5:9 「KISSING BOOST」★
「んんっ―――!?」
唇を重ねると同時に、グレィが再び俺を強く抱き寄せる。
絶対に逃がさないとばかりに、俺の背中へ回してくる腕の力が強く、息苦しささえもが襲い掛かってくる。
しかし俺の体は抵抗しようとはしなかった。
意味不明な状況下で、突然の、望んでもいないキスにもかかわらず――俺は無意識のうちに、グレィの背中へ自分の手を動かしていた。
火照った頭が間違った命令を体へ送っている……少なくとも俺の意思は、こんなことを望んではいない。
何もかもが矛盾した行動が、余計に頭を混乱させてくる。
訳が分からない、もはやカオスと言っても過言ではないほどに混乱の渦中にある頭で、それでも必死に思考を凝らそうとする。
グレィがあんなことを言っておいて、意味もない行動をするのかと。
が、次の瞬間……強烈な、意識を失いそうになるほどの脱力感が、俺の体全身に襲い掛かってきた。
「すまない、お嬢。
「ぇ……?」
借りるって……何を?
辛うじて意識は保っているが、身動きは一切取ることができない。
コロセウムの時と似たような感覚。いや、あの時より意識が朦朧としている……グレィが20秒と言ったその時から、ののが襲ってくる竜族の相手をしているが、その音も微かにしか聞こえてこない。
混乱していた頭も今は気を繋ぎ留めておくので精一杯で、ほかのことを考えている余裕はあまりない。
その中で確かにわかるのは、脱力感を感じた際に、何かが吸い上げられるような感覚に見舞われたこと。
体全体から唇に向かって、脱力するほどの大きな力が流れていったような――。
ちから?
「――あっ!」
「……ぁ」
確信に至れそうになったその寸前。
ののが取り逃してしまった一人が、俺の目の前、つまりグレィの背後に迫ってきてた。
「ぐれ……に、げ……」
しかしこれを伝えようにも、掠れ声を出すので精一杯で言葉が追いつかない。
敵は手に帯びさせた魔力らしき紫色の光をかぎ爪のように変形させ、俺もろともグレィの腹部を貫こうとしていた。
「言っただろう。大丈夫だ」
「?」
耳元でグレィがそっと囁いてきたすぐ後。
俺の背中から片手が離されたと思ったら、その手は襲ってきていた敵の手首を捕まえていた。
メキメキと骨の軋むほどの怪力に敵さんは大きく顔を歪ませる。
見ているだけでも悲鳴を上げてしまいそうなものだが、グレィの行動はそれだけにとどまらない。
掴んだ手首をそのままベキベキと180度あらぬ方向へ曲げ切ると、そのまま勢いよく敵の目へ向けて突っ込んでしまった。
手首を曲げられるまでは耐えていた敵の竜族も、自身の目を貫いては正気でいられなくなったのか、大きくたじろぎながら悲鳴の声を上げた。
「あ、あああああああ! 目がァ!! 目がアアアァアアぁぁァ!!!」
「なっ!? まだ足掻きますかァ! 堕竜がァ!」
「汚竜が。気安くお嬢に触れるな」
「ぐれい、えぐい」
ほどなくして目を貫かれた彼は地面に伏せ、そのまま何度か痙攣を起こした後に動かなくなった。
片腕でもがっしりと抱き寄せられていた俺の目にその光景自体は映らなかったが、頭の中の残り少ない余裕は、否が応でも目に串刺された敵を思い浮かべてしまう。
もっとも意識を保つので精一杯な体は吐き気を催す余裕もないので、ただ目の前に転がっているであろう現実に血の気が引いていく。
そして血の気が引き一瞬だけ冷え込んだ頭は、先ほど出かかっていた答えを導き出してくれた。
大きな力――これは魔力だ。
唇を伝ってグレィの中へ、俺の魔力が流れて行ったのだ。
俺とグレィが初めて唇を交わした彼の夜。あの時に起こった現象を再現して見せたということなのだろう。
少し借りるということは、当時よりも少ない量なのだろうが、それでも互いに気を失う寸前の、途方もない魔力の塊だ。
一歩間違えば全滅必死の、イチかバチかのブースト。
まともに戦えない俺の代わりに、俺の力を上乗せしてこのピンチを切り抜けようという訳だ。
「すまない、お嬢。すぐに済ませるから、我慢してくれ」
「ぇ……ぁ……ぅん」
グレィは俺に振り返りそう告げると、俺の体をすぐ脇の壁に寄り掛からせた。
先ほどまでずっと背中に置かれていた大きな手が離れた時、俺はピクリと一瞬だけ体を痙攣させると同時に、心の底から再び恐怖の感情が芽生えるのを感じる。
動けない状況の中、それも敵がうじゃうじゃいる中に放置されるのだからそれも仕方がない。
だがこの恐怖は、グレィやののが……俺が死んでしまうのではないかと、そういった意味での恐怖ではないような気がした。
それに必ず勝つと言ったグレィを信じているし、そこに疑いはない。
でも、それならこの恐怖心は一体……?
はっきりとしない、得体の絵入れない恐怖を抱えながら……この手にグレィが戻ってくるのをじっと待っていた。
* * * * * * * * * *
お嬢から手を離し、必ず守れるように意識を研ぎ澄ませる。
狭い場所であるがゆえ、魔力をできるだけ動きやすい武器――短剣に変換し、臨戦態勢を取り直した。
このブースト状態を保っていられるのは精々三分……いや、二分。ヤマダを入れてまだ残り十人を、時間内にやり切る。
「背中は頼む」
「がってん!」
「何余裕ぶっこいてんですかァ!」
先からほとんど理性が飛びかけているヤマダの怒号と共に、五人が一斉に襲ってくる。
数の暴力で圧倒するつもりが一瞬で一人を殺され、彼らも相当余裕がないのだろうか。それとも目の前でキスされて腹が立ったか? 全員鬼のような形相で魔力の武器を向けてくる。
一人は片手剣、一人は双剣、一人は槍、一人は大剣、一人は拳で。
「……アホか」
一人一人はそれなりに厄介な相手……なのだろうが、舐めているのか?
互いに互いの行動を制限しながら襲い来る攻撃は、どれもこれも単調な物ばかり。
路地裏の狭さがそれに拍車をかける始末。
あり合わせで作ったチームなのか、統率も取れていない。
それでもブーストをかけないままかかってこられたらゴリ押しされてしまいそうな勢いではあったが。
片手剣の攻撃をのーの嬢目掛けて弾き、彼女がそれを受け取ると同時にその小さな頭目掛けて大剣が降り降ろされる。
魔力の武器は一旦持ち主を離れるとあまり持続しないが、消えるまでは超強力な武器となる。
のーの嬢は降りかかる大剣をその片手剣で軽々とはじき返すと、どこにそんな力があるのかと、驚愕を浮かべ仰け反る男の股間目掛けて剣を振り上げた。
直後に片手剣は光の粒子となって消えたが、男は胸のあたりまでを真っ二つに両断され、その場に倒れる。
「なむさん」
男の腰程も身長がないのーの嬢からしてみれば仕方ないのかもしれないが、先の目に串刺しよりよっぽどえげつないのではないか?
悲惨な最期を遂げた男に多少の同情をしながらも、我は迫りくる次の手の対応に移った。
次に突っ込んできた槍はかなり素早い突きではあったものの、とらえきれないほどではない。
柄を掴み、力任せに引き寄せた。
そうして体勢を崩した槍使いの首元に逆手持ちの短剣を添えてやり、動脈を切断する。そこから噴き出した真っ赤な鮮血が、次に襲ってきた双剣使いの目を潰した。
双剣使いの剣が消え、視えなくなった目に手をあてがう。
すかさずそこへ斬りかかろうとしたところに、その背後から片手剣を形成しなおした男が我の左目をめがけて素早い突きを放ってきた。
避けるには間に合わないと判断した我は、軌道をずらそうと短剣を顔の前へ構え、辛うじてこれを弾く。
が、軌道をずらすことには成功したものの、剣は我の頬をかすめ去っていった。
「ッ――!」
「ぐれい!」
「平気だ!」
後ろではのーの嬢が拳闘士の女と殴り合って(?)いる。
オノを振り回す八歳児とはいえ、素手では相手の鍛え上げられているであろう肉体へのダメージは少ない。
しかしそれでも互角に渡り合っている上、こちらへ声をかける余裕まで見せるとは末恐ろしい。
「流石は〝転生者〟と言ったところか――」
「よそ見してんじゃないよ!」
片手剣の男が再び切りかかってくる。
先ほどは影からの不意打ちだったために少し反応が遅れたが、見えていればどうとでもなる。
短剣の剣先で男の片手剣を止めるが、すぐさまその手を自身の斜め後ろへとずらし、男が前のめりに体勢を崩す。
そこから彼の後頭部を空いている手で掴み、進行方向をそのままに掴んだ腕を突き出した。その先にはのーの嬢、そしてさらに先には彼女の相手をしている女。
のーの嬢は我の意図に気が付いたのかすぐさま体を伏せ、女の顔面に我が掴んだ男の頭が激突した。
その瞬間、男の手から落ちそうになった片手剣を蹴り上げ、先ほどまで頭を掴んでいた手へ持ち替えると、その剣で以て二人まとめて串刺しにして見せた。
残る双剣使いはヤケになったのか、無様にも大声をあげて襲い掛かってきた。
しかし目はまだしっかり見えていなかったようで、我が構えた短剣のど真ん中に突っ込んで倒れて行った。
ここまででおよそ一分弱。
残るは五人。
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