第016話 / あの日の軍議

 ―――半月ほどたった、イグニスはランドエンド。

 その港に一隻の魔道戦艦が停泊した。

 戦時中に一隻で海を走るなど愚行あるいは蛮勇甚だしい。だが、その到着を誰一人として疑っていなかったのか、港には出迎えに備える大勢の人が並んでいた。

 そして事実、その船は傷一つ負うことなく、ランドエンドの港に入った。

 船の舷側からタラップが渡され、そこをゆっくりと一人の女性が渡り歩き、港へ降り立つ。


「久しぶりだね」


 出迎えた集団の先頭に立つ長身の女性―――ランドエンド戦隊の司令官にしてイグニス海軍・総参謀長の一人であるフレイア・ジェインが前に出た。


「前に会ってからたった一ヵ月よ。まだ見飽きた顔でしかないわ」

「ほっとけ」

「ふふっ。冗談よ」


 笑みを浮かべたのは、イグニス海軍のトップ―――カタリナ・コールドウェルだ。

 彼女が港に姿を見せると、周囲が一気に騒がしくなった。

 イグニス国民にとって自国を守る海軍は英雄に等しく、そのため信頼と人望が非常に厚い。なかでも各戦隊の提督クラス、とりわけイグニス史上最高の航戦魔道士、そして史上最年少の海軍総司令官として名高いカタリナの人気は、男女を問わずに群を抜いて高いものがあった。

 カタリナはクルーにいくつか指示を出すと船を離れ、フレイアとともに町のなかへ入っていった。案の定、町はパレードのような大騒ぎに包まれる。


「どうやらここも順調みたいね」


 町の人々に笑顔で手を振りながら、カタリナは安心したように呟いた。


「まぁね。ギルヴァンティを奪って以来、嘘みたいに平和だよ。レイナの作戦を聴いたときは耳を疑ったもんだけど、こうも効果があるなんて怖いくらいさ」

「ほかの港も同じよ。最初こそみんな疑心暗鬼だったけど、いまは特に各地の商会が大喜び。こんなに安全な交易は初めてだってね。ドーヴァーの商会にいたっては、これまでひと月で一〇隻は沈んでいたのに、先月は初めてゼロを記録したわ」

「……それもこれも、あのとき軍議に居合わせた、あの男の子の知恵なんかね」

「おそらくね」

「ほんと……いよいよもって何者なんだか」


 フレイアの疑問に、カタリナも当時の一幕を改めて想起した。




     ⚓




(―――私は、まずギルヴァンティを押さえにいきます)


 あの日の軍議で、レイナは開口一番、そう切り出した。

 カタリナは理解に苦しんだ。この子はなぜグランディアの北岸に脅威が集中している今、の国の南岸の話をしているだろうかと。

 だが、考えもなしに気が触れたような意見を口にする子ではない。

 だからカタリナは尋ねた。


(―――レイナ。クローディアの肩を持つわけではないけれど、私にもさすがにあなたの狙いが理解できないわ。ギルヴァンティを押さえることで、いまのこの状況がどう変わるの?)

(それは、ギルヴァンティがグランディアにとっての要衝だからです。あそこを押さえることでいま向こうにある主導権を奪うことができます)

(は? あんた馬鹿なの?)


 真っ先に口を挟んだのはクローディアだった。彼女も言いたいことが山積みだったのか、その口調は相当に苛立っていた。レイナの提督昇任以降、クローディアは彼女を激しくライバル視している。


(あそこがリディア海の要衝だなんてことは、ここにいる全員がわかってるわ。問題なのは、いまのあんたがなんでリディア海の話をしてんのかってことよ)

(いえ。そうではなくて、あそこが今回の相手の作戦の要衝だということよ)

(はぁ?)

(どういうことだい? 北岸作戦の要衝が、なんで南岸に?)


 フレイアも気になるようだ。


(向こうがツィーロン戦隊の半数以上を北岸に分遣ぶんけんしたことで、こちらの南岸、正確には本土防衛の要であるスピットファイアとドーヴァー両戦隊の総戦力を、グランディアの北岸戦力が隻数において上回りました。よって、こちらは本土侵攻を阻止するために、ほかの戦隊からこの二つに戦力を集める必要が生じます。そして、その候補として想定されるのは、ここランドエンドと東のアーガスです。北西のガントームが北岸一帯の警戒で手一杯なのは、向こうも承知でしょう。ですが、インペリウムとの約定により、バルティア海の防衛を担うアーガスの戦隊は削れません。よって、向こうはランドエンドを削ると見ているはずです)

(……なるほどね。それで?)

(もし西の防衛を薄くすれば、グランディア海軍はさらにルヴェリオから戦隊を動員してここを落としに来るでしょう。仮に東が手薄になれば、バルティア海からインペリウムへ陸軍を揚陸できます。こちらが北岸を攻めるかなにもしなければ、防衛に徹して時間を稼ぎつつ、インペリウムとの陸上決戦に集中するでしょう。このように主導権は現状、グランディア海軍にあります)


 そこでレイナは一息ついた。


(……一方、南岸の主力であるツィーロン戦隊を半分も北へ割った以上、リディア海近海の防衛力は下がります。ですが、ツィーロン以外の南岸の戦隊は、インペリウム海軍との戦闘やアフィーリカ大陸との交易の保護などがあるので、その穴を完全に埋めるのは困難でしょう。そのため、リディア海の防衛力を下げないためには、リディア海の入口であるギルヴァンティを封鎖するしかありません。逆に言えば、ギルヴァンティさえ奪ってしまえば、グランディアの南岸は裸も同然です。そうなると、今度は向こうが北岸戦隊の一部を南岸へ回すか、東の海域で行動している戦隊の一部を回すか、決断を迫られます。いずれにしても、どこかの戦力を削るという決断です)

(……なるほどね。南岸を裸にすることで、北岸の自由を奪うってわけか)


 フレイアも納得したようだ。

 ……だが、


(ちょっと待ちなさいよ! それはあくまで東側の戦隊からツィーロン戦隊への補強がされなかったらの話じゃない。そうなったらどうするのよ)


 なおも食ってかかるクローディア。だが、レイナの論理に破綻がないことに焦っているのか、彼女にしては随分と軽率な質問だった。


(それはないわ。ギルヴァンティ海峡は幅八〇〇メドルの非常に狭い海峡だから、数的優位に利はない。むしろ機動性を奪われるだけよ。その意味でも、東側の戦隊の一部をツィーロン戦隊へ分遣ぶんけんする可能性は低いわ。あるとすれば、ツィーロン防衛のために分遣ぶんけんするくらいだけど、それはそれでかまわない。いま重要なのは、グランディア海軍の戦略のかなめを奪うこと、戦争の主導権をこちらに持ってくることよ)


 その質問を予期していたかのような流暢な回答に、クローディアもただただ悔しそうに黙りこむしかなかった。

 論理的には完璧に近いほど穴がない―――カタリナは素直にそう思った。一体いつの間にこれほどの戦略眼を磨いたのだろうか。

 しかし、彼女には一点だけ気になることがあった。


(……もしギルヴァンティを押さえるとなると、ツィーロン戦隊を撃滅する必要があるけど、それは誰が行くのかしら? 相手は第一〇戦隊と輸送船団をたった六隻で沈めた戦隊よ)


 カタリナの質問に、その場の全員がレイナに視線を向ける。

 相手は精鋭ぞろいの第一〇戦隊を圧倒した脅威の戦隊だ。対抗するには少なくとも倍の戦力が必要になるとカタリナは見ていた。しかし、レイナも言ったとおり、そもそもギルヴァンティ海峡は数的優位の利が活きない。仮に割くとしても、今度は本土防衛がおろそかになってしまう。

 つまり、レイナの戦略を実行するには、ツィーロン戦隊を同規模で確実に制圧できる戦隊が必要不可欠ということだ。


(ギルヴァンティには、私が行きます)


 レイナは即答した。おそらく最初からそのつもりで立てた戦略なのだろう。たしかに彼女の航戦魔道士としての力は海軍内でも群を抜いている。戦隊全体で見ても不足はない。


(……仮にそうするとして、一戦隊をギルヴァンティ制圧に割く以上、本土の防衛が緩くなるわ。それについてはどうするの?)

(艦隊を再編します。具体的には、まずブレストウッドとブロントの両軍港の正面に一〇隻ずつ戦隊を配して、相手の出撃を封じます。その上で、バルティア海の入口、イグニス海峡、エンシェント岬の沖合、エメラダの西岸、そしてギルヴァンティの五点に中規模の戦隊を配置。さらにそのあいだをつなぐように数隻の小戦隊を散らします。バルティア海からギルヴァンティまで一本の線を引いて、ユーロシア大陸の西側に蓋をするイメージです。各国の航行線が集中するところを重点的に監視しつつ、そのあいだに小艦隊を配置して相互に連携をとります)

(近海から全戦隊を離してどうすんのよ。本土が防衛できなくなるじゃない)


 なおも食ってかかるクローディア。

 だが、これは愚問だった。

 その答えは先ほど彼女自身が口にしていたからだ。


(だから、そのためにブレストウッドとブロントに蓋をするのよ。あなたも言っていたでしょう?)

(それならあたしの戦略のほうが本土の安全性は上のはずよ。ギルヴァンティに戦隊を割かないんだから)

(それはあくまでイグニスの安全よ。でも、私たちの最終的な使命は、インペリウムを支援するために大陸へ陸軍を揚陸、そしてグランディアに勝利すること。『戦争は守っていては絶対に勝てない』―――あなたがいつも言っていることよ)


 その一言が決定打となったのか、クローディアは怒りに満ちた表情で歯を軋らせながらも、渋々と引き下がった。エルヴィンは元より口を出すつもりがないのか、終始静観している。


(現状、陸戦の戦況がグランディアに傾きつつある以上、こちらは防勢ではいられない。相手を上回る攻勢をしかけるか、相手の攻勢を挫くかする必要があるわ)


 つまりレイナは、ギルヴァンティを取ることでグランディア海軍の攻勢を一時的に挫き、インペリウム陸軍へイグニス陸軍を合同させる時間と機会をつくろうというわけだ。


(でも、そのためには一戦隊を割くというリスクが必要になる。先に提示した戦隊配置は、それを最低限に抑えるための一手よ。一見すると隙だらけに見えるから、もしかしたら敵が油断して出てきて撃滅する機会を得ることもできるかもしれない。あとイグニス本土と交易船の安全という点でも、そこまで問題ないわ。バルティア海からギルヴァンティまで一本の戦線で蓋をするから、交易船はその背後を走れば安全よ)


 このとき、カタリナの心はもう決まっていた。レイナの作戦だけが「グランディアに対する勝利」という戦略目標を明確に見据えて構築されていたからだ。それも驚くほど高いレベルで。


(……問題は、防衛にあたる戦隊それぞれの規模と、小艦隊の配置先の選択ね)

(ちょ、ちょっと待ってくださいカタリナさん! レイナの策に乗るんですか!?)

(恥ずかしいけど、少なくとも私には、いますぐレイナ以上の戦略を思いつく自信はないわ。それなら彼女の一手に賭けるだけよ。論理的に穴はないし、リスクはあるけど確実性も高い。乗るだけの価値があるわ。―――フレイア、あなたはどう?)

(いいね。面白そうじゃないか)

(決まりね。エルヴィンはどう? なにか意見ある?)

(いえ。カタリナさんが下された決定であれば、それに従うまでです)

(―――クローディア?)

(……わかりました)


 クローディアが引き下がったことで、イグニス海軍の総意は決定された。




     ⚓




「……それで? 今回もレイナに会いに来たんだろ?」


 ランドエンド支部の司令室で向かい合うカタリナに、フレイアは尋ねた。


「いまイグニス海軍で最も戦略眼に優れているのは紛れもなくあの子よ。その意見を聴かずに次の一手を打つのは、さすがにもったいないわ」

「それはわかるけど、負担がかからない程度にしてやりなよ。ただでさえレイナには敵が多いんだ。失敗したら周囲がどんなふうに言うか、わかったもんじゃない」

「わかってる。いざとなれば私が泥をかぶるわ。部下を守るのが上司の仕事よ」

「だね。―――あと、もう一つだけ」


 カタリナが席を立った時、フレイアは思わせぶりな口調でその足を止めた。


「ん? なに?」

「……セクハラ禁止だよ。あの子、いつも困ってんだからね」


 その指摘に、カタリナはぎくりと両肩を震わせた。


「そ、そんなことするわけないじゃない! なに言ってんのよフレイア! じゃ、じゃあ私そろそろ行くわね! あ、あは、あはははっ!」


 カタリナはそのまま逃げるように司令室を出て行った。

 廊下を慌てて駆け抜け出し、直後に大きく転んだであろう音を聴きながら、フレイアは一人、ため息を零した。


「……あの手癖の悪ささえなけりゃ、完璧なのにねぇ」

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