Side―F・N 「ファル・ナーガの許嫁」
王都レイグラス
アルベント王国のほぼ中央に位置する大きな都。
僕はその更に中心……彼の王宮のとある一室に赴いています。
「ごめんねファル。いつもお薬持ってこさせちゃって」
「いいんですよ『レーラ』。僕が好きでやってることですから」
彼女の名はレーラ。
流れるような綺麗な金髪に、丸腰で優しい蒼色の瞳。
右目元にある二つの黒子が特徴的な僕の幼馴染で―――この国の王女様です。
僕がまだ幼い……義父さんに引き取られたばかりの頃から、彼女とはよく遊んでいました。
義父さんと国王陛下の関係は数年前まで知らなかったのですが、僕はレーラが5年前に病に倒れてからずっと、定期的に薬を彼女の元に届けています。
冒険者ギルドに登録したのも、丁度その頃。
ちなみに薬の代金は一回につき30,000Gグラス……大よそ森オークの首ひとつ分。
「でも……大変なんでしょう? いくら私が許嫁だからってそこまでしなくても……どうせもう長くないし」
「そんなこと言うな!!」
「っ……ごめんなさい」
「あ……ご、ごめんなさい。僕も、つい……あまり自分を責めないでください。レーラがいなくなったら悲しむ人だってたくさんいるんですから」
「うん……そう、だね」
僕の言葉にレーラは小さくそう返事を返し、優しい表情を少しばかり暗くさせます。
言っている通り、彼女はもう長くはもたないでしょう。
医師の診断によれば、もう何百年も前に一度流行ったきりの不治の病だそうです。
出どころは全くの不明で、ここ五年かけても有効な治療法は見つかってはいません。
このことはレーラには伝わっていないはずなのですが……自分の体のことは自分が一番よくわかるということなのでしょうか。
だからこそ、彼女から出た一言に思わず声を荒げてしまいました。
僕は張り裂けそうな気持ちを抑えながらも、少し悲し気なレーラの手を握り、口を開きます。
「大丈夫ですよ、きっとよくなります。仮にダメだったとしても……最期の瞬間まで、僕は貴女の手を離しませんから」
「うん。……ありがとう。でも、無理はしないでね」
「もちろんです」
いつものやり取りを終えた後、レーラはそっと目を瞑り、眠りにつきました。
僕が王宮にくる日は、ここまでが決まった流れのようになっています。
調子のいい時はテラスに出て城下町を見たりはしますが、世話係の使用人さんが言うには、それもここ最近は週に一回できるかどうかだそうです。
不治の病魔は、確実に彼女の命をむしばんでいました。
「じゃあレーラ、また」
しばらくレーラの手を握り続けた後、僕は一言そう言い残し、部屋を後にしました。
次はドラゴン戦が終わった後。
そこで功績を収めれば―――僕はレーラと正式に婚約が決まります。
「……はぁ」
豪華な装飾で飾られた廊下には到底似合わないため息をこぼしながら、僕は王宮の出入り口に向かって足を運んでいきます。
正直あまり気は乗りません。
決してレーラが嫌いなわけではないのです……好意はありますし、薬を持ってくるのも本当に好きでやっています。
しかしこの好意とは〝LOVE〟ではないのです。
友人として、幼馴染としての好意。
だからと言って僕に拒否権はないですし、そもそも言い出しっぺは僕なのですから、NOと言えるはずもありません。
子供の頃、王宮の庭でレーラと遊んでいた時にでた軽はずみなセリフを、国王陛下は本気にされているのでしょう。
子供によくある「大きくなったら○○と結婚する!」というやつです。
これに義父さんも……果てには陛下も賛同してしまったのですから、収拾がつかなくなってしまったのです。
「レーラはどう思ってるんでしょうか……」
僕は構わないのですが……重要なのはそこです。
あの時、義父さんと陛下はノリノリになっていたのですが……レーラは何も言いませんでした。
時間がないからと言って、好きでもない男と無理やり結婚させられるのは……彼女の幸せを望む身として、絶対に避けなければならない行為ですから。
先ほどレーラが見せた悲しげな顔を思い出し、僕は再びため息をついてしまいました。
「こういう時、どうしたらいいんでしょうかね……エルナさんなら、どうしたでしょうか」
僕は育ちの関係で友人と呼べる人も全くと言っていいほどいません。
ですから参考になりそうな人間も、必然的に限られてきてしまいます。
彼女なら……いえ、〝彼〟だったらどうするのでしょうか。
「…………」
エルナさん……いえ、恵月さんだったら。
王宮を出て、目的地へと向かいながらも、ひたすら彼だったらどうするかというイメージをつづける。
正面切って断りに行くでしょうか?
それともおとなしく受け入れるのでしょうか?
はたまた何か別の方法で……。
「……だめですね。よくよく考えてみれば、僕はエルナさんのことを何も知りません」
苦笑いをしながら三度目のため息。
エルナさんと森の中で出会ってから、ずっと同じ屋根の下で暮らして……一緒にいる時間もそれなりにあったというのに、僕は彼女のことを全くと言っていいほどに知りませんでした。
忙しくしていましたし、プライベートにまで話が届かなかったのはあるのでしょう。
しかしながら、それでも……。
「友達と……どう接したらいいんでしょうかねぇ」
僕という人間はつくづく人付き合いというものを知りません。
そうこうしているうちに、僕は冒険者ギルドの扉をくぐっていました。
前回森のオークを討伐して以来ですから……少しばかり体もなまっていることでしょう。
僕は先ほどまでのことを頭の片隅で考えつつ、クエストボードに向かいます。
なるべく手強く……しかし強すぎもしない、鍛錬にうってつけな依頼を求めて。
「ドラゴン討伐ですから、同系統のモノがいいでしょうかね……しかし」
同じような目的で依頼を選んでいる方も多いでしょう。いいものがあるといいのですが。
森のドラゴン ドラグニールオオトカゲ20匹の討伐―――1,000G
ゴル渓谷 チビリュウの群れ討伐―――3,200G
ドラゴンモドキの駆除―――2,370G
ザリアース王国領 砂漠竜クジラの撃滅―――500,000G
「うーん。やはりこんなものですか……50万はさすがに。……ザリアースも遠いですしねえ―――おや?」
そんな時、クエストボードの片隅に小さく貼られた貼り紙が一枚。
明らかに正規の依頼書とは違う、まるでメモ書きのようなその貼り紙を手に取って、僕は声には出さずに読み取っていきました。
〝ファメール北西森林部に巨大な熊の存在を確認。以前同じ場所に小型のドラゴンを見たとの報告もあるので注意されたし〟
大討伐隊の情報は既に公にされています。
これに便乗して誰かがいたずらでもしたのでしょうか。
「熊にドラゴン……強そうなものを並べておけばいいという問題ではないのですが……――――!!」
気が付けば僕はギルドの扉を乱暴に叩き開け、王都の南門へ向けて走り出していました。
貼り紙の裏から……うっすらと透けて見えていたその一文を目にして、僕は居ても立っても居られなかったのです。
子供のいたずら……その可能性は否めません。事実、その可能性の方が大きいでしょう。
しかしどうしても、その一文だけが気になって仕方がありませんでした。
まるで隠すように書いてあった――〝どちらも出現時に森を霧が覆っていた〟という、重要な情報が。
「エルナさん……ロディ義母さん……どうかご無事で―――!!」
僕はただひたすらに走りました。
ファメール北西……王都から南西に位置するその森へと、馬車を使うことも忘れて。
『迷いの森の性質』という特定条件すらも、頭からはじき出して……ひたすらに。
大討伐隊結成まで―――あと27日。
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