第16話 襲撃

 森の木々の間から、ある人影がゆっくりと現れる。それはどこか色気のある、一人の若い女性だった。

 その女性は微笑を浮かべながらロレンに話しかける。


「あら……ロレンちゃんじゃない。こんな所で何してるの……?」


「ロレン、知り合いか?」


 翔太がロレンに確認する。


「あ、ああ……! クラスメートだ。クラスメートの、レイナ・コビントン……!」


 ロレンは少し面食らった様子で答える。翔太はその女性も上級クラスの魔法使いだと知ってやや安堵したが、ロレンの警戒がまだ解かれてないことを見て不思議に思う。


「レイナ……ここで何をしてる?」


 ロレンは強めの口調で聞く。


「ロレンちゃんそんな怖がらないでよ~。ただ散歩しに来ただけ。この森、結構来るのよ」


 レイナは近くの木の葉を優しく触る。ロレンはまだレイナから目を離していない。


「……レイナ、何が目的だ?」


「ん~?……フフフ。ロレンちゃんって早とちりね。レディに嫌われるわよ。……そうね、近々OMT選手選抜の試験があるじゃない? 少しでも、敵が減らせたら減らそうかと思って……」


 レイナはそう言うと、彼女の身体のいたる所から木の芽なるものを生やし始めた。奇妙に笑うレイナに、翔太は背筋がゾッとする。


「やっぱり、そういう魂胆かよ……! 翔太!! お前は自分の身だけ守ってろ! 奴はクラス7位の実力者だ……!」


 レイナがじりじりとロレンの方へと歩み寄る。彼女の生やした芽は無数のツタに成長し、速い速度で彼女に振り回されているため風を切る音が響く。ロレンは自分の右腕を液状化し始めた。


 両者、衝突寸前のところで、異様な空気がそこに流れ出す。“何か”が、いる。ロレンとレイナが危険を察知し、その“何か”の方向へと顔を向けた時にはもう、遅かった。


 ある巨大な拳がロレンの胴に深く打ち込まれる。肋骨、背骨の軋む音が鳴るが、完全に折れる前に、ロレンは自分の身体を水にして弾け飛ばせた。


 次にその怪物はレイナの方に振り返り、大きく広げた手を頭めがけて振ってきた。レイナは瞬時に屈みその一撃をかわす。が、彼女が屈んだ所にさらに一本の右脚が迫る。レイナは身体のツタを前面に集中させ、衝撃に備えた。


 蹴られたレイナは宙に上がり、木々の枝を次々と折りながら森の奥に飛ばされた。


 最後に、怪物は静かに翔太の方へと向く。翔太はいつの間にか呼吸を忘れていた。両足が震え出す。脳がぼうっとして、何も考えられなくなっていた。


 その怪物、長くうねった角が額から生え、5メートルを超える図体を持つ。青黒く染まった身体の、筋肉は盛り上がり、所々血管が浮き出ている。鬼。翔太の頭にはその一文字がよぎった。


 怪物が地を蹴って走り出す。


「WATER IMPACT !!」


 その怪物に、ロレンが横から水の衝撃波を加えた。大きな音はしたが、怪物はややよろめく程度で、すぐに体のバランスを取り戻す。


「チッ! 効いてねぇのか……!」


 ロレンは身体の急な再生に多量のマナを消費していた。息を切らす中で、目の前の脅威をどう乗り越えるか考える。


「翔太! お前は先に逃げろ!!」


「……! でも……!!」


「でもじゃねぇ! 逆にお前がいると足手まといになんだよ! 俺が囮になる! 俺のことは……心配すんな!!」


 翔太は、ロレンがどのようにこの窮状を抜けるのか想像できなかった。圧倒的な強さ、速さの前からロレンは逃れる術はあるのだろうか? 考えても仕方ないと感じ、翔太はその場から走り去った。

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