3:8 「一度きりの」

「どうして、ここに……」

「そっ それはこっちの――」


 よりにもよってこいつが……!!

 感知した人影の正体はガレイルで間違いない。

 もう片方の方は明らかに人間じゃなかったし、なんかすごいキラついてたし……。


「!! 後ろッ!!!」

「っ―――!」


 そんな雑念にとらわれている間に、後ろから大きな影――先ほどガレイルを守るために攻撃した敵さんが再び迫ってきた。

 彼の叫び声に咄嗟に後ろを振り向くと同時に視界がゆがみ、腹部に強烈な圧迫感と感じると共に、体が結構大きく吹っ飛ばされるような衝撃に襲われる。


「っ……」


 少し頭を打った。

 ……直後になんでそんな程度で済んだのかとい疑問が頭をよぎり飛ばされると同時に閉じてしまった目を開いてみると、まるで俺が押し倒されたかのような形で、ガレイルは俺にまたがっていた。いや、実際押し倒されたのだろう。もちろん変な意味はない。断じて。


「手荒ですまない」

「い、いや……」


 少し近い気もするが、流石に敵さんの攻撃を見ての咄嗟の行動だったのはわかるし文句を言うつもりはない。

 しかしなんだ、さっきから胸のあたりに妙な……下着とは別の、結構きつめの圧迫感が――。


「っ……!?」




 まさかと思い見下ろしてみると、そこには俺の胸を鷲掴みにしてらっしゃるおおきな右手が。




「あ! す、すまない! わざとじゃないんだ!」

「…………それどころじゃないでしょ、今」

「うっ うむ……すまない」


 なんだろう、自分でも恐ろしくなるほど冷め切った返しだったと思う。

 今そんなラブコメのお約束みたいなやついらないし。

 しかし念のために言い聞かせておく。絶対、断じて、何を間違っても変な意味はないと!


(でもそっか……まさか自分が押し倒される側に―――って、何考えてんだよ俺は!! 変な意味はない! 集中しろ集中!!)


 頭は冷静に……と思いきやかなりの動揺を示しながらも、改めて敵さんの方へ意識を向ける。

 振り下ろしたこん棒を持ち上げ、再度こちらへ足を進めようとする敵からひとまず距離をとると、俺以上に……かなり動揺している様子のガレイルが説明をしようと口を開いた。


「おっ、恐らくヤツは【ダイヤモンドオーク】……幻獣と呼ばれている獣の一体だ」

「だっ ダイヤモンド……!?」

「ああ。その名の通り全身がダイヤモンドでできた、空想上の魔獣……だと思ってたんだが。……この変なトコからコロセウムに戻るすべを探そうとしたら、地面からこいつが現れて襲ってきたんだ」


 全身がダイヤモンド……ということは、物理的な攻撃は効かない、よな。

 親父の――英雄と呼ばれるほどの男の元仲間がどうしてこんな状況に陥ってるのかと思えば。


(この人おもっくそ脳筋っぽいしなあ……そりゃきついはずだわ)


「しかし君こそどうしてここにいるんだ? 確か、討伐隊には参加してなかったのでは……それに、先ほどの魔法は――」

「その辺は色々あるんですよ!」

「……そうか。すまん、無駄話が過ぎたな」


 わかればよし。

 こんな状況だから仕方なく普通に接してはいるが、やはりこいつのことは許せる気になれそうにない。

 こちらから情報を開示するのは絶対にナシだ。


 そう、仕方なく。

 今死なれても親父を守る肉壁が減るし、困ることは困る。だからできれば生かしたまま外に出たいところではあるのだが……俺も生々しいモノ見たくないし。


「で、どーするんですか」

「ああ。 先も言った通りこいつはダイヤモンドの塊。オレ一人ではどうにかするのは難しい……剣も折られてしまったしな」


(さっきの降ってきたやつ……思えばあれも一歩間違えれば当たって――)


「しかしだ」

「?」


 ガレイルが否定の言葉と共に、スジン。ズシン。と大きな音を立てながらゆっくりと迫って来るダイヤモンドオークの右肩のあたりを指さした。

 見るとその肩、まるでそのような加工を施してあるかのように綺麗にへこんでおり、歩いてくるその姿もバランスを崩したためかどこかぎこちなくなっている。


「これも昔文献で見た程度なのだが、ヤツは魔法の……特に『上級』炎属性魔法に対する耐性がほぼゼロに近いらしい。あの肩も先ほど君が助けてくれるまでは実在していた」

「……上級ですか」

「ああ、上級だ。中級以下でも多少のダメージにはなるのだろうが……ヤツの肩を見る限りでは、効果は見込めん」


 まあ、即興だったとはいえ上級魔法一発撃ってあの程度じゃあそうなるか。

 敵の……ダイヤモンドオークの移動速度はまさに豚足という言葉がお似合いなほどに遅い。

 しかしその速度を補うかの様な大きな盾。

 あれがある限り見え透いた魔法攻撃は防がれるだろう。


 幸い魔力が枯渇する心配はないし、消えてなくなるまで何度も撃ってやってもいいが……流石にそこまで時間をかけるわけにもいかない。

 となればだ。


(最大火力をぶつけて、一撃で終わらせた方が早そうだけど……)


 そのためには一つ大きな問題が。


(時間を稼ぐために……壁をしてもらわないといけなくなるな……)


 出来ないことはないだろう。

 ガレイルは重戦士、肉壁だってそれなりにこなせるはずだ。

 しかしそれにしたって武器がいらないわけではない。

 彼の武器はポッキリと折られてしまったのだ。流石にその体だけで時間を稼いでくれというのはかなりの危険が――。


「それでだな」

「はい……?」


 ――と思っていたところに、ここぞとばかりにガレイルが口を開く。


「この短い時間だけでいい、共に戦ってはくれないだろか」

「…………」


「は?」


 え、何。

 そのつもりで考えてたのに、何。

 ……え?


「女性に……それも君にこんなことを頼むのは忍びないとは思っている! しかし頼む、どうかオレをキョウスケの元にいかせてはくれないか……!!」

「………………」


 この人はもしかして……いや、もしかしなくても超がつくほどの不器用なのでは?

 あの時の誘拐事件にしたって、親父から聞いた話だから実際がどうなのかはわからないが、元をたどってみれば親父の身を案じてのことらしい。基本的に女性関係を持たないはずの親父が俺たちとギルドに行ったところをたまたま見かけて……俺たちが誘惑したとかいう変な曲解をした結果だ。それでもやり方は間違ってると思うが。


 しかしそう考えると、勝手に共闘を前提として考えてた自分が馬鹿らしくなってくる。


「ぁーもぅ……」

「だっ だめか……?」


 ……ダメかだって?


 イラっと来た。

 別にそんな怒るようなところではないのかもしれないが、これが俺たちを攫った主犯なのかと、俺はこんなヤツに怯えてたのかと思うと、なんだか無性に腹が立って仕方がなかった。


「…………」


 うじうじとダメかと言っているヒゲのおっさんの質問に答えることなく、俺はじっと迫りくるダイヤモンドオークに視線を向ける。そして同時に、出来るだけ一切の雑念を振り払うように、杖の宝玉へ向けて意識を集中させていった。


「あの……だな」

「壁、お願いします」

「!!!」


 吐き捨てるように言った。

 しかしこの俺の言葉を受けたガレイルは、あからさまに晴れやかな表情を見せ、大きく「応!!!」と叫びながら俺の前を行き始める。


 死なない程度に、ボロ雑巾のようになってもらおう。

 とりあえず生きて返せばそれでいい。

 生きてさえいれば、あとで母さんと合流した時に治してもらえるだろう。嫌そうな顔しながら。

 ……そうすれば、今の怒りも多少は晴れるんじゃないでしょうか。


 小さくなっていく大きな背中を前にそんなことを考えながら、俺は魔力の蓄積を開始した。

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