81話 魔族

 跡形もなく溶けてしまった襲撃者。その痕跡を見下ろしてアロイスが溜息を吐く。その顔はひどく残念そうで、ともすれば幼子特有の残酷さすら思わせる。


「襲撃者が溶けてしまった以上、どこからの差し金かは確かめられませんね」


「全く、困ったな。これじゃあ次の訪問を待つしかないじゃないか」


「……いえ。わざわざ待つ必要はありません」


 きっぱりとそう言い切るアロイス。彼女はちらりと僕の方を見遣る。彼女が言わんとすること、それは明らかだった。


おとりになればいいんだね」


 僕たちを襲撃してきたということは、僕たちの中に目的があるはずだ。襲撃者たちが投げてきた閃光筒の材料について嗅ぎまわるオルティラか、それともチューネズ亭に出入りのあった旅人たちか。襲撃者が手段を選ばずに命を狩り取ることだけを目標としていることが判明した以上、最も弱そうに見える僕が矢面に立つのが最適であろう。


 承諾する僕の一方、相棒カーンは不満顔で眉をひそめていた。


「私が許す訳がないでしょう……」


「あ、耳、治った?」


「薄らとではありますが。……リオ様、あなたはどうか、自分の立場を理解してください。これでは命がいくつあっても足りません」


「大事な相棒と仲間を傷つけられて、黙っていられる訳がないじゃないか」


 見上げた相棒の腕にはニーナの姿がある。移動の最中に意識を取り戻したのか、カーンの首にしがみ付いたまま、ぷらぷらと不快そうに尾を揺らしている。しがみつくだけの元気はまだあるようだ。


 ほっと胸を撫で下ろすが、カーンの耳にこびり付く少量の血液を目にした途端、それは細波のように引いていく。


 目立つ外傷こそないものの、音と光がもたらした影響は大きい。特にカーンやニーナのように、耳のよい種族は尚更だ。あの場にネコ族の旅商人やその同族がいたとしたら、被害はより大きくなっていただろう。


「俺は――私は、反対です。リオ様、何もあなたが表に立つことはありません。囮ならば私がやりましょう」


「……カーン、キミはいつから僕を否定できる立場になったんだい?」


 びくりと、カーンは肩を震わせる。


「見くびってもらっては困る。本調子ではないとはいえ、身を守るくらいはできる」


 ヒュウと、茶化すように鳴る口笛に目を向けると、オルティラは慌てて顔を引き締めた。


「この調査からカーンとニーナを外す」


「リオ様!」


「キミたちは宿に戻って療養していてくれ」


 それが酷な願いであることは重々承知していた。しかしこれ以上彼等を危険にさらす訳にはいかないのだ。


 理解してくれとは口が裂けても言えないが、僕は僕で思うところがあるのである。


「話がまとまったなら善は急げ――だ。とっとと始めよう」


「はい。……大切なお子さんは我々が守ります。だから、そんな手負いの獣のような顔をなさらないでください」


 アロイスはカーンへと言葉を投げかける。しかし相棒が答えるはずがなく、遠くの喧騒ばかりが耳に届いた。



   ■   ■



 普段は深く被っている頭巾の代わりに帽子を被り、ツノを隠す。これで顔は見えやすくなったはずである。人間族のものとは違う、先の尖った耳も丸見えだ。


 この街で僕を知る者はわずかだ。チューネズ 亭のマスターに給仕、魚人族、ネコ族。閃光筒による強襲を受けたチューネズ亭が、公の場で僕たちを襲った襲撃者と繋がっているとはにわかに信じ難いが、どうしても意識せざるを得ない。


「…………」


 背後と前方、それぞれから送られる視線に肩をすくめ、辺りに視線を這わせる。


 周囲のヒトはまばら。この中で僕に接触しようとする者は、否が応にも目立ってしまう。だが白昼堂々、食堂の表で襲撃するような奴等だ、目撃されることなど懸念の内に入らないのかもしれない。それはそれで好都合ではあるが――。


「よう、また会ったな」


 目の前に立ち塞がる、一枚の壁。それは大男だった。花火会場でアロイスを迎えに来た男。


「また迷子か。全く、落ち着かねぇ奴だな。ええ?」


 腰を曲げ、ぐいと顔を近づけてくる男。先の尖った耳が人間族とは異なる種族を物語る。周囲を揺蕩たゆたう魔力が、警戒の色を濃くした。


「魔族……何でここに」


 僕と同じ、魔族だった。


「何でたァ面白ェことを訊く。魔界と人間界がへだたれているとは言え、行き来の手段なんていくらでもあるだろう。お前さんが、今ここに存在しているように」


「…………」


「そう警戒しなさんな。別に取って食うつもりはねぇよ。それに、お前さんがここにいること、驚きでも何でもねぇんだぜ? ま、自ら情報を絶ったお前さんが、こっちの情報を知らないのも仕方ないことだがな」


 魔界、人間界 神界――三界と呼ばれる区域が分かれたのは、神話の時代と言われている。元来一つの地域であったが、〈兵器〉の影響によって区切られてしまったのだとか。


 その隔たりを無理に破り、各界へ侵攻した事例もある。だがここしばらく――少なくとも、五十年前の人神戦争以降は開門していないはずだった。


 彼はいつ、魔界からやって来たのか。僕の背を、冷たい汗が伝う。時期によっては、今ここで彼を始末しなければならない。


 外套に隠した剣へ手を添える。彼は身軽。武器を隠し持った様子はない。体格こそ大きく立派で、武人の様相ではあるが、奇襲に勝るものはない。その首を、まっすぐ貫く――。


「邪魔をするな、ブルクハルト!」


 ツカツカと石畳を叩く音が聞こえる。物陰から飛び出たアロイスは、鬼気迫る様子で男と距離を詰める。


「先に宿に戻れと言っただろう。我々は極秘任務の真っ最中なんだ」


「白昼堂々出歩いておいて、極秘任務たァ驚きだ」


 眉をそば立たせるアロイスに、愉快げな男――ブルクハルト。陽に照る髪が、微かに茶色を帯びる。頭三つ分はあろうかという身長差をものともせず、アロイスは男に散るようまくし立てる。


 ふとネコ族の言葉がよみがえる。


 ――男と女の二人組でしたよ。男の方は随分と背が大きかったにゃあ……人造人間かってくらい。


「…………」


 頭を抱えたくなった。

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