107話 魔術研究部の異変
昼休み、
ニーナとオルティラ、二人の同行者は、年齢こそ離れているものの行動は似通っている。片方が影響を及ぼしているのか、はたまた互いに呼応し合っているのか。
「もーっ、リオってば、すぐにどこか行っちゃうんだから!」
「ごめん、ごめん。急用を思い出したんだ」
「迷子になるから駄目なんだからね! 怖い人に連れて行かれちゃう」
憤ったニーナが、むんずとばかりに僕の腕を掴んでくる。それから一向に手を放す様子は見せず、それどころか「ご飯食べに行こうよ」と話を進める始末だ。
どうやらオルティラにろくでもないことを吹き込まれたらしい。恨みを込めて赤髪の戦士を見上げれば、返ってきたのは悪戯げな笑みだった。
どうせ「捕まえておかないと逃げられる」とでも
「ん、カーン殿はお許しを貰ったのか」
よかったな、とオルティラがカーンの背を叩く。対する相棒はといえば、鬱陶しいの一言に尽きるようで、パシリと手を振り払っていた。
「これから例の事件の調査と聞いたが」
「ああ、それが……ちょっと事情が変わってね」
オルティラの視線が背後に向く。その方向には、ちょうど大荷物を持って貴賓棟へと向かってくる三人の生徒の姿が見て取れた。僕は慌ててそれに駆け寄って、いくつかの荷物を受け取る。
「早かったね。ご飯は食べた?」
「まだです、けど寮母さんに残してくれるようお願いしているから……。それより、ケリーを見ていませんか?」
ケリーと言えば、生徒行方不明事件捜査へ協力を申し出てくれた、キツネ族の青年である。
「いや、見てないよ。会ったのは昨日が最後」
「そうですか……」
アンネリーゼは眉尻を下げている。どうやらただ事ではないようだ。生徒たちにとにかく貴賓棟へ入るよう促して、詳しく話を聞くことにした。
切り出したのは、変わらずアンネリーゼ。魔術研究部で唯一の女子生徒だ。
「異変を感じたのは二時間目の授業のことで――」
二時間目の授業、すなわち僕が見学し、オルティラとニーナが参加していた体力づくりの科目である。一年生と二年生の合同で行われるこの授業で、アンネリーゼはあることに気づいた。
ケリーの姿がない。
キツネ族のケリーは、一年生ながらも獣人としての真価を発揮しており、特に身体能力に長けていた。体力づくりの分野では群を抜く彼が授業を休む理由はなく、考えられることは病欠くらいか――そう結論づけたのだが。
「同級生は、『何も話を聞いていない』って言うんです」
病欠であれば教師の方から一報を告げられるというが、その報告すら今回はなかったそうだ。
つまりは無断欠席。
「やっぱり見間違いじゃなかったんだ」
ケリーの不在。気づいてはいたが、神族の襲来によりすっかり忘れていた。
「アタシたちはこれからケリーの部屋に行く予定です。リオさんも来ますか?」
「もちろん――と言いたいところだけど、キミたちはご飯を食べておいで。学生の本分は学習だ。疎かにしてはいけないよ」
「でも……」
「心配なのは分かる。だけど、この件は僕たちに任せて」
神族との関わりが依然切れていない以上、この一件に生徒たちを関わらせない方がよいだろう。そう思っての判断だった。
アンネリーゼはじっと唇を噛んでいたが、間を取り持ったのは男子生徒だ。
「ケリーのこと、お願いします」
状況が状況だ、何か覚悟している様子だ。とはいえ今、この機会に行方不明者が現れたのは不幸中の幸いと呼ぶべきだろう。少し不謹慎ではあるが。
「匂いの件はカーンとニーナの二人に任せてもいいかな。僕とオルティラはケリーの部屋に行ってみるよ」
「ま、待ってください、リオ様。先程約束したばかりではありませんか」
二手に分かれることはない。確かにカーンとはそう話したが、事が事だ。部外者がぞろぞろと私的空間に踏み入るわけにもいかない。目的が男子寮だから、女性であるオルティラを連れて行くのもどうかとは思うが、カーンを残した方が調査が進む――そう考えた結果が、先程の提案だった。
「ね、お願い、カーン」
精一杯の『お願い』をすれば、カーンはぐっと唇を噛む。しばらく沈黙が続いたが、僕が折れないと知ると、深い溜息と共にこめかみを押さえた。
「何かあったら、必ず大声を出してください」
「それじゃあ、行方不明者の足取りについては引き続き調査をお願い。……半年も前の匂いが残っているとは思えないけど」
行方不明者の持ち物から匂いを特定し、足取りを割り出す。それが僕たちの計画だ。
匂いは時間が経過するにつれて薄れてしまうから、より素早い調査が重要となる。天候が変わって雨になろうものなら最悪だ。
時間との勝負。これ以上、後手に回るわけにはいかない。
生徒たちを帰して、僕とオルティラは男子寮へと向かった。
ケリーの部屋番号を控えた小さな紙を手に歩くこと数分、昼食のために出歩く学徒の間を進む。依然として視線は集めるものの、以前と比べて懐疑は少ないように感じる。あの授業が効いたのだろうか。
「オルティラはこういう事件に携わったことはあるかい?」
暇つぶしにそんな話題を投げ掛けると、彼女は鼻を鳴らして失笑した。
「まさか。私は肉体派なんでね」
「キミは頭のいい人に見えるけど」
「やめろ、やめろ。クレヴィング探偵事務所でも作れって? 冗談じゃない。私は気ままに傭兵をやっているのが性に合っているんだ」
「専属になる気は?」
「ないね、微塵も」
べえ、と舌を突き出す彼女を見る限り、何か特定のものに縛られることをひどく
予想通りと言えば予想通りだが、後ろ盾がない状態はどうしても不安定であるように思えてしまう。それすらも、きっと彼女は楽しんでいるのだろうが。
世間話に興じながら歩いていると、目的地である学生寮へと辿り着いた。
協力者から貰った部屋番号の覚書を手に、
昼休みも半分が過ぎている。在室していることを願いつつ、扉を叩いた。
「所用で学校に滞在している者です。同室の方について話を伺いに来たのですが」
数秒の間ののち、返ってきたのは小さな声だった。そうっと扉を開けてこちらの様子を窺う。
「あ……リオさん!」
顔を覗かせたのは、数日前に親交を持った眼鏡の少年だった。
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