5:48「決戦前夜 2」
「ふむ。なるほど、了解した」
誰がどの渦へ向かうのか。
これを決めるため、俺たちは一人ずつ己の得意とする分野を公表していった。
とは言っても、渦の先がどうなっているのかは調べようがなく、詳細は不明のため、渦がある場所や個人の相性でもってペアを組むこととなったのだ。
「まずはミァ君が捕らわれてしまった渦だ。彼が今どのような状況にあるのか分からないが、捕らわれる直前に幻獣に存在を悟られたのかもしれないと言っていた。となれば、既に戦闘に入っている可能性もある。無事でいることを祈るしかできないが、生還したのならば、早急な治療を要するだろう。これはキョウスケ殿とロディ殿。ご夫妻に任せてもいいかな」
「おう」
「任せて」
かつて旅を共にした仲間である親父なら、ある程度ミァさんがとりそうな行動を推測できると見たのだろう。
回復役に母さんを選んだのは、ひとえに夫婦としてのコンビネーションといったところだろうか。多分回復魔法の腕自体はエィネの方が数段上だし。
「では次、町から一番近い所だね。森の中の印だけれど、渦は巧妙に木の葉の中に隠されている。初見では見つけることが難しい位置だから、近くまでは見張りの部下に案内させよう。ボクも一度視察はしたが、かなり高い木だったがゆえ、常人では登るのだけでも一苦労だ。ここは猫の獣人族であるアーちゃんと、身軽なのーのちゃんにお願いしよう」
「了解ですっ!」
「おー」
アリィは猫の獣人というだけあって、身体が柔軟で俊敏性や瞬発力も高い。これらは先ほどの新装備試着でも、彼女お得意の早着替えで垣間見えていた。
また彼女は
ののは正直なところ俺じゃ計り知れないというか、相変わらず謎が多い。齢八歳にしてオノを振り回し、素手でもテ族の竜族を相手に互角の力を見せていた。
ラメールも彼女が戦力の内に入っていることはかなり驚いていたが、親父が耳打ちをすると何故か納得し、このような結果となった。
町から一番近い場所を選んだのは、身軽さもあるのだろうが、もしもの時に一番敵から遠く、避難させやすいと言ったところか。かなりできるとはいえ、ののは子供だ。できるだけ危険地帯から遠ざけようという配慮なのだろう。
「よし、では三番目。町から一番遠い場所だ。これは山の上に印があるが、実は洞窟の中でね。森を抜けた先でもあるから、できれば土地勘がある方がいい。ボクが私兵を連れて行こうと思う」
ある程度の近場まではシーナさんが【
転移は行ったことが無ければ使えないし、飛んで行くのも大人数では目立ちすぎる。
そのためシーナさんには、一足先に森の入り口まで転移できるように行ってもらっており、そこから各々散開する手筈だ。
どのみち森を抜けるまでは【飛行】でショートカットすることにはなるだろうが、土地勘があるに越したことはない。
遠いということは一番到着が遅くなり、その分突入のタイミングを指揮することも容易くなる。
どうだろうかと目配せをするラメールに、みんなが頷き返答をした。
「ありがとう。じゃあ最後、この岩山の上。恐らく結界から一番近い場所だ。ここは【飛行】の魔法が使えるエィネ殿と前衛にファル殿……そして、エルナさん。三人にお願いするよ」
「うん」
「わかりました」
「任されたわい」
ほぼ等間隔に渦の場所が記されているが、そこに高さは含まれていない。
最も高い位置にあり、実際に結界のほぼ手前にある渦。一番近いというだけあって、守りも堅いのではないかと予想された。
ファルが選ばれたのは、主に俺を守る盾としてなのだろう。彼も彼で婿入り前の身であるがゆえ、中々気が引けるところなのだが、エィネがいる分、死ぬようなことにはならないと思うほかない。
そしてこれは推測でしかないが、渦の中で幻獣を倒した後、恐らくは元居た場所に戻ってくると思われる。
その段階で一番グレィに近い位置に出られるであろう場所を、ラメールは選んだということだろう。
「うむ。話が早くて本当に助かるよ。普段の会議だったら、絶対にこんなにすんなりとはいかないだろう。皆、ありがとう」
「なーに。可愛い娘の、何より大事な花婿のためだぜ。礼には及ばんよ」
「親父っ!?」
いきなり何を言い出すのかな!?
「義父さん、僕も婿入り前だということを忘れないでくださいね? そうもエルナさんを贔屓されると、いくら僕でも妬いてしまいますよ」
「ん! こいつは一本取られた。ま、それだけお前の方は安心して任せておけるってことさ」
「それは、素直に受け取っておきましょう」
「助かる」
参った参ったと、後頭部に手を添える親父とファルのやり取りを見て、少し場の空気が和んだような気がした。
緊張感を持つことは大事なことだが、だからこそ、ある程度心の余裕も保っておかなければならない。
決行は明朝。
それまで体を休めるためにも、心のケアというところは大きな意味を持つ。
こういった面に気を配れるところは、流石は彼の英雄様だな。
――と、親父に感心していたところに、ラメールが再び口を開いた。
「ああそうだ! もう一つ大事なことを伝えないとだね。事前情報で伝えられていた竜化の魔法についてだ」
「……あったなぁ、そんなのも」
「「おい」」
親父?
さっきの感心を返せ?
「あっと、心配はいらないよ。既に手は打ってある。もしもの時のために、ミァ君にも渡してあったはずだ。一種の抵抗薬だね、一人一錠ずつになるけれど、明日皆にも飲んでもらうよ」
ラメール曰く、変化形の魔法に対する特効薬だそうだ。
これを聞いたファルの顔には、でかでかと「よかった」と書いてあるように見えてしまった。
この場では唯一の経験者であるだけに、一つ大きなしこりが取れたような思いなのだろう。
ここまでで時刻は夜九時を回っており、あとは各々明朝まで体を癒すようにと、用意されていた客室まで、先程組んだペアないし三人に分かれて案内してもらった。
まあ、俺たちの所だけ三人で、ファルがなんだか落ち着きなさそうではあったが、その辺は割愛だ。
明日の決戦に向けての確認を済ませた後は、疲れ果てていたのか、俺は気絶する様に眠りに就いた。
グレィが飛んで行ってしまってから、もうすぐ二週間。
いよいよ明日が、本当に……本当に、俺としての最後の戦いだ。
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