが立っていた。
お葬式の帰りなのかな?と思った。
そのスーツは、とても真っ黒だったから。
「こんにちは。流星くん」
そのおじさんは言った。
「こんにちは。どうして、ぼくの名前を知っているの?」
「おじさんは何でも知っているんだよ。流星くんが、3DSを欲しいことも。いとこの正孝くんみたいに、PSVitaやPS4も欲しいこともね」
ぼくは、凄いなあ、と思った。
「どうすれば流星くんの家も、お金持ちになれると思う?」
「それはね」
ぼくは言う。
「弘前にも『空港』ができればいいと思うんだ」
すると、
「うん、そうだね」
と、そのおじさんは言った。
あっ。
そのおじさんの目は、絵の具の赤色みたいだった。
その目を見ていると、何だか変な気持ちになってきた。
おじさんはポケットから、ピンポン玉ぐらいの卵を取り出した。
ぼくに渡す。
「おじさん、これは何の卵?」
「飛行機だよ」
おじさんは、ちょっと不気味な声で言った。
「飛行機の、卵なんだよ」
3
ぼくは『飛行機の卵』を暖める。
割らないように、大事に大事に暖める。
でも、飛行機が卵から産まれてくるなんて、知らなかったなあ。
早く殻を割って、産まれてきて欲しい。
そうしたら弘前に『空港』を作って、うちもお金持ちになるんだ。
4
俺たち夫婦は夜9時、弘前市文京町、いわゆる西弘前にある『ビッグベン』という喫茶店にいた。
こんなに遅いのは、俺が仕事を終えてからじゃないと時間を作れなかったからだ。
向かい側に座っている青年は、驚くほど綺麗である。
腰まである長い黒髪。透き通るような白い肌。ルージュを引いたかのような赤い唇。
年齢は二十歳ぐらいだろうか?
上下とも真っ白なスーツで、空色のネクタイを絞めている。隣の席には、脱いだ白い帽子を乗せていた。
それと脇には、日本刀を立て掛けている。
「なるほど、なるほど」
と、彼は言う。
「その流星くんに卵、それも『飛行機の卵』をくれた人は、目が真っ赤だったんですね?」
「はい。そう言っています」
「それは、どれくらい前ですか?」
「約1ヶ月前です」
うーん、と彼は唸る。
「約では、ちょっと困るのです。そのう、いつこの弘前に侵入したのか、いつ僕が退治したのかがわからないと、それが鬼だとは断定できかねるのです」
彼は、そう言った。
彼の名は伊吹冷泉。この弘前で鬼退治を専門にしている、唯一の人間なのだった。
「あなた。あたしの料理教室があった日じゃなかった?」
「ああ、そう言えば」
妻は携帯で、過去のスケジュールをチェックした。
「先月の22日ですね。間違いありません」
「うん。ありがとうございます」
伊吹さんも携帯で、過去のことをチェックしているようだ。
「そうですね。確かにその日、鬼がこの弘前に侵入し、何かをしています。もちろん、僕が退治しましたが」
「はい」
「これで、鬼から貰った物である確率が、ずっと上がりました。あとは、不思議なことはありませんか?」
「はい。決定的なことがあるのです」
「ふむ?」
「卵は、最初はピンポン玉ぐらいだったのに」
俺は、思いきって言った。
「今ではサッカーボールほどもあるのです」
5
「それは尋常ではありませんね。卵が後から大きくなるなんて、常識では考えられません」
「はい。それに流星も、普通ではないのです。いくら『飛行機は卵から産まれないよ。工場で造られるんだよ』と言っても、納得しないのです。そんなこと、流星の歳ならわからないはずもないのに」
伊吹さんは、耳を疑うようなことを言った。
「いいえ、そうとも限らないのです。大人でも、それがわからない場合があるのですよ」
「ええっ?」
「メラネシア各地、特にニューギニア島で頻発したのですが、『先祖の霊、または神様が、天国から船や飛行機に文明の利器を搭載して、つまり積荷を持って、自分たちのもとにやって来てくれる』という信仰がありました 。
その信仰者は、かつて積荷が運ばれて来たときの状況、太平洋戦争時のアメリカ軍の装備や振る舞いなどを再現し、滑走路もどき、空港もどき、事務所もどきなどの模倣施設を作り、ココナッツと藁で作ったラジオもどきなどの模倣品を作りました。
さらには島民自身が軍人、船乗り、航空兵の行動を模倣もしたそうです。
そのように、もどき、模倣を作ったり行えば、自分達の所にも、たくさんの積荷を積んで飛行機がやって来てくれて、アメリカ人と同じように裕福になれると信じていたのです」
にわかには、信じられない話だ。
「ライフルに見立てた小枝を持ち、階級章の絵や『USA』という文字列などをボディペインティングし、『訓練』や『行進』などもこなしたそうですよ。
また、木を削って『ヘッドホン』を作り、それを着けて『管制塔』に座り、『滑走路』に立ち『着陸信号』を振り、『滑走路』をたいまつで照らし、狼煙を上げることもしたそうです。
より多くの飛行機を呼び寄せることを期待して、藁で飛行機の実物大模型を作り、新しい軍用滑走路もどきも作ったそうです。作られた飛行機はメスなので、これでオスの飛行機が誘われて来るとも考えたのです」
「そ、それが流星が信じているものと同じなのですね? 『飛行機の卵』から飛行機が産まれ、そして飛行機のために『空港』が作られて、我が家に富をもたらすという」
「その信仰に、とても良く似ていますね。ちなみに、この信仰は『積荷信仰』、英語では『カーゴ・カルト』と呼ばれています」
6
『カーゴ・カルト』。
流星は、そんなものを信じているのだ。
「じつは『カーゴ・カルト』は、現在もその一形態『ジョン・フラム信仰』として存続しているのです。だから馬鹿にしてはいけませんね。まあ、それは余談になります」
「はあ」
「しかし一ヶ月も放置していたのは、間違いだったような気がします。『飛行機の卵』が孵ったら、とても厄介なことになりそうです」
伊吹さんは立ち上がった。
「今すぐ、その卵を割りに行きましょう」
7
伊吹さんと共に、家に到着した。
驚いた。鍵が開いている。
「流星?」
呼んでも返事がない。
家の中を探しても、流星はいなかった。
そして、『飛行機の卵』もなくなっている。
「これは困りましたね。どこへ行ったか、わかりませんでしょうか?」
妻が言う。
「流星にはジュニアケータイを持たせています。GPS機能で、どこにいるかわかると思います」
「ほうほう。便利な世の中になりましたねえ」
伊吹さんは、なんだか年寄りじみたことを言った。
妻が、自分の携帯をチェックする。
「小学校だわ」
妻は言う。
「流星は自分が通っている、文京小学校にいるようです」
8
ぼくは白線引きで、校庭に『滑走路』を書いていた。
本物の『空港』はもっと大きいけど、飛行機もまだ小さいから、これで充分なはずだ。
ちなみに、『管制塔』は朝礼台だ。ぼくは『空港』の本を読んで、飛行機を飛ばすには『管制塔』が必要なことを知っていた。
本当はもっといろいろ必要だったけど、それは少しずつ、飛行機が大きくなったら揃えようと思う。
9
『空港』が完成し、ぼくはまた『飛行機の卵』を暖めていた。
そうだ。産まれてくる飛行機には、名前が必要だなあ。
うん。ジェットがいい。とても格好いい。
早く産まれてこい、ぼくのジェット。
そうすると。
卵にヒビが入った。
「ジェット!」
ヒビはどんどん大きくなり、ジェットが顔を出した。
そうして産まれてきた飛行機は、小さなチワワほどの大きさだった。体はまだべとべとし、ぴーぴー鳴いている。
ぼくはジェットを撫でた。
そのくちばしで、ぼくの指を突っついてくる。
とても可愛いなあ。
そういえば飛行機は、何を食べるのだろう?
「いたっ!」
ジェットが強く、ぼくの指をついばんだ。血が出てくる。
その血をぺろぺろと、ジェットは舐めた。
ぼくは急に怖くなった。
飛行機は、血を餌にしているんだ!
「ジェット?」
ジェットは、その翼をぱたぱと羽ばたかせる。
そして、ぼくに襲いかかってきた。
10
「助けてえ!」
流星の悲鳴が聞こえた。
俺たち夫婦と伊吹さんは、見た。
小さな飛行機がそのくちばしで、流星に襲いかかっているのを。
流星は、校庭に引かれた歪んだ白線の中に、うずくまっていた。
伊吹さんは日本刀を抜いた。その鞘は、投げ捨てる。
伊吹さんは飛行機に切りかかった。
だが飛行機は、その翼を羽ばたかせ、飛んで行こうとする。
「逃がしません!」
伊吹さんはどこからか、小刀(こがたな)を取り出した。
「『飛燕』!」
小刀は、一直線に飛んで行った。
11
流星は気を失っていた。
俺は、流星を抱き起こす。
額からも血を流していたが、大きな傷ではなさそうだ。
「都市(まち)に逃げ込み、人々を襲う前に退治できたのは幸いです」
伊吹さんは言う。
「!」
その手に持っていた『それ』は。
あまりにも巨大な鳥に似た、しかし決して鳥ではない、『何か』であったのだ。
『カーゴ・カルト』についての記述は、ウィキペディアを参考にさせて頂きました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます