82話 平穏なやり方で
犬に立ち向かう子猫のようにカッカと声を飛ばすアロイス。そんな彼女を見下ろす男の顔と言えば、ひどく優しかった。
優しい、というよりも、子供を見下ろすような慈愛に似ているかもしれない。少なくとも、僕と相対した頃に比べると、剣呑は消え去っている。
「全く……、お前が出て来ると、いつも話が
「邪見にするなよ、お嬢」
「日頃の行いだ、馬鹿」
騎士然とした印象から一変、子供らしさを覗かせるアロイスに、思わず頬が緩む。そんな気配を感じ取ったのか、アロイスはキッと僕を
「紹介しましょう、彼はブルクハルト。自分の連れです。大きな身なりをしているけれど、根は優しい奴なので……どうか嫌わないでやってください」
母親気取りか、とブルクハルトは茶々を入れるが、アロイスが答える様子はない。二人のやり取りに人受けのよい笑顔で応える。
ネコ族の商人ファントが口にした不審な旅人――「背の高い男」と「女」の二人組。この情報に当てはまる。
なぜ今まで思い当たらなかったのか。鈍い自分に嫌気がする。アロイスの気質を踏まえる限り盗掘などという「卑劣」な行いには手を出さないだろうし、対する男ブルクハルトも積極的に手を汚すような男には見えない。
では二人は、墓場で何をしていたのか。
「これ以上首を突っ込むなよ」
「何……?」
僕の倍はあろうかという背丈に見下ろされて、思わず眉間に力が入る。
「随分と詳しそうだね。どうしてキミがそこまで詳しいのか――とても興味があるよ」
「興味を持ってもらえて光栄だ。だがな、これ以上のことは話さないぜ。魔族に頑固者が多いのは、アンタも既知のことだろう」
「それは困ったね。でも、事情を聞かずに引き下がれないな。騒ぎは起こしたくないんだ、どうだい、平穏なやり方で決着をつけようじゃないか」
「いいねぇ、燃えるじゃねぇか」
男の拳がパキリと音を鳴らす。
長らくカーンという魔族としか接してこなかった所為か、元来の『魔族』というものをすっかり忘れていた。好戦的で野蛮で、それでいて執念深い。悪魔と呼ぶに相応しい種族。
その雰囲気に当てられる僕も僕だが、生まれながらにして持ち合わせる性質というのは厄介なもので、何十年と経つ今でも克服はできずにいるようだ。
半ば呆れながら、腰の剣に手を掛ける――その時であった。
「はーいはいはい、そこまで。なーに殺気飛ばし合ってんのさ、二人共。らしくない」
ぐいと肩を押される。前方からやって来たオルティラは僕の肩を掴むと、ブルクハルトとの距離を開ける。
「いくら同族と会えたのが嬉しいからって、そんなはしゃぐなよ。お父さんが悲しむぞ」
お父さん、とはおそらくカーンのことである。以前吐いた嘘を律儀にも覚えていたらしい。気恥ずかしい気分になりながらも、内に湧き上がっていた敵意の炎が収まっていくのが分かる。
「……そうだね、
「子供が何言ってるんだか」
苦笑をしたオルティラが僕の頭を掻き混ぜる。頭がもげてしまいそうなほど乱暴だったが、なぜか嫌な気はしなかった。
「喧嘩なら余所でしてくんな。この子は私が預かっているんでね、下手なことはさせられんのだよ」
そう男に向けて告げるオルティラはひどく柔い姿勢でありながら、有無を言わさぬ迫力があった。
騒ぎを起こしがちなオルティラであるが、それゆえに場の治め方にも通じているようである。頼もしい限りだ。僕は一つ息を吐くと、剣に沿えていた手を降ろした。
「オルティラ殿、すみません。お手を煩わせまして……ブルクハルト、お前も謝れ!」
「なんでオレが――」
「その頭は飾りか? 謝れ」
槍の石突でブルクハルトのこめかみを突くアロイス。その勢いはさながら侵入者を見つけた番犬のごときだった。渋い顔をする男に対して、オルティラはへらりと少し困ったような笑みを見せる。
「謝るのはいいんだけどさ、話はこれて終いってことでいいかな。ブルクハルト――と言ったか、アンタは教える気がないんだろう? 部外者であるはずのアンタが、なぜ
「もちろんだとも。そうじゃなきゃ、ここまでムキにならねぇさ」
茶化しこそすれ、と口角を引き上げたブルクハルトは槍を掴む。槍を取られて少しばかりたじろくアロイスに、子供然とした匂いを感じてしまって、何となく微笑ましい気分になる。
アロイスの年齢は、おそらく十五才前後であろう。まだ親の庇護下にあるべき年齢だ。
しかし旅に身を置くその少女は、その庇護にありつけない。頼れるのは己か、隣の大男か――きっとそれだけだったのだろう。だからこそ、騎士然とした振る舞いで武装している。それの何と健気で浅ましいことか。
「まあ、大事を避けたいのは僕も同じだからね。仕方ない、自分で探すとするよ」
「ぜひともそうしてくれ。ま、ここを探している限り何も見つからないだろうけどな」
ここ――思わず反芻する。男はそれに答えることなく、ただニッと口角を引き上げると、「夕飯はどうする」とアロイスの肩に腕を乗せた。アロイスは呆れながらも夕食のことに注意を向けることにしたようで、視線は余所へ向かっている。
魔族ブルクハルト。
彼の目的は微塵たりとも見えてこないが、野放しにしておいてよい男ではない。監視の意味を込めて手元に置いておきたいところではあるが、彼にはアロイスがいる。アロイスがいる限り無茶はしない――と思いたいが、彼女を枷としてどれだけ期待できるか未知数であった。
「さて、そろそろ行くかい、ボク。お父さんが待っている」
「ああ、そうだね。――じゃあね、アロイス、ブルクハルト。幸運を祈っているよ」
オルティラの助け船を素直に受け取って、くるりと踵を返す。少しの間の後にオルティラも追い付いて、ポンと背を叩いた。
「まあ、何だ。いろいろあるのは分かるけどさ……あまり感情的になるなよ。この私とて、あの丈の大男は討ち取ったことがないんだから」
「……うん、ごめん」
「で、目星はついたか?」
がらりと声色を変えたオルティラが問い掛ける。
「もう一度、あの二人が目撃された墓場に行く」
墓が鍵であることは間違いない。答えは一歩ずつ近づいている。厄介な壁が
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