3:28「急変」
ルールやらなにやらが事細かに書かれた書類に目を通し、一番下の欄にサインをする。
前世でもよくあった行為。
「いいか、あくまで形だけだからな。今回みたいなことになっても……」
「わかってるって」
「きょー君、しつこいのと心配するのはちょっと違うのよー」
「うぐっ!? ろ、ロディまで……あぁ、オレはもうダメかもしれない……ミァぁぁ」
「今のはキョウスケ様が悪いかと」
「あああぁぁぁぁ……」
いい年したおっさんが膝を落として項垂れている。
そんなあられもない英雄の姿に、周りの冒険者たちは唖然としていた。
しかしそんな親父に構うことなく、俺と母さんはサインをした書類をレガルドに手渡す。
しつこいと言えば俺に対する母さんのスキンシップも大概だと思うのだが、親父と違ってよくわからない謎理論を持ち出して押し切られそうな気がするので言わないでおく。
レガルドが確認のために書類に目を通した後、それを別のスタッフの人に回す。あれは確か俺たちが初めて来た時にいたお姉さんだ。
お姉さんは書類を手に取りレガルドからの指示を聞いた後、ギルドから出てどこかへ行ってしまった。
「本来ならばこの場でギルドカードを作って渡すところなのだがね。生憎そのための魔道具が昨日の襲撃でやられてしまったんだ。復旧次第、君たちの屋敷に届けるようにするから、しばらく待っていて欲しい」
「あ、はい」
「わかりましたー」
うむ。とレガルドがニッコリと微笑みながら頷く。
こうしてみるとその辺のカフェで紅茶を啜っていそうな老紳士にしか見えないのだが、現役時代は暴君などと呼ばれていたそうなのだから人とはわからないものだ。
俺たちをギルドへ勧誘した本当の理由も、とても暴君が提案したとは思えない。
冒険者ギルドへの加入を提案した理由。それは俺と母さんの突出した能力値であることには変わりない。
あまり実感は湧かないが、俺たちはお国が喉から手が出るほど欲しい人材らしい。
幸い、俺たちの能力値はまだ外部に漏れてはいないらしいが、これが知れた日にはどうなるかわからないとかなんとか。
なのでそれよりも先に基本フリーランスである冒険者としてギルドに加入してしまうことで、その手の悪い人たちから身を護ろうということらしい。
もっとも、英雄である親父の後ろ盾がある以上、迂闊に手を出されることもないだろうとも言っていたが……まあ、保険かな?
レガルドも職業柄その手のパイプは強く持っているだろうし、後ろ盾が多くなることに越したことは無い。むしろ本当に形だけでいいとか、ちょっと良心的すぎる気もする。
と言っても一応年会費はあるらしいので、その分は簡単な仕事でも受けてちゃんと稼ごうと思うけど……いつまでも親父のスネをかじってるわけにもいかないし。形だけとはいえ、そのくらいは許してもらえるだろう。それにいざという時の拠り所にもなる。タイミングとしては割と丁度良かったのかもしれない。
「――すみません! だいぶ遅れてしまいました。義父さんたちまだいますか!?」
「!!」
そうして今できる一通りの手続きが済んだ頃、ひょっこりとファルが顔を出してきた。
本来ならお昼頃に合流する手はずになっていたのに、もう午後も四時を回ろうとしている。流石に遅刻では済まされないぞ?
「ファルぅ、遅かったなぁぁ……」
「義父さん! よかった……て、何してるんです?」
「気にしないで」
「気にしなくて大丈夫よ~」
「気にしないでください」
「は、はぁ……」
「い、意外と容赦ないのだな……」
俺たちの親父に対する扱いを見て、レガルドは少しばかり声を震わせる。
「それよりファル、なんでこんなに遅れたか聞いてもいい?」
「あ、はい……そう、ですよね」
「?」
あれ、なんか元気ない?
* * * * * * * * * *
「マジかよ……」
「坊ちゃん、それでしたら今は……」
「っ………………」
ファルの言葉を聞いて、ギルドの中が一気に緊張感に包まれる。
しかし俺だけは別種の……息が詰まるような緊迫感に見舞われていた。
「討伐隊諸君、君たちは気にしても仕方がないことだ! 呆けている暇があるならギルドの修繕をしなさい!!」
そこに機転を利かせたレガルドが一喝入れると、俺たち以外の部外者はどこか怯えるように修繕作業に入っていく。もっとももうすぐ日が沈み始めるので、そこまで時間稼ぎにもならないのだが。
「レガルドさん……すみません」
「何、気にすることは無い。私も少し席を外すとしよう。話はまた明日にでも」
この国――アルベント王国の王女、レーラ姫の容態が急変した。それも悪い方向に。ファルは今朝王宮に呼び出され、今の今までずっと幼馴染である彼女の看病をしていたらしい。
そして一旦落ち着いたところを見計らって、冒険者ギルドに顔を出しに来たのだ。
それだけでもこの場の話題を掻っ攫っていくのには十分に値する。
現にレガルドが一言入れなければ、今頃はギルド内のあちこちから、あれやこれやと言葉が飛び交っていたことだろう。
しかしその程度だ。
ことの本質はそこにはない。
そんなことはあってはいけないのだ。グラドーランが倒れ、彼の儀式による呪いから解き放たれた今……レーラ姫の命を蝕むものは無いはずなのだから。
「ファル、疑うわけじゃないけど……それって本当なの……?」
「……はい」
顔を逸らし、拳を強く握りしめ……本当に苦しそうな表情で、ファルは俺に返事をした。
その表情は今まで見たことがないほどに後悔と苦悩に染まっていて、事の重大さを……それが事実であることを嫌と言うほどに物語ってしまっている。
「ファル、王宮に行くぞ」
「! 義父さん? でも……」
「でもじゃねえ、これ以上大事なことがあるか」
俺が次の言葉を導き出す前に、さっきまで情けなく項垂れていたとは思えないほど真剣な趣きで親父がファルに言った。
そして足を動かそうとした直前に俺たちの方へ目を向けると、少し考えるようなそぶりを見せる。
「あー……ミァ、すまねぇがロディたちのこと頼む」
「承知致しました」
「親父――!!!」
「……なんだ?」
ファルと二人で王宮に行こうとしていた所を、俺は咄嗟に呼び止める。
親父は無関係な俺たちにいらぬ心配をかけまいとしたのだろうが、俺だけはそうはいかない。
もしまだ契約の……その効果が残されているのだとしたら。
グラドーランが実はまだ生きているのだとしたら……?
そんな嫌な予感が頭から離れなかった。
そしてもし本当にグラドーランが生きているのだとしたら、絶対にレーラ姫の元に現れるはずだ。
真実をこの目で確かめなければいけない。そんな気がしてならなかった。
時間がないとばかりに焦りを露わにしながらもこちらを振り向く親父に、俺は素早く歩み寄っていく。
「俺も行く」
「は!? 何言ってんだ! お前には関係のない話だろう!!!」
「関係なかったら言わないよ。それ、俺のせいかもしれないから」
「エルナさん……?」
「……恵月、それ本気で言ってんのか」
親父の声質が変わった。
ワントーン低く、それでいて怒りにも似た感情が入り混じった、一種の威圧感を生み出す声。
疑いよりも先にそう聞いてくるのは、俺のことを未だ信用してくれている証か、はたまたその余裕すらないのかはわからない。
俺がそっと顔を縦に振ると、親父は眉間にしわを寄せてファルを一瞥する。
一泊置いた後にファルも親父に頷き返し、親父は再び俺に向かう。そして一言「急ぐぞ」と短く告げると、俺たちはこの王都レイグラスの中心……レーラ姫の居る王宮へと向かって駆けだした。
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