5:72「いつか昇るその日まで」

 の月十三日。

 王都レイグラス 王宮内 王座の間。


「よいかグレィ君。今後またこのようなことが起こった時は、軍を起こしてでもそなたを討たねばならん。今回はどうにか誤魔化しきれたものの、ゆめゆめ気を抜かぬように」

「はい……ご迷惑をおかけしました」


 グレィがオルディに頭を下げ謝罪の言葉を述べる。

 今日はオレ、キョウスケと二人で経過報告に来ていた。

 救出作戦から既に一週間。本来ならもう二週間前に来ておかなくちゃいけなかったんだが、作戦の後もバタバタしてたせいですっかり忘れていた。ホラ、オレは切れちまった左手のこととかもあるし。

 連絡自体は四日前くらいに来てたんだが、その時は遅れるとだけ返事を返していた。

 そんでもって今日。

 そりゃもうこれでもかと言うほど事細かに事情を聞かれ、今に至る。

 しかしまー……実際のところグレィ自身は何も悪くないってのがちょっと可愛そうではある。暴走の原因は本人から聞いたが、恵月を守ろうとしてくれただけだしな。


「ま、まあ! 今後は大丈夫さ。今回だって不慮の事故みてえなもんだしよ」

「はぁ……キョウスケよ、尻拭いをするのはワシだけではないのだぞ? 不慮の事故があったからこそ、今後は気をつけるように勤めてくれ。ファル君との縁談も、これから本格的に動かねばならんのだからな」

「お、おぉ……そう、だよな……すまねえ」


 そこに話を持っていかれるとぐうの音も出ねえ。

 ファルとレーラちゃんは昔から許嫁として付き合ってこそいたものの、いざ結婚しようとなると色々と面倒なことが付いてくる。貴族絡みのあれやこれやとかな。

 そこでオレに何か失態でもあれば、絶対に付け込んでくるヤツはいるだろう。ファルはウチの人間だが養子だ。ある意味出自のしれない輩を王家に入れようってんだからな。


 まあ、その件にしろ今回にしろ、なんだかんだで受け入れてくれるのがオルディの良いところっつうか、お人よし丸出しなところだ。感謝してもし足りねえや。

 心の中では何度も頭を下げつつも、オレたちは最後に別れの挨拶を入れて、王宮を後にした。


 それから少しして、馬車の停留所へ向かう道中。


「浮かばねえ顔してるな、グレィ」

「……当然だろう。平然としていられる貴様の方がおかしい」

「んー……まあ、そうなるよな。言いてえことはわかる……オレだって本当のところは考えねえようにしてるだけだしよ。それに、オレらができることは信じてやることだけ。だろ?」

「そういうもの……なのか」

「おう」


 グレィが帰ってきてから一週間。

 オレにもグレィにも色々と思うところがあるが故、言葉のノリはあまり明るくはない。

 そんなこんなで歩くスピードも若干遅い中、オレはたまたま通りかかったとある店が目に入った。


「ん、なあグレィ」

「……なんだ」

「〝指輪〟、まだ用意してねえだろ?」


 そう、目に入ったのは所謂ジュエリーショップ。

 ガラス張りの中にキラキラと輝くアクセサリーたちの展示を指さして、オレはグレィに言った。

 しかし肝心のグレィは何を言っているのかと、不満と疑問を合わせたような複雑な表情で首をかしげる。


「どういう意味だ。急にそのようなことを」

「結婚指輪だよ! ほれ、オレもしてるだろ?」


 ちょっと自慢気に頬を緩めて、左手の薬指をグレィに見せつけた。

 この二十五年間ちゃんと肌身離さずずっと持っていた、中心にダイヤモンドがはめ込まれた指輪だ。


「結婚、指輪……我々で言う竜姻のようなものか?」

「ん。あーそっか、竜族はまた違う儀式があるんだったな。まあそんな感じだ。夫婦の誓い! 互いの愛を深める絆の証!」

「愛の証、か……わかった」

「おう、そう来なくっちゃな。早速行こうぜ」


 そうと決まればと、グレィの手を引いて店の中へ入っていく。

 この時は割と勢いだったんだが……いい年こいたおっさんが美青年の腕掴んではいる店じゃねえなと、店内で受けた視線に思い知らされたのだった。



 * * * * * * * * * *



 結婚指輪なるものを買い、我とキョウスケは足早にフレド孤児院へと帰って来た。

 我もキョウスケも指輪なんてものは普段縁が無い故、良し悪しなどは分からなかった。しかし入店時の客や店員の反応のせいで聞くにも聞けず、結局シンプルな銀色シルバーの指輪を二つ見繕ってきた。

 それでも一つ二百万Gグラス。二つで四百万もしたのだから、この手の物の価値は本当にわからない。


 専用の小箱に入った指輪を上着のポケットにしまい、我は部屋の扉をノックする。


「……ただいま、お嬢」


 返事はなかった。

 奥のベッドまで足を進め、丸椅子を隣に寄せてから腰掛ける。

 そこに眠る少女の髪をかき上げながら、我はこみあげてくる感情を抑えるように口を開いた。


「今日は、久方ぶりの経過報告の日だったよ」


 淡々と、今日あった出来事を、特に意味もなく少女の――お嬢の前で口に出す。


 一週間前。

 我に生命力を分け与えたお嬢は、それから一度も目を覚ましていない。

 あの小さいエルフや賢者の力を借りて回復を試みてみたが、どれも効果が出ることは無かった。

 賢者曰く、肉体に異常はないものの、魂が疲弊しすぎていて意識の回復だけ極端に時間がかかるらしい。

 しかしいつかは目を覚ますからと、その言葉を信じて毎日を過ごしている。


「思い出すな、あの時のこと」


 竜仙水を手に入れるために行った仙血の儀……その後で我が生き返り、目を覚ました時の事。

 目の前にいるのに、どこか手の届かない場所へ行ってしまうのではないかという、どうしようもない不安の嵐に襲われているこの感覚を、あの時のお嬢も味わっていたのだろうか。


「我は……」


 指輪の入ったポケットに添えた手を、そのままぎゅっと握りしめる。

 手の震えが止まらない。

 こうしていると、どうしても体の奥底から涙が滲みだしてくる。


「ぅぐっ……なあ、目をあけてくれよ……」


 いつかは目を覚ます。

 そんな希望だけを提示されて、いつまでその日を待てばいいのか。

 いつまで待ち続けることになるのか。


「なあ! いつかっていつだ!! 明日か!? 一か月後か!? 一年後か!? 何十年、何百年後か!?  それとも何千年後か!? なあ、いつなんだよ!!!」


 この先にオアシスがあるからとだけ言われ、砂漠のど真ん中に放り出される。

 それはただ単に先の見えない砂漠を歩くよりも酷なことだ。

 絶望の中に希望をちらつかせられれば、人はそれを求めずにはいられない。

 先にあるといわれたオアシスを求めて、いつまでも、どこまでも歩き続けなければならない。

 〝その時〟が来るまで諦めることができないというのは、もはや地獄と言っても過言ではないだろう。


「お嬢……我は、これからどうしたらいいんだ……ぐずっ」


 いっそこのまま楽になれたら。

 一週間足らずの間に何度そう思ったことかわからない。

 こんなことになるなら、愛など知らない方が良かったとも。

 ……それでも、思わずにはいられない。。

 こんなにも苦しくて辛いのに、捨てられないほどに愛おしい


「エルナ……愛してる」


 いつかの日が来るように。

 切実な願いと愛を籠めて、眠り姫に口づけをした。

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