第020話 / 魔道機雷

「レイナさん! 左舷前方の岩礁地帯に船影だ! 戦艦が一隻、隠れてる!」


 哨戒艇を追って大陸最南端を東へ回りこむと、見張りが新たな敵影を確認した。

 報告された方角を視認する大和たち。

 断崖絶壁の陰から現れたのは小さめの港と、その正面に広がる地獄の針山のような岩礁地帯だ。ケープサンドの港に蓋をするように広がるさまは、まるで自然の鉄壁。その長さはとてつもなく、北東へ伸びる海岸線をどこまで追いかけるようにつづいている。終わりはまるで見えない。

 そしていま、その岩礁地帯を縫うように走る、一隻の鋼鉄艦の姿があった。

 ―――ギルヴァンティでまみえた、漆黒の魔道戦艦だ。


「……え?」


 まるで予期しなかった遭遇に、大和の思考が思わず止まる。


「……まさかこちらに来ていたとは。しかし一隻しかいませんね。どういうことでしょうか……」


 レイナも怪訝そうな表情だ。

 大和の読みでは、敵の主力はデニス海にいるはずだった。だが、いま目の前には、あの爆熱系航戦魔道士を乗せた魔道戦艦が走っている。それもなぜか一隻で。それ以外に岩礁地帯の外を走る哨戒艇が二隻いるが、それでも合わせて三隻。防衛のために分遣された戦隊とするなら明らかに少なすぎる。


「しかし、あの黒船がいると、陸軍の揚陸が困難ですね。ですが、ほかに隠れてはいないようです。どうしましょう?」


 レイナに尋ねられた大和は、読みを外した動揺を押し殺して作戦を練る。


「……相手が一隻なら、ここで倒してしまうほうが良いかもしれません。あの船一隻で相当な脅威ですから。逆に一隻でいるいまが撃滅する絶好の機会とも言えます」

「わかりました。―――ハードポート! 鋼鉄艦の背後についてください! ほかの三隻には岩礁の外を回って、頭を押さえるように指示を! 輸送船六隻は沖でいったん待機!」


 レイナは船首を北東へ向けて岩礁地帯へ入る。ほかの戦艦三隻は旗艦の信号旗に従い、いったん南東へ転舵。うち二隻は哨戒艇を牽制。残り一隻はそのまま岩礁地帯を迂回し、敵の鋼鉄艦の前へ回りこむように走る。

 こちらの動きに気づいたのか、敵艦も速度を上げた。


「スターボード! スパンカーブーム、ホールアウト!」


 レイナはそのあとを追って右に転舵。

 岩礁地帯の地勢は、いざ入ってみると想像以上に複雑だった。大きさも形もバラバラの岩が次々と押し寄せ、躱しても躱してもキリがない。まるで迷路だ。

 だが、レイナは小刻みに転舵を繰り返しながら、それらを巧みに躱していく。

 逃げる敵艦と追う大和たち。両船は岩礁の隙間を縫いながら北東へ向かって走り続ける。

 ……そのとき、大和はふと、一つの違和感を覚えた。

 敵船は逃げるばかりで、仕掛けてくる気配がまったくないのだ。


(……どういうことだろ。ここまで出てきたってことは、僕らの狙いがなにかすでに気づいてるってことだろうし……だとしたら、こっちを沈めないと意味がないのもわかってるはずだけど……)


 しかし、敵船は北東へ向かって逃げるばかりだ。

 この先に援軍でも待っているのだろうか……相手の真意を必死に探る大和。

 ―――その答えは、あまりにも唐突に示された。




 爆音。




「―――ッッッ!?」


 突如、右舷前方に立ち塞がる岩礁が爆砕。それを皮切りに一帯の岩礁が次々と連鎖的に爆発していき、船の周囲が瞬く間に粉塵と炎幕に包まれた。


「総員! 炎が燃え移らないように警戒を!」


 咄嗟にレイナの指示が飛んだ。同時に魔道甲板から大量の水弾が放たれ、迫り来る爆炎の猛威を払いにかかる。

 だが、その火勢はまるで衰えない。前後左右の岩礁が次々と爆発し、船はすでに全方位を猛る炎に囲われていた。

 爆発の衝撃に激しく煽られる船体。押し寄せる業火。その圧倒的な猛威を完全に振り払うことはできず、ついにフォアマストのスパンカーに炎が燃え移った。

 燃え盛る巨大な縦帆。気づいたクルーたちが急いで消火にかかるも降りかかる火の粉はとどまることを知らず、ついには消火にあたったクルーをも呑みこみ始める。

 ―――狂騒。

 船上が一瞬にして、阿鼻叫喚の坩堝るつぼと化した。

 帆が焼け、人が焼け、巻き起こるは悲鳴、絶叫、断末魔。


(い、いったいなにが起こって……)


 その惨状を前に、大和はただ絶句するしかなかった。

 だが、そんな彼のもとにも火勢は容赦なく襲いかかる。ミズンマストのスパンカーにも炎が燃え移ったのだ。

 上空から燃え落ちた帆の残骸が火片となって、豪雨のように降り注ぐ。


(ひ……ぃっ……ッッッ!)


 大和は反射的に頭を抱えて、堪らず床に座りこんだ。その脚は恐怖に震え、まるで言うことを聴かない。逃げることも叶わなくなった彼は、必死に近くの物陰まで這っていき、ただ止めどなく涙を流しながら、必死に助かることだけを祈った。

 そんな彼を嘲笑うかのように、爆発音は容赦なく一帯に轟き続けた。




     ⚓




「……うまくいったか」


 その様子をジャンヌは遠目から眺めていた。

 作戦はひとまず成功だ。おそらくいまごろ敵艦の船上は大騒ぎだろう。


「しかし、それでも沈みませんね」

「相手はあの《白鯨殺し》だ。そう簡単にはいかないだろう。あそこの岩礁地帯は普通に走るだけでも一流の腕が必要だが、あれだけ大量の業火の奇襲を受けてなお、帆の延焼だけにとどめるなんざ、やはり尋常じゃない。普通ならとっくに沈んでる」

「たしかに……でも、それも時間の問題ですね。もう満足に舵も利かないでしょうし、仮に走れたとしても、こっちが仕掛けたガネット石はまだまだあります。すべて躱し切るなんて不可能ですよ」

「……だといいがな」


 明るい表情の副長と違ってジャンヌの表情は固かった。まだ勝利を確信するには早い―――彼女はそう考えていたのだ。


(……あの船はギルヴァンティで私の魔法をすべて受け切ってみせた。それだけの力を持った航戦魔道士がいれば、ここから状況を覆される可能性は十分にある)


 一度、敗北を知った彼女に、もはや油断はなかった。


(岩礁地帯に撒いたガネット石は五二個。これを遠距離から気づかれずに誘爆させるには、私の力でもせいぜい八〇メドルが限界。その距離を維持するとなると必然、こっちの船の速度は遅くなる。そうなると、こっちが北東の出口から岩礁地帯を抜けるまでに、外の三隻に出口を塞がれる可能性が高い。そうなると乱戦は必至。結果はよくて相打ちだろう)


 ジャンヌの作戦は極めて単純だった。

 まず、岩礁の至るところにガネット石を撒き、自船が囮となって敵艦を一隻でも多く岩礁地帯へ誘導。そして深くまで引きこんでから、次々と誘爆させて、座礁あるいは撃沈を狙うのだ。これは、自船が巻きこまれない遠距離からガネット石を誘爆させられるほどの力を持つジャンヌがいるからこそ可能な戦術だった。

 しかし、それでも《白鯨殺し》の鋼鉄艦は沈まなかった。


(あそこまで粘られるとは、予想外だったな……)


 奇襲の動揺からすぐに立ち直り、咄嗟に最適な対処を講じてみせた相手の力量に、ジャンヌは素直に感嘆した。

 そのあいだにも、彼女は自身のマナでもって、岩礁一帯のガネット石を次々と誘爆させていく。しかし相手は水系・風系の航戦魔法を駆使して、被害を最小限に抑えてみせた。結局、燃え落ちたのはフォアとミズンのスパンカー二枚だけで、船体も艤装もほぼ無事。失った帆もすぐに張り替えられるだろう。


(……仕方ない。撒いたガネット石が尽きるまでは残しておきたかったが)


 相手の混乱が収まり切っていない今こそが好機と判断したジャンヌは、ゆるりと右腕を持ち上げた。


「……汝、己が葬炎に屈し、己が興炎より再臨せし者よ。神を崇めし片翼に東の果てより授かりし陽炎を灯し、神に仇なす片翼に南の淵をも灰燼に帰す劫炎を宿し者よ」


 詠唱と同時に腕輪のガネット石が次々と砕けていき、それによって解放された大量のエレメントにマナが干渉。迸る幾筋もの炎がジャンヌの右腕にまとわりついた。


「万象の神々をも焼き尽くす、永遠とわに盛りし紅蓮の息吹。その獄炎の咆吼に身を捧げ、一縷の真理を身に宿し、我が右腕に裁きの煌炎を与え給え」


 やがて腕輪のガネット石の半分が砕け、ジャンヌの右腕を巨大な豪炎が覆い尽くす。その姿はまるで餌を求めて荒れ狂う大鷲のようですらあった。


「―――緋凰乃理ヴェル・カーレイト


 魔法名と共に放たれたのは、ギルヴァンティで見せた驚異の熱線だ。神速とも見紛う速さで岩礁そして海面を灼き払い、敵船に猛然と迫る。

 前回と違い、両船の距離は一〇〇メドルもない。そして向こうはいま、ガネット石の誘爆で混乱している。ゆえに対処は間に合わない。ジャンヌはそう読んでいた。

 駆ける熱線。

 相手に防御する気配はない。

 当たる。


「……ッ!?」


 だが、その読みは、またしても裏切られた。

 熱線が突如、敵船の目の前で暴発したのだ。

 盛大に轟く爆発音。

 直後、巨大な煙幕が怒濤の如く広がり、追い風に煽られてこちらまで流れてくる。山のように膨れ上がった白煙が猛然と迫るさまは、まるで白い巨人が小人を追い立てるようだ。

 いったいなにが起きたのか。いまのは自分の航戦魔法のなかでも最上位の威力を宿した一撃だ。そう簡単に撃ち落とすことなどできるわけがない―――。

 やがて、煙が少しずつ晴れてきた。

 徐々に現れる海面と岩礁。

 ジャンヌは敵船の位置を確かめる。

 ……だが、


(……ん?)


 そんな彼女の目に真っ先に飛びこんできたのは、およそ現実にはありえない異様な光景だった。


(……海面が、凍っている?)

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