第010話 / 作戦会議

 話がまとまると、大和とレイナはティオを迎えに行き、一階の図書室に移動した。小さな机の一つに地図を広げて、それぞれ椅子に腰をかける。


「では、簡単に現状をお伝えしておこうと思います。なにか気になることがありましたら、なんでも訊いてください」

「わ、分かりました」


 ついに引き返せないところに踏みこんでしまった不安からか、大和はひどく緊張していた。


「まず現在、グランディアは東のインペリウムと交戦中です。どちらも陸軍国家で、グランディアが破壊力に秀でた炎系の陸戦魔法を主力とする一方、インペリウムは防衛に向いた地系魔法に強みがあります。そのためグランディアがインペリウムの防衛を崩せるかどうかが勝敗の要ですが、現状はグランディアがやや有利です。そしてイグニス海軍の作戦目標は、インペリウム陸軍にイグニス陸軍を派遣し、これを支援することです」

「な、なるほど……相手の海軍の力はどうなんですか?」

「隻数はそれなりですが、全体的な練度は低いです。グランディアは大陸国のため、伝統的に陸軍第一ですので。あと国内が肥沃な土地と自然に恵まれていて自給自足が可能なため、海軍の整備が遅れたのもありますね。現在のグラム皇帝も陸軍出身のため、海軍にはあまり目を向けていません。増強のための予算も議会を通りづらくなったと聴きます」


 レイナの話に大和は頷く。どうやら国内事情も昔のフランスと瓜二つのようだ。


「じゃあ、実力的にはイグニス海軍のほうが上……?」

「私が言うのもなんですが、そうですね。イグニスは島国で資源にも乏しいので、早くから交易の拡充が急務でした。そのため海軍を積極的に増強してきたので、ほかの国より海軍戦力は上です。航戦魔法も水系と風系の研究が進んでいるので、炎系を中心とするグランディア海軍に対する相性も良いですね」

「……でも、第一〇戦隊は敗れたんですよね?」


 大和の指摘に、レイナはやや言葉に詰まらせた。


「……ええ。おそらくグランディアにも相当な実力者がいるのでしょう。第一〇戦隊提督のシェルバさんは国内でも有数の水系航戦魔道士ですし、戦隊も護送船団という性格上、精鋭中の精鋭が乗っていました。それを壊滅に追いこんだ以上、相当強力な戦隊だと思われます。あるいは上級航戦魔道士が複数いたのかもしれません」

「上級航戦魔道士?」

「ご存じないですか?」

「す、すみません……」

「あ、いえ。では、念のため説明しますと、上級航戦魔道士とは二つのマナを宿した魔道士です。私たちは漏れなくマナという魔道素をその身に宿して生まれますが、これには炎と水、風と地の四属性があります。通常はこのうち一つを宿しますが、稀に二つの属性の融合素を持って生まれるものがいるんです。それが上級魔道士です」

「四種類の組み合わせってことは……上級は六種類ですか?」

「いえ。相反する属性は融合しないようで、確認されているのは四種類だけです。炎と風の爆熱系、水と地の氷雪系、水と風の雷光系、そして炎と地の回癒系です。たとえば、前にもお伝えしましたが、ティオは風系の魔道士ですが、わずかに雷光系の力も宿しています」

「……もしかして、レイナさんも?」

「はい。私は氷雪系のマナを宿しています。イグニス海軍の航戦魔道士は、ほぼ全員が水系か風系で、上級航戦魔道士も氷雪系がほとんどです」

「なるほど……水や風は、海戦で有利なんですか? さっきの話だとそんな感じですけど」

「ええ。魔法は自らの宿すマナを、同じ属性のエレメントに干渉させて発動させるので。エレメントとは、その属性物があるところに存在するマナにとっての酸素のようなものです。海上には水と風がありますから、水系と風系の航戦魔法はいくらでも使用できます。一方、炎と地のエレメントは皆無なため、そもそも航戦魔法が使えないんです」

「え? でも、第一〇戦隊を襲ったのがグランディアの戦隊ってことは、炎系の航戦魔道士が相手だったんですよね?」

「海上でも炎系の魔法を使うすべはあるんです。よく知られているのが、ガネット石という炎のエレメントが結晶化した鉱石を加工して魔道具にする方法ですね。グランディア海軍の航戦魔道士は、このガネット石をはめた指輪などを身につけているんです」

「そうなんですか。……じゃあ、お互いの戦隊の規模はどんな感じですか?」

「イグニス海軍は123隻。対するグランディア海軍は、最新の情報では133隻です。具体的な配置こんな感じですね」


 そう言うと、レイナは地図の各軍港に同拠点の戦隊規模を書きこんでいった。


 イグニスは、

 大陸とのあいだに広がるイグニス海峡に面した軍港・スピットファイアに、18隻。

 その東に広がるドーヴァー海峡に面した軍港・ドーヴァーに、22隻。

 ドーヴァーの北、バルティア海の入口に面したアーガスに、15隻。

 イグニスの最西端に位置するここランドエンドに、50隻。

 ランドエンドの北にある西海岸の拠点・ガントームに、18隻。

 そして、本来はここに壊滅した新大陸護送船団、10隻が加わる。


 一方、対するグランディアは、

 北岸西、スピットファイアの向かいにあるブレストウッドに、36隻。

 北岸中央、ドーヴァーの向かいにあるブロントに、25隻。

 南岸西、地中海に相当するリディア海に面しているツィーロンに、30隻。

 南岸中央、イタリカ半島の西の付け根に位置するルヴェリオに、20隻。

 同半島の先端に位置するデュラントに、12隻。

 デニス海の入口、ダンジェネス海峡付近に位置するアンクルに、10隻。


 これとは別に、両国とも30隻ほどの予備隊がいるそうだ。これは主要戦隊の一部が修理や休息で作戦を離れるときに、その穴を埋める補助戦力である。


「ランドエンドだけ多いんですね」

「はい。ただランドエンド戦隊は、正確にはイグニス海峡の入口を張る東方戦隊と、西側海域を張る西方戦隊に分かれます。ですので、このランドエンド近海を防衛しているのは実質、後者の20隻ですね。私はこちらの所属です」

「相手のどの戦隊も、いまは各軍港にいるんですか?」

「いえ、そうとも言えません。最新の情報によれば、まず第一〇戦隊を沈めた戦隊の一部が北岸のブレストウッドに合流しました。これは南岸のツィーロン戦隊の一部、数にして20隻であることが確認されています。ほかに、南岸戦隊のうちデュラントとアンクルの両戦隊がダンジェネス海峡を封鎖しているインペリウム海軍の攻略にかかっています。デニス海を制圧して、インペリウムの南岸から陸軍を揚陸するためですね」

「となると……グランディアの狙いは、バルティア海とデニス海の双方から陸軍を揚陸して、インペリウムの本隊を三方から包囲すること?」

「おそらくは。ただ現状、北岸の正面には私たちがいますから、その排除が当面の目標かと。今回のツィーロン戦隊の合同もそのためでしょう。こちらの本土を侵攻してイグニス海軍を一気に制圧するつもりなんだと思います」

「……なるほど」


 レイナの回答に頷く大和。だが、彼はこのとき正直不安になっていた。どんどんピースが増えていくだけで、まるで思考に光明が差さないからだ。


「……なにか気になることがありますか?」




     ⚓




 彼の様子の変化を敏感に察したレイナが、落ち着いた声色で尋ねてくる。

 だが、まだ答える言葉を持たなかった大和は、その視線に申し訳なさを覚えつつ、しばし無言を貫いて必死に頭を回した。

 過去に似たような海戦はないか。

 暗記するほど読んだ数々の文献に手がかりはないか。

 躍起になって脳内をひっくり返す。


 もちろんそんな簡単に済む話ではない。

 だが、諦めるわけにもいかない。


 相手の思考が固定化されているがゆえに予定調和で勝利できたゲームとは違う。これは実戦だ。相手が自分の狙いや定石通りに動く保証などない。そんな初めて痛感する実戦の難しさに恐怖と不安を覚えつつも、なけなしの知識を総動員して採るべき道を探る。


 しかし、彼も所詮は素人。妙案がそう簡単に湧くはずもなかった。


 沈黙のプレッシャーに耐えられなくなった大和は、とりあえず適当に話題を持ち出して、場の空気を変えようとした。


「……もしグランディアの目的が本土侵攻だとして、イグニス海軍の上の人たちはどう対抗する気なんでしょう? 分遣されたツィーロン戦隊の二〇隻を合わせると、グランディア北岸の戦力は合計で八一隻。こっちはアーガスとガントーム、それとランドエンドの西方戦隊を除くと総数は六〇隻ほどですが……」

「おそらくここランドエンドの西方戦隊か東のアーガスの戦隊を合流させるのでしょう。私の予想ではランドエンドだと思います。インペリウムはバルティア海と国境を接していないので、グランディアが北側諸国を通過して陸軍を送り込んできたら防ぐ手立てがありません。アーガスはその監視と妨害に必要不可欠です」

「インペリウムの北にある国々は、グランディアの同盟国なんですか?」

「いえ、どこも中立国です。ですが、グランディアを脅威に感じていますから、陸軍を揚陸されてもすんなり通してしまうでしょう。だからインペリウムは、バルティア海における防衛力を高めるために私たちと同盟を結んだんです」

「なるほど。……でも、どこも中立国なら、こっちもバルティア海から陸軍を大陸に送ってインペリウム陸軍に合流させられるんじゃ?」

「それは不可能です。バルティア海に面する各国は言わばグランディアと陸続きですから、侵略される危険と常に隣り合わせです。仮にインペリウムが敗れた場合、イグニスに協力した以上、次なる標的にされるでしょう。その可能性がある以上、協力を得るのは困難です」

「そうですか。……ん?」


 そのとき、大和はふと不思議に思った。


「……レイナさん。合流したツィーロン戦隊は二〇隻だったんですよね? じゃあ残りの船はいまどこにいるんですか?」

「正確な地点は分かりませんが、追跡した船によれば、少し前にここギルヴァンティへ入港したそうです。ここはもともとエメラダの領土でしたが、現在はグランディアが占領中です」


 レイナが示したのは、大和の世界でいうジブラルタル。エメラダ最南端の都市だ。対岸のアフィーリカ大陸まで一キロもなく、両大陸で挟まれた海峡は非常に狭い。


(……もしかして)


 その情報がピースとして手に入った瞬間……ふと、大和の脳裏に一つの仮説が浮かんだ。

 しばし瞳と口を閉じ、自身の思い至った戦略を検証する大和。


(……うん……穴はない、はず。問題はちょっと根拠が弱いってことだけど……)


 レイナとティオには届かないほどの小声で、なにごとかぶつぶつ呟きながら考えこむ。レイナはその様子を不思議そうに見守っていた。

 数分後、大和が静かに目を開く。


「……なにか、分かりましたか?」


 そのときを待ちかねていたかのようにレイナが尋ねる。

 大和は決意を固めるように瞳を再び長く閉じ、そして開いた。


「はい。たぶん……ですけど。これでいけるんじゃないかな、と。……ただ、その前に一ついいですか?」

「はい?」


 大和は先ほどから気になっていた事実をレイナに告げる。


「……ティオさん、大丈夫ですか?」


 彼は横目でちらりとティオのほうを見る。レイナは彼の質問の意図が分からないようで、不思議そうにそちらへ視線を向けた。

 ……寝ていた。

 ティオは無防備に口を開け、頭をかくん、かくんと揺らしながら、寝ていたのだ。

 その愛らしい様子に起こす気を挫かれた大和は放置していたのだが、どうやらレイナは全く気づいていなかったようだ。その表情が見る見る強張る。


 そんな彼女からのプレッシャーを感じたのか、ティオがはっと目を覚ました。


「……ティオ」


 寝起き直後、レイナの冷たい視線がぐさぐさと突き刺さる。それでようやく自分の失態に気づいたティオは、あわわわと一頻り慌てた後、なにを思ったのか咄嗟に、


「……ね、ねてまひぇん」


 必死に頭を左右に振って弁解する。もちろん寝ぼけ眼によだれを垂らしながらでは説得力などかけらもない。

 しかし、彼女は大和の世界ならまだ小学生か中学生くらいの年だろう。時刻はすでに夜一一時すぎ。寝るなというほうが無理な話ではあるのかもしれない。


(……美咲のやつも、いつも九時には寝てたしなぁ)


 ふと中学生の妹のことを思い出した大和は、ティオを責める気になれず、


「ま、まぁ、いいじゃないですか。きっと疲れてたんですよ。僕に屋敷のなかを案内してくれたり、いろいろいつもと違うこともあったでしょうし……」

「……まぁ、ヤマトさんがそうおっしゃるのでしたらかまいませんが……。ですがティオ。きちんと謝りなさい」

「……ご、ごめんなひゃい」


 ぺこりと頭を下げるティオ。まだ寝ぼけているのか、その声はふわふわしていた。


「……それで、話を戻しますが、そのヤマトさんが思いついたことというのは?」

「あ、はい。それは……」


 すべてが落ち着いたところで、大和は自分の考えを二人に語り始めた。


 ―――それは、レイナとティオにとって、およそ理解に苦しむ作戦だった。

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