第018話 / 密告

 一〇分後。


「……わ、私もあんまり時間がないから早速、本題に入らせてもらうわね」


 それでもセクハラはするのかと、息を整えるカタリナに白目を向ける大和。


「今日こうして時間をもらったのは、気づいているかもしれないけど、次の作戦へ向けて意見を聴きたいと思ったからなの。現状うちはレイナの戦略……まぁ正確には、そこの君の考えた戦略かしら? それに沿って動いているしね」


 まさかいきなり暴かれると思っていなかった大和は、思わずどきりと身を引いた。


「ああ、安心して。べつにいろいろ詮索しようとか、そんな気はないわ」

「は、はぁ……」

「……やはり気づいていたんですね」


 レイナは参りましたと言わんばかりに清々しく微笑んだ。


「ええ。申し訳ないけど、あなたが一年であそこまで変わるとは、さすがに考えにくかったしね。そのタイミングで現れた新顔の男の子。そこまで揃えばね」

「……はい。おっしゃるとおりです。今回の私の戦略は、すべてヤマトさんが私に教授してくださったものです」

「まさか、こんな若い子がね。ヤマトくん、だっけ? 君はイグニスの出身なの?」

「あ、いえ、その……正直、覚えてなくて……気づいたらエンシェント岬の沖合で溺れてたところをレイナさんに助けてもらいまして……」

「ヤマトさんは、それより以前の記憶が思い出せないでいるんです」

「そう……あのあたりで溺れていたということは、ほかの国の船に乗っていたのかしら。でも海難ならもっと大勢の人がいたでしょうし……そうなると、捕虜として運ばれていたところを逃げ出したのかもしれないわね。そこまで軍略に長けているとなると、どこの国も是が非でも欲しがるでしょうし」

「そんな、僕なんかべつに大したこと……」

「謙遜することないわ。今回の戦略も、驚くほど見事だったわよ。全艦隊でもって一本の巨大な防衛線を引いて大陸に蓋をするなんて、私たちの常識からはおよそ考えつかないわ」

「は、はぁ……」


 褒められ慣れていないせいか、大和は空返事しかできなかった。

 それに、自分がやったことなど持っている知識を引用して戦略を組んだだけだ。それがたまたま大当たりしたに過ぎない。

 たとえばカタリナが賞賛した艦隊編成も、もとは18世紀後半にイングランド海軍が実際に敷いた布陣だ。ブレストやカディス、ツーロンに覆い被さるような長い前線を大西洋上に引いて、さらに狭い湾口は近接封鎖して敵の出撃を阻む。そうすることでフランスやスペインの海軍を驚くほど見事に封じてみせたのだ。海軍史家マハンによれば、このとき帰還が叶わなかったイングランドの交易船は、全体のわずか3パーセント未満だったという。

 また、ギルヴァンティで授けた蒸気に紛れる一手も同様だ。砲撃の硝煙が風上から風下へ流れていくのを利用した海戦はいくつも存在する。

 ―――しかし、悪い気はしなかった。

 カタリナの言葉を受けて、大和の心に確かな充足感が広がっていく。照れ臭くて気恥ずかしいが、それ以上に晴れやかな気分だった。


「そこで、頼ってばかりで申し訳ないんだけど、今後について改めてあなたたちの意見を聴きたいの。グランディアとインペリウムの陸上戦は、少しずつだけどインペリウムが五分に戻しつつあるわ。ツィーロン戦隊の撃破を受けて、グランディア陸軍の一部が南岸の防衛に回されたおかげでね。そこで私としては、いまが好機と見て、リディア海のどこかに中継地を築いて相手の南岸を牽制しながら、現状の前線をデニス海の入口にあるダンジェネス海峡あたりまで伸ばしたいと考えているんだけど」

「中継地?」


 レイナが尋ねる。


「ええ。ヤマトくんの発想と同じよ。リディア海の島のどこかにイグニスの暫定的な拠点を置くの。たとえばツィーロンの正面にあるコーデリア島とかね。あそこを拠点にできれば、ギルヴァンティからコーデリア島まで前線を伸ばせるわ。そうすれば、その背後を通してダンジェネス海峡まで戦隊を送りこめるし、アフィーリカ大陸の北岸との交易も今後はより迅速に行えるようになる。補給もそれである程度は賄えるから本土から大規模な補給船団を出す必要もない。あとギルヴァンティの譲渡あるいは共同統治を条件にエメラダの協力を引き出そうと思うの。そうすれば向こうの戦隊にリディア海の防衛を任せて、うちはデニス海の攻略に集中できるわ」

「……どうですか? ヤマトさん」


 レイナが大和に促す。

 だが、そのときの彼は、彼女の声が聴こえないほど、カタリナの提示した戦略に感服していた。戦略論・戦術論など未発達のこの時代にあって、彼女はすぐさま大和のアイデアを理解し、血肉とし、そして実戦に応用してみせたのだ。


(……なんか変わった人だと思ったけど、やっぱり海軍のトップなんだな)

「……ヤマトさん?」

「あ―――え、ええ。戦力に余裕があるならいけると思います。前線を伸ばすとなると、それだけ船が必要になりますから」

「それは大丈夫よ。あと半月ほどで前から準備させていた艦船が八隻、進水するわ。それを回すつもりよ。予備隊はさすがに動かせないしね。あと、第一〇戦隊も数隻だけど動かせるわ」

「あともう一点。先の作戦は、あくまでグランディアの攻勢を挫いて時間を稼いだに過ぎません。ですので、このまま前線を伸ばしてグランディアを封鎖するだけでは、せっかく稼いだ時間を無駄にしてしまいます。ですので、この好機に相手の戦力の要を断つべきだと思います。グランディアは現状、こっちが蓋をしたせいで大陸西方の海域について情報を入手しにくい状況でもありますから、奇襲なり攻勢なり動くならいまが好機です」


 カタリナもその言葉に納得したようだった。


「確かにね。最終的な目的はグランディアの壊滅であり、インペリウムの勝利。こちらが優位ないま、グランディアの戦力は可能な限り削っておきたいわね」

「……ですが、その場合、狙うとすればどこになるのでしょう?」


 レイナが大和に尋ねる。それに対して、彼は逆に一つの質問を口にした。


「―――グランディアは、ガネット石をどこから手に入れてますか?」




     ⚓




 ―――時は、再び半月後。ツィーロンの酒場の片隅。


「……なるほどな。まさに『蓋』ってわけだ」

「ああ……。連中はこれで交易や補給を安全に行える。前線の背後を通れば安全だからな。そしてこっちがどこから攻めようと、常に数的優位な状況をつくって迎撃もできる。……まさか戦隊の分散にそんな強みがあるなんて思いもしなかった」

「どこの国も戦力の集中は善、分散は悪って考えてるからな。分散の利点なんざまともに考えられたことすらないんだ、無理もない。……で? なにか手はあるのか?」


 店主の問いかけに、ジャンヌは口を噤んだ。


「……そもそもどこにどれだけの戦隊が分散してあるのか正確にわからない以上、動きようがない。おまけにこっちはギルヴァンティを押さえられて、そもそもリディア海の外の状況がつかめない。いくつか想像できることはあるが、いまは相手の出方を見て対応するのが関の山だ。どこかのタイミングで必ず作戦行動に出る以上、自ずと戦隊の隠蔽性は失われる」

「なんだ、後手に回るなんざらしくないな」

「無理なものは無理なんだ、仕方ないだろ……ん?」


 そのときジャンヌは、自分に近づいてくる一人の人物をその目に捉えた。

 フードつきの外套で頭から膝あたりまでをすっぽり覆った怪しい人物だ。体つきは男性とも女性とも取れるが、背丈から考えておそらく男性だろうか。

 謎の人物は、当たり前のようにジャンヌの横の席についた。そして店主に「なにかおすすめがあればそれを一杯」と告げる。店主はすんなりと「はいよ」と応じた。どんな客でも客は客というのが店主のモットーだ。店とほかの客に実害を及ぼさない限りは。


「女を誘いたいなら、ほかを当たりな」


 男が鬱陶しいのか、ジャンヌは突っ慳貪な態度を見せる。


「ああいえ。そういったつもりではありません。ただ……なにやら興味深い話をされていたのが聴こえたものでして」

(……ちっ。聴かれていたのか)


 ジャンヌは表情にこそ出さなかったが、心の中で小さく舌打ちした。機密事項は口にしていないため問題はないが、だからといって無闇に聴かれていい話でもない。


「どうやらイグニス海軍の出方が読めずにお困りのようですね」

「だったらなんだ。あんたに関係ないだろ。―――おっさん、これ銀貨な」


 男を突き放すと、ジャンヌは勘定をテーブルに置いて席を立った。


「イグニスは、ケープサンドへ戦隊を出しましたよ」


 だが、あまりに唐突に呟かれた男の意外な一言に、その足が思わず止まる。

 ケープサンド。アフィーリカ大陸の最南端にある国家サフィーラの南岸の都市で、ガネット石の一大産出地として知られている。名目上はいまでもサフィーラの領土だが、一〇年ほど前からグランディア陸軍が駐屯し、実質的に支配していた。海岸線沿いに広がる岩礁地帯が天然の要塞として機能しているため、海軍は置いていない。

 ジャンヌに自分の話を聴く気があると判断したのか、男が言葉をつづける。


「……彼の国の次の目的は、グランディア海軍の戦力の要であるガネット石の供給を完全に断つことです。そのために戦隊をケープサンドへ出しました。その数は魔道戦艦が四隻と陸軍輸送船団が六隻。率いているのは、あの《白鯨殺し》です」

(……《白鯨殺し》)


 その言葉に、ジャンヌは心臓が大きく打つのを感じた。

 またあいつと戦える。ケープサンドへ行けば、あいつに雪辱する機会が手に入る。

 ―――ジャンヌの心はすでにイグニス海軍云々よりも《白鯨殺し》に釘づけになっていた。

 そんな彼女の様子に満足したのか、謎の男は勘定をテーブルに置くと、すっと席を立った。そして彼女の横を通り、


「信じる信じないはあなた次第です。……では、失礼」


 怪しい助言を囁き残すと、男はそのまま酒場を後にした。

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