5:36「見当違いの追体験」

 ガクンと、自身の膝が崩れ落ちた。

 俺を模した光人形の腕は、間違いなく俺の胸元を貫いている。

 だがそこに痛みは無く、貫かれた部分のみの体密度がやたらと高くなったような気がして、何とも言い難い不快感が襲ってきた。


「エルちゃん大丈――きゃっ!?」


 俺を助けようとした母さんが、もう片方の光人形から目を離した一瞬。

 その隙で先ほどと同じく母さんの目の前まで来た光人形は、まるで行動まで母さんを模しているかのように、本物の母さんへ向かって飛び込み抱き着かんとした。

 光人形に抱き着かれ、そのままうつ伏せに倒れ込む母さんは、俺と比べてかなり苦しそうな表情を浮かべている。


「な、に、これ……」

「母さん? あれ、力が……」


 光人形はどちらも、初手以降は石と化したかのように動かない。

 しかしどういう訳か振りほどくことはできず、光人形と身体の接触部分から、徐々に体全体の力が抜けていくような感覚に見舞われた。

 接触面の多い母さんは、俺よりも早く、それこそ倒れた瞬間から同じ現象を体験しているのだろう。


「える……ちゃ……」


 力のない声で、母さんがプルプルと震える手を伸ばしてくる。

 俺もそれに応えようとして手を動かすが、中々思うように動いてくれない。

 それでも歯を食いしばり、必死に互いの手を取ろうと腕を伸ばしていく。


 ――が、中指が触れ合うと同時に、意識を含めた体感覚のすべてが途切れた。



 * * * * * * * * * *



「――っ!」


 酷く冷たい空気に当てられて、手放したはずの意識が覚醒する。

 ハッとして胸元へ手を添えてみても、傷があるような感触は受けない。

 柔らかな肌と脂肪の塊との境界が、なんとも心地の良い感触を生み出し――じゃなくて!


 辺りを見渡してみると、そこは先ほどまでとはまた違う暗黒空間のようだった。

 どうやら試練というモノは、あの宇宙のような空間から更に別の空間を作り出して執り行うらしい。

 正確にはあの宇宙空間自体が、精神世界であることを利用した、何でもありの試験場と言ったところだろうか。

 先ほどの光人形は、個別の試験場に送り込む仕掛け?

 それにしてはいささか強引だったような気がするが……今は目の前のことを何とかするのが優先か。


「ちょっと湿っぽい? それにこの地面の感じは、洞くつか何かかな……ちょっと照らしてみよう――【灯火】」


 右手の人差し指を立て、その上に小さな光の玉が姿を現す。

 すると半径およそ十メートルほど先までが明るく照らされた。


「やっぱり洞くつか……でもこの雰囲気、覚えがあるような」


 なんでだろう?

 洞くつなんて入ったことあったっけかな。

 身に覚えのない、しかし確かな既視感の感じる道を歩んでいく。

 すると一分も経たないうちに、ある物が目に飛び込んできた。


「鉄……格子」


 規則正しく配置された鉄棒、ヒトを閉じ込めておく為の小さな空間。

 牢屋と呼んで間違いのないそれを見て、俺の脳裏にある光景がよぎる。

 ガレイルとその仲間に捕らえられ、記憶が飛ぶほどの恐怖と無力感を植え付けられた、あの時の光景。

 思い出してみれば一致する。

 ここはそう、あの時の場所――アンスレイ遺跡の地下牢だ。


 でも一体なぜ?

 シーナさんは己の〝負〟とやらに打ち勝てと言っていた。

 確かにこの世界に来て一番の悪い思い出――負の感情が集約されていることと言えば、この出来事に違いない。

 しかしこれはとっくの昔に乗り越えたはず。

 今更ここで何をさせようって言うんだ?


「……とりあえず、あの場所へ行ってみよう」


 試練の内容からして、当時の事柄が関係しているであろうことは間違いない。

 となれば、此処で最も恐怖体験をした場所へ赴くのが正解だろう。

 母さんが倒れ、ガレイルとその手下が潜んでいたあの部屋へ。


 幸いここは神樹さまの中であるが故、精霊には事欠かない。

 俺は依然コロセウムの異空間でやった時のような、広範囲の魔力感知でもって、この地下牢の構造を把握しようと試みた。


「……あった。たぶんそこだ」


 地下牢は迷路のような造りになっているものの、以前はゆっくり回っても一時間で一周できただけあってそこまで広いものではない。

 構造を逐一把握しながら、まっすぐ例の部屋へと足を進めて行った。

 そして――


「楽しかったかよ!! あいつの事たぶらかして!! そりゃ楽しいだろうな!!! 何せ天下の英雄様を好き放題できるんだからよォ!!!!」


「この声、ガレイル!」


 しかもあの時のセリフそっくりそのまんま!

 でもこれではっきりした。

 ここはあの時の俺の記憶をそのまま再生しているのだろう。

 それなら、この場で負の感情を向けている対象を打ち倒せばいいってことになる。

 そうと決まれば善は急げだ。

 開けっ放しにされた部屋へ押し入るように足を踏み入れ、杖を精製した。


「――火弾×2!」

「がはっ!?」

「誰だ!」


 パールとモンドゥに一発ずつ。

 あいさつ代わりの【猛火弾フレア・バレット】をくれてやり、ガレイルがこちらを振り向いた。

 そして奥には、恐怖し縮こまる、まだ髪が短かった(それでも長いが)頃の俺。まるで第三者視点で追体験しているような光景を前に、少し変な気分にさせられる。


「風刃ッ!!」


 ガレイルの誰だと言う言葉には耳を貸さず、風の刃が振り向いたガレイルの胸部へ命中する。

 しかし曲がりなりにも親父のパーティで壁役を担っていた男。

 不意打ちに近い形であったがゆえよろめきはしたが、ダメージらしいダメージは与えられていない。


「ってェなぁ! お得意の幻術か? ア゛?」

「幻術? ……あぁ、そんなことも言ってたっけ」

「パール、モンドゥ! 何へばってんだァ! こんなメスガキ一人、さっさとやっちまえァ!!」


 こいつ、本当に勘違いで俺を攫ったのか?

 賊っぽさが尋常じゃないんですが、似合いすぎなんですが。


 ガレイルの一声で起き上がった二人が、俺を捕らえようとして襲い掛かってくる。

 まっすぐ、捕まえるための馬鹿正直な突進。

 もっともこの部屋自体もそこまで広いものではないが故、二人で襲おうとしたらそうなってしまうのだが。

 それでもって部屋が狭いということは、俺の逃げる隙間も狭いという事。

 だが狭いのならば広げてしまえばいい。

 俺は左側――ガレイルから遠い壁側から来るパールの顔面に容赦のない【猛火弾フレア・バレット】を三発ぶち込んでやり、激しい爆煙と爆発音が鳴り響く。

 パールの体は勢いに乗っていた反動と、くらった魔法の衝撃で大きく後ろへ仰け反り、俺はそれを踏み台にしてモンドゥの魔の手から逃れた。


「パァル!? ――っ!」

「動かないで」


 パールを飛び越え、完全にモンドゥの後ろを取った俺は、着地と同時に彼の首筋へ素早く杖を構える。

 真っ赤な返り血に染まった杖の先端部は、既にパールの息の根がないことをありありと証明して見せている。これにモンドゥは怯み、びくびくと両手を上げ始めた。

 チェックメイトというやつだ。

 あとは俺が一言術式を口ずさめば、モンドゥの首から上はなくなる。

 少々やり過ぎな気もしなくもないが、もとよりここにいる奴等は本物じゃない。

 試練の為に設けられた空間と、犠牲になるNPCに過ぎないのだ。


「……風刃」


 やらなければやられる。

 命乞いの間もなく、俺はモンドゥの首へ【剛風刃】を放ち、勢いよく吹き出した返り血がべちゃべちゃと顔を濡らす。

 偽者と分かっているからか、不思議と罪悪感のような物はない。むしろ疑似的にでもあの時の復讐ができるのかと思うと、少しばかり心が躍るような感覚さえも覚えた。

 討伐隊の時にガレイルが頭を下げてからはそれっきりで、やはり多少なりとも不満があったから、そのような感情になっているのかもしれない。


 【猛火弾フレア・バレット】の煙が晴れ、転がる二つの死体に焦りと驚愕が隠せないでいるガレイル。

 彼はがっしりと掴んでいた恐怖に震えている俺(偽者)の肩を放り捨て、ものすごい形相で睨みつけてくる。


 たかが貧弱なエルフの女だと、油断するからこんなことになるのだ。

 本当に親父と一緒に旅をした――世界を救ったパーティメンバーなのかと、疑いたくなってしまう。

 頑丈な以外はただの脳筋むのうなんじゃないのかとさえも思えてきた。


 ガレイルは懐から小刀を取り出すと、柄がつぶれてしまいそうなほど強く握りしめ、俺の前に突き出してきた。


「よくも……よくもオレの仲間を……」

「正当防衛だし、アンタの采配ミスじゃないの」

「ッるせぇ!」


 怒りのままに襲ってきた小刀の突きが、俺の頬をかすめていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る