65話 ホムンクルス

「ホムンクルス?」


「人工的に作った生き物、って言えばいいのかな。とはいえ心は確認できてないから、どちらかと言うと『動く物』に近いけどね」


「へえ」


 生物を人工的に作り出すだなんてできるのだろうか。


 半信半疑だったが、まるで自我があると反論するかのように差し出される手に、思わず頬が緩む。


 そっと指を差し出せば、手をいっぱいに使って握り返してくる。


 ピリリとした感覚が指先を伝う。小人からは確かに魔力を感じた。それも眩暈がするほどに濃厚な。


「これ、魔力で作ったの?」


「よく分かったね、今まで誰にもばれなかったのに……」


 そう尋ねると、ダフネは目を丸くする。


 魔力を一部分に留めておくのは困難だ。留めるためには、船にとっての碇が必要になる。『核』とも呼べるであろう。たとえば、〈竜の瞳〉のような。


 ふと面を持ち上げる。


 視線を感じたのだ、ホムンクルスともダフネとも違う、赤い視線。何が気に入らないのか、どことなく不機嫌なカーンを横目に、僕は質問を続ける。


「ダフネはホムンクルスの研究をしてるの?」


「あー……まあ、うん。けど、どちらかというと作る方が多いかな。ファント君曰く、ホムンクルスの需要は一定数あるみたいでね。よく頼まれるんだ――って、ああっ、これは言っちゃ駄目なやつだった。殺されちゃう……!」


「黙っておくよ」


 ニッと口角を引き上げて応じると、ダフネは心底安堵した様子で肩を降ろした。すると彼は立ち上がり、壁際に反り立つ食器棚に手を掛ける。


「ホムンクスルの製法はスキュラに昔から伝わっていてね。伝わってた、と言っても半分失われたようなものなんだけどさ。十六年かけて、ボクはそれを蘇らせたんだ」


 ダフネが手にしたのは小さな容器だった。


 白を基調とした壺状の陶器。それが部屋に差し込む陽に触れた途端、机の上のホムンクルスたちは嬉しそうに跳ねまわった。


 陶器から取り出されたのは薄茶色の塊だった。角砂糖のようだ。ダフネは器用に角砂糖を四等分に切り分けてホムンクルスたちに配っていく。


 失われた技を蘇らせることは困難を極める。たとえ資料が残っていても、それは変わりない。


 無の状態から、数多の経験を経て練り上げられた技術と同じ水準まで引き上げなければならないのだ。それは並み大抵の努力では成し得ないだろう。


「十六年、か……」


「長いだろう? でも、ホムンクルスを作っていたお蔭でファント君にも会えたし、悲観するほどじゃないよ。むしろ古代の術をたった十六年で復活させたと喜ぶべきなのかもね」


「そもそもどうしてホムンクルスを作ろうとしたの?」


「興味だよ」


 きゅっと角砂糖の入れ物を閉め、ダフネは目を細める。


「気になるだろう、神話に残された技術って」


 神話、ダフネの口から出るからには魚人族の神話であろう。そこに『技術』など書かれていただろうか。


 記憶を辿るが一度きり、しかも注意せず読み流した部分を思い出すなど困難を極めた。


 難しい顔を反感と捉えたのだろうか、ダフネはその顔にほんの少しばかりの焦りを乗せ、髪を撫でつける。


「そ、そんな顔しないでよ。気に障ったなら謝るから……ごめんね? で、でも、仕方ないでしょ。気になっちゃったんだ」


「別に怒ってる訳じゃないよ。……でも、こんなにたくさん作るなんて。材料費だって馬鹿にならないだろう」


「詳しいね、魔界では一般的なのかい?」


「まさか。一般的でたまるもんか」


 しゃくしゃくと、果物のように角砂糖を消費していく小人たちを見遣る。


 彼らは無から生まれた。正確には無ではなく魔力に由来を持つが、ダフネの言う通り『生き物』にはほど遠いだろう。それでもホムンクルスのような存在を生み出せるなど、神の所業に等しい。


 それをダフネは理解しているのだろうか。それを解した上で『需要』とやらを満たしているのだろうか。


「リオ様、そろそろ本題に入りませんと。いつまで経っても終わりませんよ」


「そうだった。ねえ、ダフネ。昨日の続き、話したいんだけど」


 そう切り出すと、ダフネの黒目が宙を泳ぐ。


 去り際に聞こえた「もう話すことなんてない」――それはどうやら真実のようである。


「答えられるか分からないけど、一応訊くね。何について知りたいんだい?」


 人間族の神話に見られる〈兵器〉と、魚人族の神話に見られる〈パンドラ〉。それぞれが同時期――神話の末、一般して終末戦争と呼ばれるそれの末尾に出現するという点は合致した。


 欲を言えば、〈兵器〉と〈パンドラ〉が同一のものか否かまではっきりとさせたいところである。


 だがそれは困難であろう。出現時期が同じという証拠だけでは早計が過ぎる。証拠不足だ。


 話がしたい、そう昨日は言ったものの、質問できる内容はあまりにも少ない。何せ情報が足りていないのだ。〈兵器〉とは何か、〈パンドラ〉とは何か――まずそこから入らなければならない。


「…………」


 いや、知る必要はないのだ。


 僕は思い直す。


 僕の目的はあくまで〈兵器〉の捜索。調査はその足掛かりでしかない。


 最後にはこの手に〈兵器〉を握っていればよいのだ。たとえそれが中身の知れぬ禁忌の箱であったとしても。


「じゃあ一つだけ」


 慎重に、必要な情報を探る。


 逡巡を繰り返していると、ダフネの目は不安に曇っていった。


「馬人族についてだ」


 馬人族。身体の半分が人間、もう半分が馬という、いわゆる半人半獣の生き物。


 全盛期と比べるとその数はかなり少なくなったが、ある伝手つてによれば、“人避けの森”と呼ばれる地域に生き残りが住み付いているのだとか。


「彼らが住んでいる――かもしれない場所はもう掴んでいるんだけど、いかんせんそこへの行き方が分からなくてね」


「“人避けの森”だね」


 僕の言葉がカマを掛けるためのものだったら、どうするつもりだったのだろうか。


 ダフネのあまりにも軽い口に不安になるが、ひとまずじっと見返すに留めた。するとダフネはまるで臆しでもしたかのように視線を外し、背を丸めた。


「でも、行き方、分かったとしても無駄だと思うよ」


 ヒュと喉が鳴る。


「……まさか、馬人族は」


 息をするよりも早く〈兵器〉が遠ざかった。

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