2:34「エルナちゃんの1日メイド生活 5」
「アリィ、世話になった。この礼は、いつか必ず」
「その……ご迷惑、おかけしました」
ひとしきり涙を流し終わった後。
俺は袖で顔を拭って、親父に続くように頭を下げた。
「いえいえーいいんですよー、私も好きで…………―――あ!!」
「「……?」」
「どした?」
「忘れてました! 私、旦那のお屋敷にお届け物に行ってたんでした!」
「……うちに届け物だって?」
「はい! その途中でエルナちゃんに会ったんですよ!」
それであんなところで会ったのか。全然見てなかったから何か持ってることにすら気が付かなかった。
でも反応からして親父当てではないよな?
他にウチに持ってくる物があったってことは……。
「それっても……しかして……」
「はい! エルナちゃんのオーダーメイドの衣装です!! ついでですから持ってってください!」
やっぱり!
「オーダーメイドって、オレ一言も聞いてないぞ!? 金は!?」
「あーそっか、あのまま攫われてたからなあ……ははは」
「お、おい……」
「安心してください! ロディさんからお代は頂いてますよ!」
「そう言う問題か……?」
親父が苦笑いを見せる中、アリィがそこそこ大きな……50センチ四方くらいありそうな包みを持ってきて俺に手渡した。
それなりに重量感もあり、一体中身がどうなっているのか気になるところではあるが……。
それよりもこれ持ってるのに気が付かないって……どれだけ余裕なかったんだよと自分に問いたい。
「開けるのは、帰ってからのお楽しみですよー!」
「う、うん……本当、ありがとうございました」
「ったく……さ、いくか」
「うん」
最後はしっかり、はっきりと、お礼の言葉を述べて。
笑顔で手を振るアリィに見送られながら、俺は階段を下って行った。
「今後とも、うちの店をよろしく頼みますよー!」
* * * * * * * * * *
「あ……」
忘れたわけじゃない。まあそうだろうとは思ってた。
階段を降りた先には、母さんたちが待ち構えていたのだ。
俺が窓からのぞいた時は全員一緒だったから途中で分散したのかとも思ったけれど……どうやら親父が代表で来て、他の皆はずっと外で待っていたようだった。
分かってはいたけれど、みんなかなり険しい表情になっている。
(謝らないと……だよな)
「えっ……と……」
「エルぢゃあああああああああああああああん!!!!」
「んぐっ!」
が、謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、視界が勢いよく暗闇に閉ざされた。
もう慣れてしまった自分が少し嫌になる……が、いつもと違うところがあるとすれば。
「ん……んんん……!!」
めちゃくちゃ苦しい!!!
いつにも増して母さんの抱きしめて来る力が強く、本気で苦しかった。俺も母さんの腕をパンパンと叩いてその意を伝えようとするのだが、一向に緩む気配はない。
いや本当、窒息と圧迫で意識を持ってかれそう……に……。
「うわああああああああああああんごべんねえええええええええええええぇぇぇ」
「おいおいロディ……」
「奥様、お嬢様が苦しんでいらっしゃいますよ」
「ふえ……?」
「ぷはっ……あーっっ!!」
マジで失神するところだった!!!
大きく刷ってはいてを繰り返し、呼吸ができることの喜びをかみしめる。
ミァさんが止めてくれなかったらどうなっていたことか……。
「あああぁごめんね!? 大丈夫!? なんともない!? あああもうどうしましょう……」
「は、はははは……母さん落ち着いて」
流石に慌てすぎでは?
……て、そうさせてるのは俺なんだっけ。
そうだ、謝らないと。
「えっと――」
「申し訳ございませんでした!!」
「ふえっ!?」
何、今度はミァさんですか!!!
あーあーもうそんな綺麗に最敬礼なんてしちゃって……!!
「お嬢様がそこまでお心を害されているなどつゆ知らず、出すぎた真似をしてしまい」
「え、い、いやミァさん」
「どうか、私めに相応の罰を……!」
「罰ってそんな―――」
「それならわたしも!」
「僕も……ですね」
「ちょ、だから! ちょっと、みんな一回落ち着いてって!!」
ミァさんに続いて母さんにファルまで……。
通り過ぎていく人の視線が痛い。
そうだよ? ここって一応お店の前……人だって結構通るんだよ?
なんかこうしてると俺に変な目が来るし、まるで悪者みたいじゃないか!
いや、俺が悪いんだけどさ!!!
「とりあえず顔上げて! 悪いのは俺の方だし、みんなは謝らなくていいって……親父は除いて」
「除くのかよ」
「何か言った」
「い、言ってない……すまん」
ちらりと親父の方を睨みつける。
さっきまでの涙やらごめんなさいやらはどこへ行ったのかとか、そんなことは決して聞いてはいけない。
謝ったし! 親父にも非があるのは事実だし!
まあ、今はそんなこと置いといて……。
「だから、さ……俺の方こそ、勝手に放り出して出て行ったりして、みんなに迷惑かけて……ごめんなさい」
あらためて前へ向き直ると、ミァさんほど綺麗なフォルムではないが精一杯頭を下げて、ようやく言いたかった言葉を言い出すことができた。
さっきみたいにまたこの口が変なことを言い出さないかと心配だったが、すんなりと出てくれて正直ほっとしているところもあったりなかったり。
「ん……」
そしてその直後、視界が再び暗く……しかし今度は優しく、いつもの安心感のある暗闇に包まれた。
「無事でよかったぁ……本当に……」
「……うん……」
間違いなく、心からの声。
本当だったらここでお礼の一つでも述べたいところなのだけれど……それ以上は口が動かない。
流石に恥ずかしくて、言い出せなかった。
「……帰るぞ、お前の家に」
しばらくそうした後、親父が俺の肩を叩きながら言葉をかけてくる。
俺は親父以外のみんなと一度顔を合わせ、最後に親父に向き合って、小さく顔を頷かせた。
時間に直してみればほんの2時間程度。
この短くも長かった時間を経て見上げた空は、いつにも増して輝いて見えた。
家族の絆……とか、そんな変なことを言うつもりは全くない。けれど、一歩を踏み出した今の俺の心はとても澄んでいて……帰ってからも、そして明日からも頑張れるような、そんな気がした。
ちなみに最後、親父の声が若干不機嫌気味に聞こえたのは、きっと気のせいじゃないと思う。
* * * * * * * * * *
それから一時間。
屋敷に帰って来た後は、またそれぞれに部屋へと戻っていった。
俺はみんなを見送ったミァさんの後をついて調理場へと足を運んでいく。
あんなことがあったとはいえ、まだ今日の仕事は終わっていない。今日が続く限り、メイドさんは継続中なのだ。
……が。
「え……本当にいいの?」
「はい。こうなってしまっては、もうお嬢様に私の仕事をしろとは言えません。キョウスケ様も納得されるでしょう」
「そ、そう言われるとなんか心が痛むというかなんというか……」
「お気になさらず、少しお休みになってください。夕食の準備ができましたらお呼びしますので」
「でも―――」
「何でしたら、先に入浴をしていただいても構いません。お疲れでしょうから、ごゆっくり」
「……じゃ、じゃあ……」
そこまで言われてしまっては俺も断れない。
何だか他にも意味しているところがありそうな言い方ではあるが、 ミァさんなりに気を使ってくれてるのだ。ヘンな詮索をするのはやめておこう。
一度テーブルに置いた包みを再び抱えなおし、一応礼をしてから調理場を後にすると、この包みを置くのと着替えを取りに行くためにいったん自分の部屋へと戻った。
姿見を見て見ると朝は新品同然だったメイド服も裾の部分が走った時に起こったであろう砂ぼこりでかなり黄ばんでおり、これはミァさんにああいわれてしまうのもと納得してしまう。あのまま料理の手伝いをした時には、手を洗っていても間違いなく砂が混入していただろう。
俺は鏡に映り込む自分の姿に苦笑いをこぼしつつ、クローゼットから手早く着替えを取り出して浴場へと向かった。
そう言えば屋敷の内部……風呂を含めて掃除を終えてから数時間がたつが、いつお湯を沸かしていたんだろう?
俺を探しに行く直前だろうか?
うーん……だとしたら保温とかどうしてるんだろう?
魔法とか使ってるんだろうか?
素朴な疑問を頭の片隅に浮かべつつ、汚れてしまったメイド服を埃が舞わないように慎重にかごへ入れていく。
そして念のため辺りを確認し、小さく「よし」と呟いた後、ガラガラガラと浴室へと続く引き戸を……。
「―――ん?」
「はっ……?」
一瞬何が起こっているのか分からなくなり、身体がフリーズしてしまう。
――引き戸を引いてみると、そこには大浴場を満喫している見慣れた大男の姿があった。
「よ、よお……恵月」
「よ……よおじゃねええーー!!!」
これは女の体に定められた脊髄反射なのだろうか。
気がつけば悲鳴にも似た叫びと共に、俺の手から放たれた理不尽な炎の弾が……親父の顔面目掛けて飛んでいた。
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