5:75「キミと伴にあれること」

 あの夜からまたしばらく経過した。

 告白プロポーズのあと、涙で顔をぐしゃぐしゃにした私が会場に戻った時は、それはもう大変なことになったもんだ。

 グレィが子供たちから一斉に責められたり、ラメールとミァさんに暗殺されそうになったり。親父と母さんは告白のことを察していたのか、やたらニコニコとしながら二人を抑制していた。


 それからちょっと落ち着いたところで、私はグレィの呪いを解かないとと思ったんだけれど……それはグレィ本人に止められてしまった。


「これは我とお嬢との、一番最初の絆の証だ。もう呪いなんかじゃない。お嬢が最初にくれた、何よりも大事な祝福なんだ。取り払うなんてできないよ」と。


 そんなこと言われちゃったら解けようはずもなく(というかその言葉がまたうれしすぎて失神しちゃった)、グレィの体には引き続き【王の声】が刻まれている。


 そんなこんなで、今日はの月55日。

 向こうの世界で言う12月25日……クリスマスの日だ。

 歴史は似たり寄ったりになるものなのか、この世界でも聖夜祭なるものが各地で行われるそうだ。

 ……でも、私たちは違う。

 今日は私たちにとって、もっと大事な日だった。


「夫、グレィさん。汝、健やかなる時も、病める時も、常にこの者を愛し、慈しみ、守り、助け、この世より召されるまで、固く節操を保つ事を誓いますか」

「ああ、誓おう。例え世のすべてが敵に回ろうとも、我は必ずお嬢と共にあろう」


 神父さんの代役であるシスターマレンが、親父が作った台本通りにそのセリフを口にして、グレィが神に宣言するように言葉を返す。


 ――そう、とびっきり特別な日。私とグレィの結婚式。

 あの告白の夜から待ちに待った、ウェディングドレスに身を包む日。

 この世界にも独自の結婚式典はあるそうなのだが、それがまた種族間で多種多様にあり、いろいろと悩んだ結果、なら私たち家族の出身でもある向こうの世界の方式でやってみようという話でまとまったのだ。

 とはいえ、私たちの関係が関係だし大々的には行えない。どちらかというと結婚式というよりも婚約式のほうが近いかもしれない。


 式が執り行われているフレド孤児院の大講堂には、子供たちのほかにグレィの救出作戦に参加してくれたメンバー。それに加え、お忍びでオルディ国王とレーラ姫までやってきている。

 そういえば、彼女とファルの結婚はまだもうちょっと先になるらしく、結果として私たちのほうが先に結ばれることになった。


 そのことで内心ちょっとドヤ顔になったりしながら、シスターが私へ言葉をかけてくるのを待つ。


「妻、エルナさん。汝、健やかなる時も、病める時も、常にこの者に従い、共に歩み、助け、固く節操を保つ事を誓いますか」

「はい。誓います」


 妻という言葉を聞いてかなりウルっと来てしまったのを耐えつつ、それを紛らわすかのように、ハッキリと声を張った。

 シスターはそんな私に向けてニコリと微笑んでから、事を次へ進めていく。

 ……うん、彼女にはバレてるだろうなあ。


「では、指輪の交換を」


 ブーケを駆けつけてきた母さんに手渡して、互いに向かい合う形に直る。

 グレィから私へ。

 私からグレィへと、彼が用意してくれた指輪の交換が執り行われた。

 本当はもうちょっと細かいやり取りがあったりもするそうなのだけれど、そこは親父の25年越しの記憶を頼りにした台本だということで多めに見ることにした。

 私たちの愛がそれで変わるわけじゃないし。

 それに、一番大事なのは――。


「ではベールを上げてください。誓いのキスを」


 否応なしに、心臓がバクバクと震え始める。

 身内ばかりとは言え、皆が見ているところで愛を誓いあう。

 いや、身内だからこそかもしれない。めちゃくちゃ緊張するし、どんどん熱が頭に上っていく。

 グレィの手でそっとウェディングベールをあげられると、余計に体に力が入ってしまった。


「大丈夫、肩の力を抜いて」

「っ……でも」

「じゃあ、目を瞑っているといい」

「ん……そうする」


 言われたとおりに、顔を少し上に向かせながら、私は目を瞑った。

 同じくして私の両肩がグレィの逞しい手で支えられ、二人の距離が近くなる。

 そうすると、なんだか少しだけ気が楽になったような気がした。

 相変わらずみんなの視線や気配は感じるけれど、グレィの手が一番近くにあることで、絶対的な自信のようなものがわいてきた。


「エルナ――いつまでも、愛してる」

「うん……私も」


 最後は勇気を振り絞って、彼の目を見ながら――確かな愛を確認して、二人の唇が交わった。






 * * * * * * * * * *






 比較的ひっそりと行われたはずの結婚式は、大盛況のうちに幕を閉じた。

 というのも、今日はまた一つ一大イベントが待っているからだ。

 聖夜祭ではなく、これまた身内の。


「さあ、新しい我が家の完成だ! みんなもついででいいから祝ってやってくれ!」

「おおー」

「おめでとうございます!」

「エルナさんのいや、英雄殿の家にお邪魔できる日がこようとは。本当に感無量だ!」

「クラウディア卿……変なことするなよ?」

「しないとも! 安心してくれたまえよ!」

「心配だなぁ……」


 屋敷の再建が、荷物の運び込みやら含めて何とか昨日終わったらしい。

 それにしても早すぎる気がするが、親父が財にものを言わせて今日に間に合わせたのだ。金持ち怖い。


「二人の結婚記念、ついでにウチの再建記念パーティだ! 聖夜祭参加しねえ奴らはたらふく食ってけ!」


 無論の事、その食べる物を用意するのは母さんとミァさんである。

 二人とも一足早くこちらに戻ってきて、すでに準備に取り掛かっている。

 ミァさんなんて「世界一の宴にします!」と鼻息を荒くさせていた。

 本当はグレィも準備する側の立場なんだけれど、今日は主役ということでずっと私と一緒にいる。

 というか、もし来いと言われても私が行かせない。もしくはついていく。そのためにずっと手を握っているのだ。


「私たちの部屋も新しく造ってもらったんだって。見に行ってみる?」

「そうだな……いや、それは後の楽しみに取っておこう。先に行って邪魔が入られるのは嫌だ」

「それもそっか」

「ああ。今晩が本当に楽しみだよ」

「えへへ~」


 両手で以ってグレィの腕を抱き込み、体をぎゅっと密着させる。

 ちょっと歩きにくかったけれど、そんなものは些細な問題。ゆっくりと、二人の時を楽しみながら、私たちは新しい家へと足を踏み入れた。


 それからはもう、本当に夜まで大盛り上がりだった。

 出てくる料理はどれも見たことがないような物ばかりで、しかしどれもこれもが最高級の味わいだった。

 テーブルの中央には七面鳥のような巨大な鳥の丸焼きが置かれていたのだが、これも瞬く間のうちに骨へと還っていた。


 結婚式を午前中にやり、お昼ごろから準備を始め、宴が始まったのが午後の二時前。正直ミァさんと母さんは過労死するんじゃないかというくらい動き回っていた。

 途中からはシーナさんやエィネも手伝ったりしてどうにかこうにか回していた。

 本当に、本当に大盛況な一日だった。

 でも……私とグレィの本番は、まだこれからだ。


 今日は孤児院に住む皆以外は家で一晩過ごすことになり、私とグレィは先にお風呂をもらって、楽しみにしていた共同部屋のドアノブに二人で手をかける。


「なんか、初めての共同作業って感じでドキドキする……」

「お嬢、今日ずっと緊張しっぱなしじゃないか?」

「そんなことないよ! グレィと一緒にいるときは安心できる」

「そうか……その言葉は、すごく嬉しいな」

「私も嬉しい。 でもほらほら、早くあけよ!」

「ああ」


 〝Gray & Erna〟


 金プレートにそう書かれた扉を、二人で一緒に開けていく。

 初めての共同作業。

 私たち夫婦の未来が、ここから本当に始まる。


 本当に……本当に、短いようで長い旅路だった。

 この世界に転生して、嫌なことも多くあった。

 むしろ嫌なことの方が多かったかもしれない。

 それでも必死に生きて、乗り越えて、今私は立っている。

 嫌なことがあったから、今こうして大好きな人の隣にいる。


 期間にしてみればほんの半年ちょっと。

 長い人生において見てみれば、本当に一瞬に過ぎない時間。

 でも私は、この一瞬の時を一生忘れない。

 大好きな人と出会えたこの時を。

 伴に生き、伴に歩めるこの瞬間を。

 嫌なことも何もかも全部ひっくるめて、これから始まる二人の時を祝福しよう。

 今の私に繋げてくれた、過去の俺に恥じないように。

 胸を張って、声を大にしてこう叫ぼう。



 「私は今、最高に幸せです」と――――。




 ==========


Chapter5これにて完結!

ここまで本当にありがとうございました!

次回の更新はなろうでのみChapter5キャラクター名鑑。

そしてその次。

二人の旅路は、ほんのちょっとだけエピローグに続きます。

そちらのほうもお楽しみに!


……さてさて、そんなエピローグの前に。

このお話の直後……いわゆる『初夜』。

聖夜の初夜。おわかりいただけただろうか。

そんな感じの漫画をPxivにご用意しておりますので、よろしければ下のURLからご覧ください。


『TS.異世界に一つ「持っていかないモノ」は何ですか? Chapter5.7「インダルヂャントエピローグ」』

https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=71676680

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