第008話 / レイナの過去

 そして、翌朝。


「……到着した。降りるから準備して」

「あ。はい」


 レイナ率いる第一一戦隊は、イグニスに到着した。

 大和は荷物を持って、迎えに来たティオと共に甲板へ上がる。

 船の進行方向に視線を向けると、そこには巨大な港が待ち受けていた。イベントで訪れた横浜港など比べ物にならないくらい、とてつもなく巨大な港が。


「……す、すご……っ」


 その圧倒的な迫力を前に、思わず感嘆を漏らす大和。


 なにより驚いたのはその広さだ。首を右から左に回しきっても全容がつかめないくらいに広い。

 右を向くと艦隊工廠こうしょうと思しき巨大なドックや起重機きじゅうきなどがいくつもあり、戦艦と思しき帆船が何隻も入っている。

 正面から左にかけては何本もの埠頭ふとうが突き出ており、そこにも商船と思しき木造艦が所狭しと並んでいた。左端のほうには倉庫らしき建物が大量に並んでおり、奥には段々になった町が一望できる。


「……ランドエンド。イグニスの西の端にある町。ここの港は商業港としても軍港としても使われる。あたしたちの拠点」

「ランドエンド?」

「……そう。国土の一番端だから、そう呼ばれてる」


 その名を耳にした大和は、ふと不思議な思いに駆られた。かつて重要な軍港が置かれたイングランド最西端の岬・ランズエンドと響きがそっくりだったからだ。


(そう言えば、イグニスって名前もイギリスと近いような……)


 そんなことを考えながら、しばし港を観察していると、


「うぅ……目が、痛い……」


 レイナが目を擦りながら甲板に上がってきた。どうやら昨晩、大和が覗き見て以降もずっとゲームに興じていたようだ。その顔色は酷く、目は兎のように赤い。


「……レイナさん。もしかして、昨日も夜通しやってたんですか?」

「……ッ! や、やってません! 人を遊び人みたいに言わないでください! そ、それにあれはヤマトさんの素性調査です! むしろあなたが国へ帰る手がかりを探してあげているのですから感謝して欲しいくらいです!」

(いや、見事に遊び人じゃないですか……)


 本音を心にしまったまま、大和はため息を零す。

 船が埠頭ふとうの一つに接岸すると、レイナからクルー全員にいくつか指示が出され、その後、当直を残して解散となった。舷側げんそくからタラップが港へ渡され、クルーたちが解放感に満ちた表情で次々と船を降りていく。


「さて。私たちも降りましょう」


 レイナに促されて、大和も船を降りる。ティオも続いた。

 港は船上から感じた以上の、思わず気圧されるほどの活気に包まれていた。屈強な海の男たちや血気盛んな商人たちが大声を張り上げながら仕事をする様子は、まさに圧巻の一言だ。

 そんな賑やかな光景に大和が見入っていると、


「―――お帰りなさい、レイナさん」


 三人に近づいてきた一人の人物がいた。

 ほとんど黒に近い紺碧の長い髪と、172センチの大和よりかなり高い身長が目を惹く綺麗な女性だ。その格好は無地のワイシャツに長ズボンとシンプルで、くびれの見事な腰の位置が驚くほど高い。そして、なぜかその上から、大和の世界でいうエプロンのようなものを身につけている。

 彼女の横には手押し型の荷車があり、なかには食材と思しきものが大量に詰まっていた。レイナの家の家政婦かなにかだろうか。


「メルティさん。買い物の途中ですか?」

「ええ。港に寄ったところで《シャルンホルスト》が見えたので、お待ちしてました。……ところで大丈夫ですか? ずいぶんと顔色が悪いですが」

「えっ? え、ええ、問題ありません」

「そうですか。なら良いのですが」


 それから二人はしばらく何事かやりとりをしていた。

 ―――そのとき、大和はその背中に、なにやら強い視線を感じた。


(……? なんだろ、こっち見てる人がいる……)


 気になってそれとなく周囲を見回してみる。

 港の人たちの何人かが自分たちのほうを見ていた。だが、その視線はなぜか、どれも穏やかなものではない。蔑視か、それとも警戒か。明らかになんらかのネガティブな感情が宿ったものばかりだった。

 そして、そのすべてはレイナに向けられていた。


(……なんかイヤな感じだけど)


「あと、お疲れのところ悪いのですが、先日カタリナから伝言を一つ預かっています。戻り次第すぐに支部へ来て欲しいとのことでした」

「カタリナさんが来ているのですか?」


 メルティは周囲を確認すると、なにやらレイナに小声で話しかける。その声は大和には聴こえなかったが―――直後、レイナの表情が強張ったことから、不穏な内容であることだけは想像がついた。

 メルティからの報告を受け終わると、レイナは少し考えこんでから、大和のほうへ向き直る。


「ヤマトさん。申し訳ありませんが、先に二人と一緒に私の屋敷へ行ってください。私もすぐに戻りますので」

「? は、はぁ……」


 そう言うと、レイナは港を離れて、町のほうへ歩いて行ってしまった。

 場の状況に流されるがまま、茫然と立ち尽くす大和。

 すると、メルティが口を開いた。


「そういうことらしいので、ヤマトさん……といいましたか、とりあえず屋敷までご案内いたします」

「あ。はい」

「……ですが、その前に一つ、よろしいですか?」

「え? ……ってぇぇぇっ!?」


 ぼんやりしていた彼の胸ぐらを、メルティがいきなり掴んだ。


(え、ちょ!? なにこの力!?)


 咄嗟に抵抗したが、大和の体が宙に浮くほどの膂力りょりょくを前にまるでびくともしない。そのまま一方的に引き寄せられ、メルティの顔―――こちらを射殺さんとするほどに凍りついた無表情が目の前に現れる。


「ひっ!?」

「……あなた、出港前にはいなかったですよね? どちらの方ですか?」

「い、いや! あ、あの、あのあの……っ!」

「……エンシェント岬沖でグランディアの戦隊と遭遇したときに海で溺れてた。レイナさまが逃げ出した捕虜かもしれないからと助けた」

「ああ、そういうことですか。……ところで、あなた。レイナさんに妙なことしてないでしょうね? そんな昨日今日会ったばかりにしては、やけに親しげでしたけど」

「みょ、妙なこと?」

「純潔やら唇やらを奪ったり傷物にしたり、突いたり揉んだり舐めたり縛ったり躾けたりしていないかということです!」


 なにやら妙な語句が並んだ気がしたが、内容を気にしている余裕など大和にはなかった。


「そっ、そんなことしませんよ! く、苦し……ッ!」

「ああ、ご安心ください。すでに何百人もった経験がありますので、苦しまずにかせる術は心得ています。ですので、白状していただければ、すぐ楽になれますよ。あんなに顔色が悪いということは、なにかあったことは間違いないですからね」

「……ほんとになにもない。レイナさまは忙しくて疲れてるだけ。心配ない」


 いまにも酸欠で気を失いそうなところにティオが助け舟を出してくれた。

 それでメルティも納得したのか、少し考えこんでから、ようやくその手を離す。


「け、けほっ! けほっ!」

「……ティオがそう言うならそうなのでしょう。……わかりました。ここはティオに免じてあなたを信じます。ですが、もしレイナさんに手を出そうものなら……」

「だっ、出しません出しません!」

「……私は先に戻ります。ティオ、その方を屋敷までお願いします」


 そう言い残すと、メルティは荷車を押しながら町へ向かって歩き出した。




     ⚓




 その後、大和はティオと共にレイナの屋敷へ向かった。


 ランドエンドは、鈍色にびいろの石材を敷き詰めた道と煉瓦建築が印象的な町だった。ティオによれば、町は港を中心として半円形に開かれており、港を囲うように商店区画が、そのさらに外を囲うように住宅街が広がっている。町全体は港が低くて住宅街が高くなっており、レイナの屋敷までは延々と上り坂だ。


 いま二人が歩く商店区画には、出店が大量に立ち並び、大賑わいだった。


「……あの、ティオさん。さっきの人はいったい……」


 道中、どうしても気になって大和が口を開く。


「……メルティさん。レイナさまに仕えてる使用人のまとめ役。もともとレイナさまのお父さんの船に乗ってた凄腕の航戦魔道士。海軍でいちばん怖かったことで有名」

「い、いやなことで有名だなぁ……。でも、凄腕なのに、なんでいまは使用人なんですか? まだ若そうですけど」

「……」


 その質問を前にティオは立ち止まり、口を噤んだ。

 大和は、自分があまりにプライベートな部分に踏みこんでしまったと後悔したが、すでに遅かった。


「……レイナさまのお父さん、オリバーさんは昔の戦争で任務を放棄した罪で処刑された。メルティさんが言うには、ほんとはそんなことなかったんだけど……でも、それを信じて恨みに思って、シャルンホルスト家を良く思ってない人が、いまもたくさんいる」

(……冤罪で処刑……まるでジョン・ビングみたいだな)


 大和の脳裏に一人の海軍人の名前がよぎった。

 ジョン・ビング―――。フレンチ・インディアン戦争で、英国政府の怠慢を揉み消すための生贄となった悲劇の海軍司令官だ。彼は最終的に銃殺刑に処せられ、その生涯を閉じる。

 レイナの父の末路は、どことなく彼の最期を想起させた。


「……特に最近は、レイナさまが《白鯨殺し》の一件で一気に昇任したから、面白く思わない人が多い」

「白鯨殺し?」


 ティオは頷いた。


「……世界に三頭しかいない巨大な白い鯨。昔から船乗りたちに『海の悪魔』って恐れられてきた。レイナさまはそれを世界で初めて倒した船乗りとして有名になって、あっという間に海軍で提督の地位についた。だからよけい風当たりが強くなってる」

(……だから、さっき港でみんなの視線がきつかったのか)

「……そうした人たちからレイナさまを守るために、メルティさんは海軍を辞めてシャルンホルスト家にきた。それがオリバーさんから託された最後の仕事だって。だからつい過保護になってる」

「過保護?」

「……出港前、手を出さないように乗員全員を脅すとか」

「うゎ……。で、でも、それじゃあなんでレイナさんは海軍に入れたんですか? そこまで心配性だとメルティさんが止めそうですけど」

「……止めた。でも、止まらなかった」

「止まらなかった?」

「……レイナさまは、いまでもオリバーさんの無実を信じてる。それを証明するために、そして家名を復興するために海軍に入った。《白鯨殺し》なんて危ないことをやったのも、大きな功績をあげて評価をあげるため。……ヤマトさんに協力を頼んだのもたぶんそう」

「僕の協力も?」

「……レイナさまは提督になってからあんまり功績をあげられてないから。一対一なら強いけど、提督としては経験が浅いから……」

「だから生活の面倒を見るって言ってまで、参謀役なんて言い出したのか……」

「……レイナさまのまわりは敵ばっかり。だから一度でも大きな失敗をすると、たぶんあっさり提督の椅子を失っちゃう。……それが怖いんだと思う」

「……」


 そこから二人は一言も交わさず、レイナの屋敷を目指して雑踏のなかを練り歩く。

 到着するまで、大和は終始、ティオの話を反芻していた。

 ―――いまでも戦争に協力するのは怖い。

 だが、彼女の話を聴いた今、べつの不思議な感情が心の片隅に生まれつつもあった。

 必要とされることの充足感……あるいは唯一の自分の趣味である帆船や海軍の知識が、それを身につけるために払った努力が認められたような感動……その得体は知れないが、それまでの人生では久しく感じていなかった、心が温まる気持ちなことだけは確かだった。

 ……だが、それ一つで勇敢な決断が下せるほどの気概は、彼にはなかった。


 やがて、二人はレイナの屋敷に着いた。

 彼の気持ちは、決まらなかった。

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