5:22「魂の行方」
元の体を取り戻してから今日で三日目になる。
昨日は体を慣らすために、庭でストレッチや軽い運動なんかをして体を動かしたり、家事を少しばかり手伝ったりして過ごした。
もっとも、体を慣らすという理由の反面、初日に色々思い悩んだことの気晴らしという面もかなり大きかったが……。
あとはまあ、エルナの時との違いを確かめたり。
具体的には、魔法が使えるかどうかだ。
結論から言えば、使えなかった。
魔力を練り上げること自体は出来たのだが、そこから『具体的なイメージを持って放出する』ということができなかった。
ルーイエの里で身に着けた魔法の術式を用いても、この体では精霊を感じ取ることができないために発動せず。というか消費魔力がバカにならないエルフの魔法は、今の俺の魔力量では全然足りないらしい。
術式を発動させようとした瞬間、急に全身をよろしくない悪寒が襲ってきたのだ。たぶんそんな感じだと思う。
親父も剣に纏わせる程度にしか使えないと言っていたので、試してはいないが今の俺もそうなのだろう。
そんなこんなで一日を過ごし、今日はファメールの町に出てきている。
知人にはこのことちゃんと伝えておかないといけないし……特に事情を知っている人にはなるべく早めに。
ということで――。
「おや? お客さんイケメンですね! お付き合いしましょう!」
「ぶっ!?」
すしや。ファメール北店――アリィが経営するファッションチェーン店にやって来たのだが……。
第一声がそれか。
「あ、あの」
「冗談です! わかってますよ〝つー君〟!」
「ぶほっ!?」
第一声に続き、第二声でも盛大に吹いてしまった。
イケメンと言われることには少々優越感を覚えてしまったが、分かったうえでからかわれたのであれば別である。
てか今つー君って……。
「さては母さんだな」
「はい、昨日いらした時に」
「口軽すぎるだろ! 他の人にも色々漏らしてないかすっごい不安になるんだけど」
「んー……。つー君の言う事も分かりますけど、大丈夫じゃないですかねぇ。私はお二人とも面識があるうえで仲良くさせてもらってるので色々お話しますけど、そうじゃない人とはそもそもお話が通じないでしょうし」
「それはそうだけどぉ……あとつー君はやめて欲しい」
「じゃあお名前教えてください」
「え?」
「それともエルナちゃんがいいですか!?」
「それは勘弁して!?」
そうか……母さんは俺のことつー君かエルちゃんとしか呼ばなかったから。
「恵月です。臣稿 恵月……いや、この場合だとエヅキ・オミワラ?」
「わかりました! つー君!」
「ヒトの話聞いてました!?」
「えー、可愛いのにぃ」
「ダメですってば……ていうか親父は俺のことずっと恵月って呼んでましたし、本当に知らなかったんですか?」
「あれ、そうでしたっけ? 聞き覚えがあるような気はしましたが、そのせいでしたか」
「…………」
わざとらしいように見えなくもないが、この感じは本当に知らなかった……もとい忘れていたのだろう。
なんというか、呆れるのを通り越してため息さえも出てこない。
この人にこんな扱いをされるのもなんだか久々のような気がするが……っといけない。ここに来た理由はただ挨拶にという訳ではないのだ。
俺はズボン(高校の制服をまだ取っておいてあった)のポケットから、四つ折りにしてある一枚の紙を取り出してアリィに渡した。
この店に来た理由。
制服は勿体無いという個人的理由で辛うじて取っておいてあったものの、俺が転生前に着ていた服は多くを処分してしまった。
今日はその分の埋め合わせと、もうひとつ。
アリィにオーダーメイドを頼みに来たのだ。
「恵月君、これは?」
「俺、魔法使えなくなっちゃって。もうあの装備は使えないし、護身用の装備を新しく頼もうかと」
「ふむふむ、そういうことでしたか……」
俺の話を聞きながら、アリィはA4サイズの要望書をすらすらと読み進めていく。
まだ体に関しては選択の余地があるものの、こういったことは早い方がいい。備えあれば患いなしってな。
もっとも前回仕立ててもらったときは俺の要望(主にデザイン的な意味で)など皆無に等しいほどに無視されていたので、あまりその辺を期待してはいないのだが。
一通り目を通したアリィは要望書から目を離すと、俺の足元から頭へ上っていくように目線を動かしていく。
その時のアリィは、眉間にしわを寄せ、口をとがらせ、珍しくどこか悩ましいような表情を見せていた。
「ふむ……」
「な、何か問題でも?」
「恵月君」
「?」
な、なんだ?
先ほどまでとは明らかに態度が違う。
アリィは真剣な目で俺を見上げると、右手の人差し指を突き立て、胸のあたりへぐいっと押さえつけてきた。
「君、また悩んでますね」
「え?」
「目に光が無いです。あの時以上に」
「っ……」
思わず目を逸らしてしまった。
これでは「はいそうです」と自白しているようなものだ。
光が無い……か。
「図星ですね」
「いや、その」
「私でよければ相談に乗りますよ?」
「それは……」
相談に乗る。そう言ってくれるのは素直にうれしい。
でも打ち明けたからと言って、アリィの頭を悩ませるだけなのは明白。
自分の気持ちさえもはっきりしない今、第三者に相談したところでいい結果を出せるとは思えないのだ。
それにアリィにはなんだかんだで助けられている。
これ以上彼女に迷惑をかけるのは、個人的に避けたいところでもあった。
「話しにくい……ですか。じゃ、この話はひとまず保留にさせてください」
「え?」
「ここに書いてあることにも迷いが見えます。とりあえず詰め込んだって感じで、こうしたいんだー! ていう恵月君の意思が感じられないんです。魂のこもっていない依頼では、私がどんなに頑張ったところでいいものはできませんよ」
「魂……ですか」
そういえば、初めてオーダーメイドを依頼したときはなんだかんだで楽しんでいた。
半ば強引に引き込まれた後だったけれど、出来上がるのを楽しみに待っていたくらいには、丹精込めてカスタマイズしたのだ。
俺の魂――意思がどうしたいか。
今の俺にとってみれば、それは一番難しいこと。
初めての時のようにはいかない……少なくとも、あと四日は。
「…………わかりました」
「んじゃ、ひとまず
「はい」
俺が保留に肯定の意を示すと、アリィは要望書をエプロンのポケットにしまい、にこりと微笑んで見せる。
この後はいくつか夏用のシャツとズボン、それからトランクスタイプのパンツを見繕って、俺はこの店を後にした。
その時の足取りは重く、帰ってからもずっと、俺はイマイチ浮かない顔をしていたのではないかと思う。
それから更に三日。
体を動かすことだけは欠かさなかったが、これと言って何かをする気にはなれなかった。
ベッドに寝転がり、部屋の窓からただ遠く……青い空を眺めている時間が日に日に増えていった。
時にはぼーっとしていて、話しかけられても気が付かなかったりということもしばしば。
自分で言うのも何だが、そんな魂此処に在らずといった状態が丸三日間続いていた。
元の体に戻って、色々解決するはずだったのに。
エルナだった時のことなんて、そんなにいい思いをしていたわけでもないのに。
どうしてこんなにも満たされないのだろう。
俺はもう、俺じゃなくなってしまったのだろうか。
たった一つの想いが、俺を俺じゃなくならせてしまったのだろうか。
分からない。
本当はどうしたいのか。
俺はどうしたらいいのか。
どうすることが正解だったのか。
そればかりが頭の中を覆っていく。
刻一刻と迫りくるタイムリミットを尻目に、無為な時間だけが過ぎ去っていく。
そこを越えれば、もう後戻りはできない。
だがそこを越えれば、もう悩む必要はない。
エルナであった自分を忘れたい。
それさえできれば、きっと俺は救われる。
明日を越えれば、おのずとその時は訪れる。
体が心に言い聞かせてくるように、ただただ時間だけが過ぎていく。
「俺は……」
――コンコンコン。
「!」
不意に部屋に響いてきた、規則正しいノックの音。
俺は寝転がっていた体を起こすと、腰掛けるように姿勢を変えてからノックの主へ声をかける。
「入っていいよ」
ガチャリとドアノブが回り、ゆっくり扉が開けられていく。
少し遠慮気味に開けられた扉の外から入ってきたのは、今はあまり直視したくない顔。
気まずそうな表情を隠せずにいるグレィだった。
「ちょっといいかい……話がある」
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