第12話 逃走

「ちょっと! 逃げるな!」


 翔太を連れて廊下を走るロレンの後を、ミアが追う。


「チッ、速い……! 仕方ない……」


 ミアは、マナで出来た黄色いボールを身体から産み出し、それを全力で床に投げつけた。


「マナ・バウンス!」


 彼女が投げたそのボールは廊下の床と天井を反射していき、最後はロレンの頭をクリーンヒットした。


「うげっ!!」


 情けない声とともにロレンは勢いよく地べたに倒れる。翔太もそこでストップした。


「翔太君、あなたもまだ逃げる気……?」


 ミアはまたボールを生成し始める。


「ちょ、ちょっと待って、ミア! 俺はただロレンに引っ張られてきただけで……」


「言い訳にならないよ。あの闘技場は今瓦礫だらけで危険だし、修理されるまで立ち入り禁止になったんだよ?」


「そうなの?」


「校舎から外に出る時に貼り紙を見なかった?」


 翔太に、そのような貼り紙を見た覚えは無かった。


「俺が……剥ぎ取ったんだ」


 翔太とミアの後ろでロレンが言う。頭をさすっている彼の手には、しわくしゃな「立ち入り禁止」と書かれた紙が握られていた。


「誰かが来た時のために、立ち入り禁止じゃなくなった、ってしらばっくれるつもりだったが……、事情を詳しく知る奴が来たらおしまいだ。翔太、あとは任せた!」


 ロレンは素早く立ち上がり、また逃走を図る。


「ちょっと! ロレン!」


 ミアの言葉ではロレンは止まらない。最近彼は、ある教室の壁を壊し、それをミアに見つけられ、先生に報告され、こっぴどく叱られた一件があった。また同じことは繰り返さない、彼はそう思っていた。


 だがロレンは、逃げた先で一人の男とぶつかる。


「いてっ!」


 ロレンは床にしりもちをついた。


「あっ、ゲノ先生! こんにちは!」


 ミアがその男に挨拶をする。


 彼はゲノ・バレン。今年からこの学校に赴任して来て、ミアのいる上級クラスの副担任を務めている。あまり生徒と積極的に関わることはないが、若くて優しい先生として評判になっている。


 ロレンは先生と鉢合わせたと分かると、そこでもう諦めたようで、その場であぐらをかき出した。

 ミアがゲノ先生に事情を説明する。


「なるほどぉ、それはいけないなぁ、二人共」


 顎をさわりながら、ゲノ先生は翔太とロレンの顔を交互に見る。この時、ゲノ先生は翔太とはもちろん、ロレンともまだ面識が無かったため、詳しい経緯を知らずに説教をするのは気が引けていた。


「翔太はまぁ、ともかく、ロレンはしょっちゅう校則に違反したり騒ぎを起こすんです。ゲノ先生からも何とか言ってください」


 ミアがそう言うと、ゲノ先生は少し考えてから、翔太とロレンの二人にある提案をした。


「罰として、ちょっとお使いに行ってきてくれるかい?」


「あ?」


 ロレンが眉をひそめる。


「実は、ここの寮の料理長が、ある食材が欲しいと嘆いていてね。君達もよく知る、深蒼の森。そこにあるキノコが欲しいのだと。それを採ってきてくれるかい?」


 ロレンは苦虫を噛み潰したかのような顔をして見せた。ミアは反対に、


「それはそれは都合が良いです! 何てったって二人とも寮生活なので、罰だとしても自分達に返ってきますからね!」


 と、ゲノの提案をすこぶる肯定した。


「あの……その、深蒼の森っていうのは……?」


 そんな中、翔太だけが話に着いていけていない。彼にはミアが軽く説明した。


「町外れにある大きな森のこと。魔獣っていう生き物がチラホラ生息してるけど、うちらの生活に役立つモノの素材が結構そこで採れるの。魔法使いの修行場でもあるし、翔太は行ってみて損は無いと思うよ」


 翔太は、「魔獣」という単語に一瞬臆したが、魔法の修行ができる場所と聞いて、少し好奇心が湧いた。


「ゲノ先生~、お願いだよぉ、今回は見逃してくれよぉ~。この、黒豆あげるからさぁ~」


 ロレンがゲノ先生の足にすがり、なんとか罰を帳消しにできないかと試みる。


「黒豆?……うん。三つ貰おうかな。お使いには行ってもらうけど」


 ロレンの交渉は、ゲノ先生のにこやかな顔の前に儚く散った。ロレンはしばらく動揺していた。


 ー放課後ー


 翔太とロレンは深蒼の森に出発する準備をしていた。


「日没までには帰るぞ、翔太」


「そうだね、暗くなると危ないからね」


「あ? ちげぇよ、早く帰りたいからだよ」


「…………そういうことだったら、日没までじゃなくても良いんじゃ?」


「うるせぇ、行くぞ」


 二人は、地図、ライト、飲料類、素材を入れるための袋を詰めたリュックを背負い、学校を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る