第7話 明玉の過去

「これで買えるだけください!」

 色街の中にある茶店で、そう言って銀銭を出すと、店員に腰を抜かされた。しばらくして、一抱えほどもある袋に、饅頭やら団子やら飴やらが満載したものを受け取った。

「こ、こんなになるの?」

 さすがに予想外で、改めてさっきの銀山がどれほどの価値を持っていたのかを知る。

『これ、食べきれる?』

「わたしたちだけで食べるんじゃないよ」

 目をくりくりさせている天祥に笑いかけ、星彩は苦労しながら袋を運んだ。

「・・・ここら辺、いないかなあ?」

『? なに、探してる?』

 天祥が小首を傾げたとき、星彩は目当ての姿を塀の上に見つけた。

『あ』

「こんにちはっ」

 こちらに気付いた白猫に、にっこりと笑いかける。昼に星彩の金平糖を狙って鬼嚢に蹴飛ばされてしまった可哀想な猫は、毛を逆立てて威嚇する。

『あんたらは!』

「さっきはごめんなさい。お詫びにお菓子買ってきたから、仲直りしよ?」

『仲直りもなにも、仲良くなってないし!』

「じゃあ仲良くしよ! 他にもお菓子、いっぱいあるの!」

『そんなんで昼間のをなかったことにしよーなんて虫が・・・あら? なんだかさっきからアンタと会話してるよーな気がするんだけど』

「最初からだよっ。わたしは星彩、こっちは天祥っていうの。よろしねっ」

 猫はしばらくじっと星彩を見つめて、小首を傾げた。

『・・・もしかして、噂の人間? アタイらの言葉がわかるっていう』

「うーんと、たぶん、そうだと思う」

『へえ! ほんとにいるの!?』

 塀を飛び降り、猫は物珍しそうに星彩の周りをぐるぐる回った。

『どーせガセネタだと思ってたけど』

「白龍も最初は同じこと言ってたなあ。でも、ほんとだよ?」

『ふうん。で、アタイに菓子をくれるってのよね。じゃあこっち来なさいな』

 猫はどこかの店の裏側に回っていったので、それに付いていく。

 日陰となった場所には、十匹近い野良猫がたむろしていた。

「わあ!」

『アタイの兄弟たちよ。そんなに抱えるほどあるんなら、こいつらにも分けてやってよ』

「もちろん、いいよ!」

 星彩は袋から惜しみなく菓子を取りだし、猫たちに分け与えた。天祥にも自分にもあんこの入った饅頭を一つ取って、地べたに座り一緒に食べる。

「ねえ、あなたの名前はなんていうの?」

『アタイは野良だもん。名前なんかないわ』

「じゃあ、わたしが付けてあげよっか?」

『いいけど、ヘンなのはやぁよ』

「すてきな名前にしてあげる! えっとね~・・・普賢、なんてどう?」

『フゲン? なかなか良さそうじゃない。いいわ、今度からはそう名乗ってあげる』

「やった!」

 気に入ってもらえて、星彩ははしゃぐ。

「普賢たちはここら辺に住んでるの?」

『豊邑一帯がアタイらのシマみたいなもんよ。―――まあ? 最近は他に気ぃ遣って? ここらで大人しくしてやってるけどね? 決して勢力争いに負けたわけじゃないのよ?』

「そうなんだ! 普賢は優しいんだね」

『ま、まあね。でも貴族らの豪華な屋敷が並んでる方まではアタイらの縄張りよっ』

「貴族の屋敷があるの?」

『ここからちょっと北に行ったところにね、いっぱい並んでるわよ。でも、あそこは家は立派だけど、あんま恵んでくんないのよねえ。アタイらのことも汚ながってさ、失礼しちゃう』

「それはひどい!」

『その点、この色街はいいわよぉ。妓楼が多いから残飯も豊富だし、気前よく物をくれる粋な人間もいてね。だからここらをうろついてるわけ』

「そうなんだ! わたしもね、ここはとても良い所だと思う!」

 明玉も鬼嚢も、星彩を雇ってくれた道陳も張おばさんも、下働きの仲間たちも皆、突然やって来た星彩を懐に入れ、可愛がってくれる。

「いきなり街に放りだされちゃって、どうなることかと思ったけど、恭の人ってほんとにみんな優しいんだね」

『放り出された? ・・・そーいえば、噂の人間は淸から恭に嫁いできた姫って話だったわよ。ってことは星彩は王妃なのよね? なんだってこんなとこにいるわけ?』

「・・・そーなんだよねえ」

 不思議そうな普賢に、肩をすくめて答えた。

「わたし、全然妃っぽくないから、街の子供だと思われて追い出されちゃったの。お城に戻ろうと思うんだけど、今日はもうそろそろ日も暮れちゃうし、お仕事しなきゃだから、無理だなあ」

『家に帰れないってわけ? なんだかアタイらと同じ野良みたいだわね』

「わたしもそんな気がする・・」

『大丈夫!』

 うなだれる星彩の頬に、天祥が鼻を押し付けた。

『天祥、星彩の味方! 星彩、城に帰りたいなら、天祥、協力する! 城に帰れなくても、天祥、ずっといっしょ!』

 だから元気を出して、と天祥が短い前足を広げて一生懸命に伝えている。知り合ってからずっと、片時も離れずいてくれる友達。思えば人だけでなく、優しい友にも、すでに出会っていた。

「―――ありがと、天祥っ」

『ふうん? ヘンなちんちくりん物体だと思ったけど、まあまあ男気があるじゃない?』

『ちんちくりん、ちがう! 天祥!』

『はいはい。星彩、そーゆーことなら、アタイらも力貸してあげるわよ』

「ほんと!? ありがとう普賢!」

 嬉しくなって、星彩は天祥も普賢もまとめて抱きしめた。

『ちょ、星彩! やだ、もう青い毛がついちゃうじゃない!』

『天祥にも、白い毛、つく! イヤ!』

「えへへ~」

 腕の中でもがいているふわふわした二匹の毛に顔をうずめて、星彩はとても幸せな気持ちになった。

「ありがと、ふたりとも! なんだか勇気が湧いてきたよ!」

 宗麟の側にいられない心細さはあるが、いざとなったら協力してくれる友がいる。だったら何も心配することなどない。

 普賢や普賢の兄弟たちと少しの間遊んでから、天祥と共に店への帰路についた。夕方になる前には戻って仕事をしなければならないのだ。

 夜の気配が迫ってくると、色街は徐々に騒がしくなっていく。開店準備のため、人が慌ただしく出入りするようになるからだ。道には傘を差した女も、ちらほらと増えてきた。

 そんな中、星彩の前を歩いていた赤い傘から、ひらりと布が落ちた。淡い桃色で、拾うと良い匂いがふわりと香った。

「ねえ、落としたよ!」

 声を掛け、小走りに赤い傘の持ち主に駆け寄る。相手はゆっくりとした動作で振り向き、微笑みを浮かべた。

「ありがとう」

「―――」

 目の前の相手は、まるで硝子細工のようだった。すっと通った鼻筋も、細い顎も、華奢な指先も、触れれば壊れてしまうのではないかと心配になるくらい、繊細で儚げで、しかし血色の良い赤い唇と、黒い輝きを湛えた瞳が、確かに生きた人であることを伝えている。

 とても美しい女だった。性別を問わず、心蕩かす絶世の美女。

「―――あら? どこかで見た顔ね?」

 蜜のような甘やかな声音で、女が言う。

「そうよ、確か、明玉が連れてきた子じゃなかった? 昨日から下働きとして働いているのよね。名前は、何だったかしら?」

「・・・」

「お嬢ちゃん?」

「・・・はっ」

 肩に触れられて、ようやく星彩は金縛りから解かれた。

「ご、ごめんなさい! ええと、今、なんのお話だった?」

「お嬢ちゃんの名前を訊いているのよ」

「星彩だよ! あ、この子は天祥ね!」

「私は翠玉。明玉の姐貴分よ」

「え!? 明玉のお姉さん!?」

「実の姉ではないわよ? 歌妓として、明玉を教えてる立場ってこと。昨夜、あなたとも会ったのよ?」

「そ、そうだっけ?」

 こんな綺麗な人と会ったことをそうそう忘れないと思うのだが、残念ながら星彩には記憶がなかった。

「明玉と一緒にいたの。覚えてない?」

「―――もしかして、あの」

 宗麟の悪口を言ってた人たちの、と言いかけて、慌てて口を噤んだ。

「そういえば明玉の反対側にもう一人いたっけ。あれ、翠玉だったの?」

「そうよ」

「あのときは暗くてよくわかんなかったけど、こんな美人だったんだ!」

「あらあら。お世辞が上手ねえ」

「お世辞じゃないよ! 翠玉はすごい美人だよ! ほんとのほんとだよ?」

「お嬢ちゃんが歌妓を口説いてどうするの?」

 翠玉はころころと笑った。貴族の姫君と言っても通じるような上品な顔立ちなのに、屈託なく笑う様子は、更に彼女の魅力を増すようだ。

「今からお店に戻るところ?」

「うん! 休憩は夕方までだって言われてるから」

「私も丁度、戻るところよ。一緒に行きましょうか」

「うん!」

 星彩は美人の横で妙にうきうきしてしまって、跳ねるように歩いた。

「明玉から、あなたのことは聞いたわ」

 道すがら、翠玉が話しかけた。

「奉公先を追い出されたそうね? 大変だったでしょう」

(そういえば、そんな話になってるんだっけ)

 ここで自分は妃だなどと主張したところで、信じてはもらえないだろうし、何にもならない。なのでとりあえず、頷いておくことにした。

「明玉に拾ってもらったんですって?」

「うん。明玉はすごく優しいよね。わたしが泊まるとこないって言ったら、仕事まで紹介してくれたんだもん」

「あの子はね、ちょっと口は悪いけれど、根がお人好しなの。自分より弱いものを見ると放っておけない性質みたいでね。こうして拾い物をしてくるのも、初めてじゃないのよ?」

 星彩のほかにも、明玉が仕事を斡旋して面倒をみてやった者は幾人かあるのだという。それらは店の下働きの中や、歌妓の中にもいるそうだ。

「―――あの子の親は、ろくでなしでね。父親は酒に溺れて、母親は耐えきれなくなってあの子を置いて逃げたの。残されたあの子は必死に働いて父親を支えようとしたけれど、結局は妓楼に売られて、歌妓になったわ。だから、何にも庇護されていない、弱いものを見ると、自分を重ねて、助けずにはいられないんでしょうね」

「・・・それ、どーゆーこと?」

 星彩は、浮かれた心持ちが沈んでゆくのを感じた。わずかに微笑む翠玉の横顔を、食い入るように見つめる。

「母さまが、明玉を置いていったの? 父さまが、明玉を売ったの? 人は売れるものなの?」

「・・・お嬢ちゃんは、親に売られて下女になったわけじゃあないのね? それなら、わからないわよね」

 翠玉は優しげな眼差しを星彩に向けた。

「この天下において、人と物は同じよ。お金のある人間に、売り買いされるの。そして親は、すべてが我が子を一番に想う者ばかりじゃない。少なくとも、この色町にいる人間のほとんどは、そういう親を持っていたわ」

「・・・」

 人が、売られるということ。親が、子を売るということ。

 よく、意味がわからない。

(お金の・・・ため?)

 星彩がさっき銀銭でお菓子を買ったように、明玉の父親も何か欲しいものがあったのだろうか。そのために、娘を金に換えたというのだろうか。

 だとすればそれは、人の心を殺す行為。人を人として見ない考え方だ。

「お嬢ちゃん?」

 気付けば翠玉の顔がすぐ目の前にあった。星彩はいつの間にか立ち止まり、着物の裾を握り締めていたのだ。

「何を考えてるのか、当ててあげましょうか?」

「・・え?」

「我が子を売るなんて、人を買うなんて、なんてひどい人たちがいるんだろう。どうして誰も咎めないんだろう。明玉は、なんて可哀想なんだろう」

 歌うような節回しで翠玉が言う。目を丸くする星彩に、翠玉はにっこり笑った。

「でもね、お嬢ちゃん。こんなのは、実はそれほど大したことじゃあないの。もちろん、良い事とは言わないわ。でも考えてみて? 明玉は、飲んだくれの父親の側にいることが、幸せだったかしら? 娘も守れないような下らない男に人生を食い潰されてでも、支えてやるべきだったかしら?」

「・・・」

「明玉は父親に売られたけれど、それでやっと縁が切れたのよ。逃げてしまった頼りない母親が、あの子に押し付けた責任とも。――――歌妓の仕事は、つらいわ。でもあの子はかわりに自由を手に入れた。そうは思わない?」

「・・・・明玉は、今、幸せってこと?」

「それは私には言えないわ。でも、そうであって欲しいと思う」

「・・・」

 人の売買など、悪い事だと思う。それでも、明玉本人はちっとも不幸を感じている素振りなどないし、むしろ他人を気遣う余裕さえある。

 悪い事だと、決めつける方が間違っているのだろうか。

「もちろん、いつも幸福な結果が待っているわけじゃあないわ」

 まるで星彩の心を見透かしたかのように、翠玉が続けた。

「運の問題よ。歌妓なんかよりもっとずっとひどい者になって、汚辱にまみれて死んでいく人もあるでしょうね。だけど、今すぐに人買いがなくなることはないでしょう? 何かを変えるには、それだけの勇気と、時間が要るわ」

 だからこれは仕方がないことなのだ、と。

(仕方がない・・・)

 すぐには変えられないことだから。なくならないことだから。諦めて、世の習いに従う。

 それはとても悲しいことで、しかし責めようもないことだ。

 星彩だって、傍から見れば似たようなものなのだ。同盟のため、人質として淸から恭へ嫁いできた。もし宗麟を想う心がなかったならば、そこに星彩の意志など存在しない。国の利益のために、自分を売る行為だ。

 それを、星彩も仕方の無いことだと思った。ならば、明玉や翠玉だって同じように感じているのだろう。

「翠玉」

「うん?」

「教えてくれてありがとう」

 星彩は深々と頭を下げた。

「どうしたの、急に」

「わたし、知らなかったから。そういうことがあるって。・・・・最近は、ちょっとは色々わかったようなつもりだったんだけど、やっぱりわたしは何も知らないんだ」

 星彩は、翠玉や、道行く人たち、準備に追われる店々を見回した。

 明るくて暗い街。

 はじめに感じた印象の正体が、なんとなくわかった気がした。

 この街にいる人々は、皆、何かしら暗い事情を背負っている。だがそれを諦めて、受け入れて、精一杯の自由を謳歌し、生きている。

 だからここは、暗くて明るい。

 暗い中でも、明るく生きようとする人々がたくさんいる街なのだ。

「―――よし! わたしもがんばろう!」

 右腕を天に振り上げ、星彩は己を奮い立たせるように大声を出した。

「翠玉! わたし、今夜もがんばって働くよ! みんなが楽しくお酒を飲めるように、一生懸命お皿を運ぶ!」

「あらら、一体どうしたっていうのかしら?」

 急に元気になった星彩に、翠玉は困ったような呆れたような笑いを漏らした。

 店に着いたのは空が朱に染まり始めた頃合いで、はや忙しく皆が立ち働いている。星彩もその中へ混ざって、また怒鳴られながらいるとすぐに夜が来た。

 昨夜と同じようにあちこちへ料理や酒を運んで回る。今日は間取りもすっかり頭に入ったから、前より要領よくできるようになっていた。天祥もお菓子で腹が膨れたせいか、一度もつまみ食いをしなかった。

「星彩! 酒を二瓶! 二階の広間だよ!」

「はーいっ!」

 厨房の隅にある酒瓶を引っ掴んで、星彩はぱたぱたと階段を駆け上がる。

「失礼しまーす!」

 扉を開けると怒号にも近い騒ぎに身を打たれ、思わず一歩さがった。

「おお!? 星彩じゃねえか!」

 声を掛けてきたのは、すっかり酔いが回って赤ら顔の鬼嚢だった。一番広い部屋に、たくさんの人相の悪い人間たちと、歌妓たちが詰めかけどんちゃん騒ぎ。その中心にいた鬼嚢は、入口で躊躇している星彩の肩を掴んで中に引きずり込んだ。

「き、鬼嚢?」

「おいおめえら! 女神さまが来たぞぉ!」

 星彩の登場に、場が更に沸く。

「な、なに? どうしたの?」

「この酒はおめえに貰った金で飲んでんだ! 感謝してンだぜ? おめえもちっと飲んでけよ!」

 無理やり鬼嚢の横に座らされ、持ってきた酒瓶を取られかわりに杯を渡された。

「あの、鬼嚢? わたし、お仕事しなきゃならないんだけど・・・」

「ンなのはいいンだよ! 気にすんな!」

「でも・・・」

「うっるせえな! じゃあ今夜は俺がおめえを買った! これでいいだろ!」

「か、買ったってどーゆーこと? わたし、売られてるの?」

 だとすればいつの間にそんな事態になっていたのだろうかと悩んでいると、横から酒が注がれた。

「あ、ありがと」

 軽く頭を下げて隣を見遣り、ぎょっとした。

「明玉!」

「明玉! じゃないわよ!」

「痛っ」

 ぱしりと結構な強さで腕を叩かれる。

「なんだってあんたが賊連中と知り合いなわけ? 昼間あたしがいない間になにがあったってのよ?」

「賭博場に行ったの。そしたら何回も勝っちゃって、お金いっぱいもらってね? でも持ちきれないから鬼嚢たちにあげたの」

「賭博場!? そんな危ないとこに行ったわけ!?」

「別に危なくなかったよ? 普通のお店だったもん」

「バカ、あんなとこ、もし負けがこんだら身ぐるみ剥がされるだけじゃ済まないのよ!? 素人が気軽に行くような場所じゃないの!」

「え、ご、ごめんなさい?」

 よくわからないが怒られてしまったので、とりあえず謝る。明玉はわざとらしく大きな溜息をついた。

「ほんっっと暢気よねえ。しかもせっかく稼いだ金もやっちまうとか。下働きのくせに何様のつもりよ? あたしに酌させるなんて、いい度胸よね」

「ご、ごめんね? やっぱりわたし、仕事に戻るよ」

 立ち上がろうとしたが、明玉が袖を引っ張った。

「いいわよ、今更。客があんたを買ったって言うなら、気兼ねせず楽しみなさい。ここはそーゆーところよ」

「・・・」

 星彩は、じっと明玉を見つめた。化粧をして、簪を挿して、色鮮やかな着物に身を包んだ美しい娘。赤い提灯に照らされて、血色良く輝いて見える。

「明玉、ここは楽しい?」

「なによ、いきなり」

 明玉は戸惑うように瞬きして、それから笑った。

「当ったり前じゃない。こんな馬鹿騒ぎができるとこ、他にどこにあるっていうの?」

「――――そっか。そうだね!」

 星彩も笑い、一気に杯を仰いだ。

「~~~か、辛い!」

「バカ! 子供が一気飲みするもんじゃないのよ!?」

『星彩! たいへん!』

 生まれて初めて飲んだ酒は、とても辛くて苦くて、一杯で顔が真っ赤になった。明玉が慌てて水を飲ませ扇で煽ぎ、天祥は杯を遠くに放る。どうやら毒か何かだと思ったようだ。

「これ、どうして大人はおいしそうに飲めるのかな?」

「それだけ辛いことも苦しいことも、たくさん経験してきてるってことよ」

「ふうん? 経験すれば、わたしもおいしく飲めるようになるのかなあ?」

「たぶんね」

「そっか」

 苦しいことは嫌だけれど、こうして皆で楽しく飲めるようになるのなら、悪いことではないのかもしれない。

「ねえ明玉! わたし、目隠し鬼やりたい!」

 復活した星彩はそう言って明玉におねだりした。

「あのねえ、あれは男が歌妓にきゃあきゃあ言われて、それを追いかけるのがおもしろい遊びなのよ?」

「ダメなの?」

「ま、いいわ。今夜の主役は星彩だしね。翠玉姐さんに頼んでみましょ」

「翠玉もいるの!?」

 見遣れば、星彩とは反対側の鬼嚢の隣で、微笑んでいる翠玉と目が合った。

「翠玉! 鬼嚢! 目隠し鬼やろうよ!」

「おめえが鬼をやんのか?」

「うん!」

「あらら、その年でお大尽遊びね?」

 鬼嚢にも翠玉にも笑われてしまったが、提案はすんなり通って、黒い布で目隠しされた星彩は広間の中央をあっちへ行ったり、こっちへ行ったり。明玉の誘導に騙されたり、足元を走り回る天祥に躓いたり、さんざんおかしく動き回って、場は更に沸いた。

 結局、誰も捕まえられずに目隠しの布を取れば、様々な笑顔が星彩を囲んでいた。笑っていない者は一人もいない。山賊たちのいかつい顔も、歌妓たちの派手な顔も、皆相好を崩してしまっている。

 星彩も、つられて笑った。

「天祥、恭はいいところだね」

 明玉と鬼嚢の間に戻って、星彩は腕の中の友に話しかけた。

「みんな、優しくて明るい。前に白龍が言ってた通りだよ」

『恭、いいとこ! だから星彩、ずっといる!』

「うんっ」

 言われなくても、この笑顔溢れる場所を、離れたいとは思えなかった。

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