84話 キミはあいつの

 グラナト滞在四日目となる本日。僕とオルティラ、それからニーナは墓場へとやって来ていた。


 グラナトの郊外に位置するひどく質素な墓地は、閃光筒調査開始当初に訪ねた場所であり、同時に昨日の発見が得られた場所であった。


 地下墓地。共同墓地として活用されず、代わりに犯罪の片棒を担ぐことになった広大な洞。僕も長く生きてきたつもりだが、実物を目にするのは初めてだった。


 オルティラの手を借りて地下墓地への扉を押し開ける。小さな石扉を開け放った瞬間、ヒヤリとした空気が噴き出してきた。案外臭いはないものだな――と覆い掛けた鼻を解放する一方、ニーナが転がるように飛びずさった。


「うえ、くさ~い」


「ニーナ、外で待ってる?」


「……一人は嫌だもん」


 オオカミ族である彼女は鼻がよく利く。僕やオルティラには感じ取れない「臭い」をつぶさに受け取ってしまったのだろう。


 そんな彼女に同情したらしいオルティラが、布をニーナの鼻に巻いてやっている。その様子を尻目に、僕は一足先に地下へと降りて行った。


 カバンから携帯用の〈明石〉を引き出して魔力を通す。ぼうっと薄紫色の光を放つ宝石に照らされて、壁の装飾が浮き彫りになった。


「これは天使か……」


 翼が生え王冠を抱いた人型。


 墓地等のヒトの死に近い場所は、宗教と深い関わりがある。きっと古代グラナトの地は天使を信仰していたのだろう。海に住まう魚人族たちが白と黒の大蛇を敬うように。


 今や下火となっているが、天使は確かに存在していたのだ。人々の支えとして。


 色褪せた壁画を眺めていると、オルティラとニーナが合流した。


 片手を挙げて出迎えると、不意にニーナの瞳が輝いた。視線の先には僕が持つ〈竜の瞳〉――羨ましそうに僕を見てくるものだから、少し魔力を込めて渡してやった。これで一刻は持つはずだ。


「しかし、本当に広いな。グラナト全域に広がっているんじゃないか、この地下墓地」


「どうかな。ろくに魔術が使えない土地だ、地下を掘るのにだって労力が要るだろうし、何より蟻の巣の上に建物群を並べるなんて危なすぎる。地面が落ちちゃうよ」


「そんな真剣に答えんなよ……。まあどれにせよ、墓の出入り口があそこ一つとは限らないんだし、手分けをして正解だったかもしれないね」


 工業都市グラナトは、小国が収まってしまいそうなほど広大な土地を有している。これは一地方都市において異例のことだ。


 そのような都市の下に地下墓地が広がっているということは、墓地が現役であった頃――おそらくは古来においても興隆を誇っていたのだろう。


 惜しむらくは当時の様子を見られなかったことか。流石の僕でもそこまで長生きではない。


「あっ、ニーナ、足元に気を付けてね。葉っぱを踏まないように!」


「え――ぎゃんっ」


 カッと弾けた閃光に、ニーナが暴れ回る。見事にセンコウカヅラの葉を踏み抜いたようである。


 可愛らしい悪態を吐く少女を背負いながら、件の葉を〈火の魔術〉で炙るように焼いていく。


「なあ、リオ。リオも知ってるわけ? センコウカヅラの運び方」


「知らないよ。薬草学は学んでいないんだ」


「んー、残念。ひと儲けしようと思ったのにな」


 センコウカヅラは少しでも衝撃を加えると閃光を発する。その性質上、運搬には特殊な技術が必要とされている。オルティラが目をつけた理由も分からなくはないが、流石に欠点が大きい。


 欠点を食らったニーナはしきりに目を瞬かせていたが、視力に問題はなさそうだ。ひどく不満げに唸りながら、僕の脇に頭を突っ込んでいた。


 ひっつき虫となった少女を引きりながら、地下墓地の探索を進める。入口付近の小部屋を覗いて、工房に用いられたと思しき箇所は確認できなかった。


 それどころか地面に砂埃が積もっているところを見る限り、長らく侵入を受けていなかったようである。


 点々と後方に伸びていく足跡を振り返りながら進むと、不意に〈明石〉の光が陰った。曲がり角の向こうから差し込む赤い光。それは明らかに火の光だった。


 緊張が走る。誰かがいる――誰からともなく目配せをして、赤髪が進み出た。


「動くな!」


 鋭い声が地下墓地を走り抜ける。墓地の入口のように少しだけ広くなった空間には、いくつものかがりが焚かれていた。


 パチパチと爆ぜる薪と炎を照り返す二つの影。片方は天井に届くほど高く、もう片方は華奢だ。


「アロイスにブルクハルト? どうしてここに」


「どうしてって……それはこっちの台詞だよ」


 追いついた僕が思わず声を上げると、驚愕一色に塗られた声が返ってくる。


 傭兵アロイス、そして魔族ブルクハルト。つい昨日会ったばかりの彼等が、そこには立っていた。


「ほお、驚いたな。まさかここに辿り着けるとは」


 ブルクハルトが口角に笑みを湛える。やはり彼はこの地下墓地の存在を知っていたようである。眉間に力がこもる。


「いや、全て計算通りと言うべきか?」


「……まさか、お前たちが?」


 アロイスの目が剣呑を帯びる。


 思わず舌打ちをしそうになる。ブルクハルト――あれはただの茶化したがりではない。あれは確かに画策を含んでいる。


 してやられた。もともと彼は、僕らを逃がす気などなかったのだ。


「僕たちがチューネズ亭を襲撃する理由も、さも襲撃を受けたように装う理由もないだろ。言いがかりはやめて」


 雷を模した爆弾、閃光筒。あれは単なる兵器としても有力であるが、今回においてはそれ以上の意味を包含する。


「第一、あれは英雄の名を貶める行為だ。僕がやる道理はない」


「さーて、どうだかな。人神戦争に首を突っ込んだ魔の王は、英雄によって権威を失墜したそうじゃないか。恨む理由は十二分にあると思うんだが――なあ、どう思うよ?」


 ブルクハルトの向く先は少女。アロイス、槍使いの傭兵。


「まさかその槍」


 身の丈に合わない槍。


 刃の中に埋めた〈竜の瞳〉。


 いずれも今世においては不要のものである。五十年も前にはよく見た型なのに。


「……キミはあいつの何なんだ!」

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