K:6 「アルカ」★

 アルカと初めて出会ったのは、1年前……オレたち3人がサタンに惨敗した1週間後の事だった。

 サタンが起こしたであろう冒険者惨殺事件のほとぼりがまだ冷め切らない中、大陸西にある『エートス』という小さな町を訪れた時。

 オレたちが泊まった小さな宿の若女将……それがアルカとの出会いだった。


 アルカはとがった耳以外に半魔人の特徴というものを持っておらず(本人曰く背中の皮膚が少し硬いらしいが)、それさえ隠してしまえば一般的な生活をすることもできた。

 むしろそのスタイルの良さ故か、町の男どもや冒険者からは日夜ナンパされていたくらいだったのだとか。

 彼女の底抜けに明るい性格もまた、美人をより際立たせる。

 各種魔法を使いこなせるアルカの宿は、そんな男……いや、オスどもの他にも、彼女の癒しの魔法(オプション、別途500グラス)目当ての冒険者からも重宝されていた。

 かく言うオレたちも、そのウワサを聞いてこの宿を選んだのだから。

 おかげでアルカの宿は、小さいながらも繁盛していたそうだ。


 そんな彼女が、どうしてオレたちと共に旅に出たのか。


 隠しているとは言え、もちろんそれで全てがうまくいくほど世の中は甘くない。

 アルカが半魔人であることを知っている一部の人間と、一部のひねくれた同性からしてみれば、彼女がうまくいっていることが面白いわけがない。


 アルカの周りは冒険者問わずガードマンが多いため、表立っては何も受けない。

 だから彼女は、陰で陰湿な嫌がらせを受けていた。

 例えば明らかに過剰な税金を要求されたり、謂れのない疑惑を着せられたり……宿が影になるように、わざと隣接する建物を高く設計させられたり。

 部屋を荒らすためだけのために宿に泊まり、いざ荒らすとそれをアルカの責任として押し付け、宿代すら払わないクズみたいなヤツもいたらしい。

 時には人に言えないようなことも強要されたのだとか。


 そしてオレは、たまたまその現場に遭遇してしまったのだ。

 チェックアウト当日……まだほとんどの人が寝ているであろう明け方のこと。

 アルカは明らかに無理な売り上げノルマを提示され、達成できなければ立ち退けと、お役人らしき人物からそう言い渡されていたのだ。

 オレが居てもたってもいられず割り込んだ結果、その役人は逃げるようにして出て行ったが……その時にアルカは、オレに優しく微笑みかけてこう言った。


「気にしないでください! いつものことですから!!」 と。


 乾いた笑顔を見て、オレはこの子を放っておけなかった。

 こんな時に笑っていられるのは、心が強い証だ。しかしそれと同時に、本当のところは繊細で、いつだって誰かに助けて欲しいと思っているのだ。

 この子をこの場所から救い出してあげたい……オレが世界を救って、安心して暮らせる場所を作ってあげたいと、心からそう思った。

 あとは少し照れ臭いが……彼女のあり様が、愛する妻にそっくりだった。


 オレの仲間にならないか。

 危険を承知のその提案に、アルカは快く乗ってくれた。

 冒険者を相手にしていた手前、世界を見ることにも興味があると言ってくれた。

 小さな宿じゃできることも限られるから、世界を救った暁にはもっと大きな宿を作って、いろいろな人を笑顔にしたいとも。



 それなのに……それなのに、オレは。



「……アルカ、オレは」

「スケ、さん……自分を……責め、ないで」

「だけどよ……!!」

「私、この1年……楽しかった……から」

「っっ……」



 ――やめろ。



「かわ、り……に、ひとつ、お願い。しても、いい……かな」

「……なんだ」



 ――やめてくれ。



「私の、『命の石』……受け、取って……ほしい、の。わたし、が……い、きた……あかし……だから」

「あぁ……わかった」



 ――これ以上、オレにその笑顔を見せないでくれ……!!!



 せっかく覚悟を決めたのに……。

 一度静寂に満ちた心のうちは、再び激流の渦に飲み込まれようとしていた。

 眉間には深く濃くしわが寄り、目頭は火傷しそうなほど熱い。

 への字になった下唇を噛みしめ……今にも壊れてしまいそうな涙のダムを、どうにか抑えるので精一杯だった。


「そんな、かお……にあわ……ない、よ……ほ、ら……わら、て?」

「あぁ……!」


 無理だ……!

 オレはお前ほど強くないんだ……!!


 心でそう叫びながらも、歯を食いしばったまま……口を上に向けようと努力してみる。

 できていたかはわからない……いや、多分できていなかっただろう。

 それでもアルカは、小さく頷き……赦してくれた。


「さあ……そろ、そろ……げんか、い……」

「……あぁ!!」


 アルカの手に宿る魔力の光は、今にも消えてしまいそうなほどに小さくなっている。

 オレは体の震えを必死に押し殺しながら聖剣を構え、確実にその命を断てるよう……ありったけの魔力を込める。

 聖剣に宿る魔力の輝きが、この薄暗い空間を黄金の光で灯しあげた。


「すけ、さ、ん」


 そうして魔力の充填が完了したころ。

 アルカはこれまでにない心からの……全てを包み込む、優しい太陽のような笑顔をオレに見せ―――。




「……あ、りが……とう……!」




「―――――――――ッッッッ!!!!!」


 オレはその眩しすぎる笑顔から逃げるかのように……力任せに、聖剣を振るった。


 * * * * * * * * * *


「…………」


 真っ二つに切り裂かれたアルカの遺体を前に、どのくらいの時間そうしていただろうか。

 聖剣を振り下ろしたまま……力なく柄を握り、かろうじて地に立っているオレの頭は、目の前に転がる事実を受け入れたくないのか……真っ白になっていた。

 しかしそれでも、オレの目の先にはずっとアルカの遺体が横たわっている。

 完全に頭が思考することを止め、何をするでもなく……ただただ立ち尽くす。

 後ろにいるミァとガレイルも、気を遣ってかじっとオレを見守っていた。


「…………ぁ」


 そんな時、どこからか差し込んで来た小さな光の柱が、アルカの胸元……衣服の留め具にもなっている、その楕円の縁にはめ込まれた宝石を照らし出した。


(命の、石……)


 『命の石』――持ち主の生命力を元に作られた、一種のお守りの様なものだ。

 アルカの目の色と同じく澄んだ綺麗な碧色をしたそれは、石に残された生命力が尽きた時、混じり気のない……真っ白な石に変わるという。

 この石も、そう遠くない未来に白く変わってしてしまうのだろう。


「………………」


 オレは「命の石を受け取って欲しい」というアルカの遺言を思い出し、よたよたと足を前へ出し始める。

 聖剣の柄を握っていたハズの両手は、いつのまにか手ぶらになっていた。


 遺体の横に膝を落としたオレは、力が入らない……覚束ない手つきで、アルカの胸元で輝く石に手をやり、取り外す。


「ぁ……あぁ……」


 そして石に残ったほんの僅かな温もり――命の欠片に触れた時。

 オレの頭は、心は、全てを理解した。

 血塗られた両の手でぎゅっと握り、抱え、蹲る様に上半身を傾ける。



「アル……カ……」



 もう、我慢などできるわけがなかった。



「う、ぅぁぁぁ……ぁ……」



 我慢する必要も……ありはしなかった。



「ああぁぁぁ……あ、あああああ」





 ―――もう、そこにアルカはいないのだから。





「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」




 主を失い崩壊していく空間に、悲しみと、痛みと、憎しみと、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と、後悔と…………全部ひっくるめた、自分への怒りの咆哮が響き渡った。




 こうしてオレは、世界を救った英雄になった。

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