K:3 「マ素」

 何だ!?

 何があった!?

 何をされた!?

 何でオレたちは倒れている!?


 体が重い。

 体が熱い。

 動かすことはできる……が、持ち上げることができない。

 息が荒れ、汗が噴き出す。

 若干の息苦しさも感じる。体内に何か仕組まれたのか?

 アルカだけは無事のようだし、一体何が目的で――。


「み、みんな!! 待ってて、今回復す――」

「させると思うのかな?」

「――!!」


 アルカがオレに向けて回復魔法を施そうとしたところに、彼女の鳩尾みぞおちへサタンの真っ黒に染まったアッパーが襲い掛かる。


「カハッ!」

「「アルカ!!!」」

「アルカさん!!!」


 軽く宙に浮きかけたアルカ。

 その顔面をサタンは小さな手でつかみにかかり、小さな少年と成人女性という体格差を感じさせない猛スピードでアルカの体を引きずっていく。そして勢いのまま叩きつけられた壁には小さなクレーターが出来上がり、手が離れたアルカの頭からはだらだらと血が流れ出ていた。

 辛うじて意識は残っているようだが……それもいつまで持つか怪しいレベルに見える。

 サタンは再び余裕の表情でもって倒れる俺たちを見下し、「ほらね」と見せつけんばかりに両手を軽くひろげながら嘲笑う。


「はい! いっちょあがりってね☆」

「ッヤロウ……!」


 あまりにも一方的すぎる。

 一年前と何も変わらない。

 ……何もかも、全部無駄。


 サタンに一度負けてからの自分を全否定された。

 そんな気がして、一瞬記憶が飛んだ……多分、キレた。

 気が付けばオレの体はサタンの目の前にあり……右手に力任せに握られた聖剣が、ヤツの右腕を斬り落としていた。


「おっ!?」

「――動いた!?」


 オレ自身、何がどうしたのかわからない。

 予想外と、嘲笑を少しの驚きに変えたサタンの視線を追っていくと、そこには息を荒げながらも小さく笑みを浮かべるアルカの姿があった。

 力なくクレーターにもたれかかる彼女の手はほのかに青白い光を帯び、彼女がオレに何かしらの回復を施してくれたのだと理解する。


「はぁ……よし、合ってた」

「いっててて……やるじゃん」

「息苦しさもない。……そうか!」

「そうこなくっちゃ面白くないよね!」


 【浄化】の魔法。

 サタンからしてみれば、アルカにはまず使えないと思うであろうその魔法。


 体を蝕んでいた重りの正体。

 それは恐らく『マ素』と呼ばれる因子だ。

 魔物モンスターの血液に内在する、その者を魔物モンスターたらしめる物

 人間にとっては猛毒足りうるそれは、一定量取り込むことによって体に異変を及ぼす。

 第一段階は体を蝕み、出血を伴う発熱を引き起こす。

 第二段階は幻覚を見せ、『食人衝動』を引き起こす。

 そして第三段階は、紫色の血を吐きながら死に至るという。

 死ななかった場合でも、その先は――。


「アルカが無事なのは……半魔人だからか」

「せーかい♪」


 半魔人――その名の通り、魔物の血が混じった人間のこと。特徴は共通として小さくとがった耳、個人差で角やウロコなんかが生えるらしい――丁度、目の前にいる闇の王さんのように。

 魔物混じりであるから、当然マ素に対する耐性も持つ。

 そして半端者である半魔は……当然嫌われ、迫害される。


 【浄化】は相性によるところが大きい魔法だと聞く。

 水魔法の延長にある回復魔法と違い、これだけは種族による補正が大きいのだとか。

 半魔人との相性は最悪。

 普通ならその神聖な魔力に体が耐え切れず死に至る。良くて激痛と言ったところだろうか。


 つまり、平然とそれを使うアルカがおかしいのだ。

 もとより回復魔法ですら半魔人では使いこなすのが難しい。

 もし彼女がエルフであったならば、賢者にだってなることができただろう。


「しかしなんだってマ素なんか……」

「ゴメンね、それはボクの不手際だね」

「何だと?」

「べっ」


 再び嘲笑を浮かべるサタンが、オレに向けて舌を見せる。

 その色は明らかに素の色ではなかった。

 紫に濁った……これはそう、魔物の血の色。


「喰ったのか……!? 仲間を!!!」

「んー、正確には違う。あれはボクの手駒……道具だよ」

「っ……下種が!」

「ゲームだし。にしても恐ろしく不味いね、魔物モンスターって」

「てめぇいい加減にしろ!!!」

「おわっ!? あぶな!」


 腕を失ってバランスが崩れたのだろう。

 オレの怒り任せの攻撃は完全には避けられず、サタンの頬をかすめて行った。


 この城……いや、大穴全体に一切の魔物がいなかった理由。

 それはヤツが言った通り、思う存分殺し合うための計らい……邪魔されないために、一匹残らず殺したってことか。

 それでこの城全域に残り香のようにマ素が蔓延してたってのか。

 本当にゲーム感覚。ああ、腐ってやがる。


 オレはサタンが回避行動をとった後も絶え間なく剣を振り続けた。

 不意打ちの産物とはいえ、片腕を落とせたことは大きい。

 ヤツがバランス感覚を取り戻す……今の体に慣れてしまう前に、一撃でも多く――。


「数うちゃ当たるってもんじゃないよ!!」

「――――」


 一撃でも多く、当たれば上々。

 現実はそう甘くない。

 この程度で攻撃が当たるようになるんなら、端からこんなことにはなっていない。

 体勢が崩れたなら、立て直す時間がいる。

 ガレイルが崩れたら、壁役はオレに回ってくる。

 回復の時間を稼ぐのも、壁の仕事だ。


 こんな事、普通は気づくだろ?

 サタンの一言を聞いたオレは、初めてヤツを笑った。


「……苦戦なんてしたことねぇんだろうな。焦りが見えるぞ」

「でも、負けないよ! †漆黒ノ剛拳ダークネス・バズーカ†!!」

「――――」


 オレが攻撃の手を止めた瞬間に、反撃体制をとるサタン。

 相変わらずの軽口だが、オレの単純な煽りに乗ってくるあたりやはり焦っている。

 いや、子供と言うべきか。

 まるで周りが見えていない。

 ……ガレイルの回復にすら気が付かないとは。


 オレの妨害があったとはいえ、それでもアルカに一撃入れに行くべきだった。ヤツにはそれができたはずだ。

 みすみす相手に回復の余地を与えるだなんてありえない。

 これをミスと言わずしてなんと言おうか?

 あまりにも視野が狭すぎる……今まで労せずに力を振るっていた証だ。

 サタンの勢い余る一撃は、一歩引いたオレの代わりに飛び込んできたガレイルの盾にあっけなく防がれた。


「あれ!?」

「あれじゃない。当たり前だ小僧」


 ぽかんと情けない顔をするサタンに呆れたガレイルが一言こぼし、そのまま大盾を引きにかかる。

 まだ剛拳とやらの勢いが残っているサタンの体は、それによって前のめりに大きく体勢を崩された。

 そこに後ろからガレイルが右手に持つオノ、前からはオレの聖剣が挟み撃ちに襲い掛かった。


「くっ!!!」


 直後、オレの聖剣だけが見えていたサタンは首を後ろに引っ込め、ガレイルのオノをもろに―――喰らわなかった。

 ガレイルのオノはサタンの頭が当たる直前、見えない壁のような物に弾かれ、無残にもボロボロに砕け散ったのだ。


 どういう訳か、サタンにはオレの聖剣以外では傷を与えることすら叶わないらしい。

 前回は圧倒的な力技を前に反撃の余地すらなかったからな……これは新たな発見だ。

 まあ、それならヤツの視野の狭さも分からなくはないか……だって、何されてもダメージ受けないんだもの。


「あー、たのし!♪」

「まだ笑うか……!」

「ここまでくると、不気味通り越して面白いかもな」

「ハッ……違いねェ」


 焦りの中にも、サタンにはまだ余裕が見て取れる。

 当然と言えば当然だ。

 聖剣以外では致命傷どころか傷一つつけられない。

 それはつまり、聖剣以外見なくても問題ないということでもある。

 ヤツは周りが見えない。が、それをカバーしうるだけの能力がある。

 それにしたって回復の余裕を与えるなんてありえないとは思うが……ヤツが片腕となってもなお、地の利が俺たちにあるとは言い切れない。


「キョウスケ様……」


 さてどうしようか。

 考えようとしていたところに、後ろからミァが復帰した。

 アルカのケガが心配ではあるが、これで――


「はっ!? キョウスケ!!ダメだッッ!!!」



 ―――かぷ。



「……は?」


 ガレイルが何かに気が付き、オレに呼びかけた直後。

 聖剣を握るオレの右腕に、ミァの小さな口がかぶりついていた。

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