1:18「俺と母さんは巻き添えを食らったようです」

「―――親父!!!」

「ど……どうした恵月、そんな慌てて……勉強するんじゃなかったのか?」

「それどころじゃないの……わかってるよな」


 デスクに向かっている親父に対して、少し強めに言う。

 あの手紙……いや、『赤紙』を読んだ後、俺はファルに一言断ってから急いで親父の部屋に戻ってきた。

 あそこに書いてあった内容はこうだ。




   【緊急クエスト】大討伐隊招待のご案内

            冒険者ギルド管理事務局


 拝啓

 皆様におかれましては、ますますご清栄のことと心よりお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

 さて、この度以前から告知のみしておりました「大討伐隊」の正式募集、および招待を行う運びとなりましたのでご案内させていただきます。


 尚、本件は緊急クエスト扱いとなりますので、招待のみの方につきましてはご参加いただかなくとも罰則等は発生いたしません。しかし以前より参加の意を表明してくださっていらっしゃる方につきましては、本通達の段階で強制参加となり、不参加の場合はクエスト失敗とみなし罰則が発生する可能性がございますので、ご留意くださいますようよろしくお願いいたします。


 また討伐対象につきましては、別途送付の討伐依頼書をご参照くださいますようお願いいたします。

                     敬具


          記

 日時 グラース暦266年緑リョクの月56日 正午


 場所 アルベント王国

    王都レイグラス 冒険者ギルド内


 対象 キョウスケ・オミワラ

    ファル・ナーガ

    ミァ・ジェイアント

    メロディア・レディレーク

    エルナ・レディレーク

    以上五名(表明あり、強制参加)


 その他 ギルドより支給品の配給を行います。

     詳しくは当ギルドスタッフまでお問い

     合わせください。




「……そうか、気付いちまったのか」

「ファルのおかげだよ……このことなんじゃないのか、さっき『言えなかったこと』って」


 問いたださなければならない。

 何故ギルドに加入していない俺と母さんまでもここに名前が載っているのか。

 いくら親父といえども、こんな死ぬかもわからないようなものに強制参加させるとは思えない。何かウラがあるはずだ。


 いやでもこっちに来るために殺されてるんだよなぁ……。

 …………前言撤回。少し、いや大分不安だ。


「すまん。いう通りだ……一応、こっちで撤回の手続きは進めてはいるんだが」

「撤回? ……てことは、間違いってこと?」

「ああ。覚えてるか? 母さんを迎えに行った時ギルド行っただろう?」

「う、うん……それが?」

「あの時にどうしてもって言われて申請したんだがな……『ウチの連中』とだけ言ったオレが悪かったんだな。お前たち二人はギルドには加入してねえから大丈夫だと思ったんだが」


 あの時……おそらくカウンターの前で待たされていた時だろう。

 何をしているのかと思えば、そんな危なっかしいことしてたのか……。

 ていうか、口ぶりからしてミァさんもギルドに加入しているということだろう?

 そっちはそっちで驚きだ! あの人戦えるの!? 戦うメイドさんなの!?


「じゃあ、俺たちは大丈夫ってことでいいのか?」

「んー……どうだろうなぁ」

「どうだろうなって……俺と母さんはギルド入ってないんだよな!? だったら大丈夫なんじゃないの?」

「それがなぁ……」

「……それが?」


 親父が腕を組み、ものすごく眉間にしわを寄せ、口も大きくへの字にして悩みこんでしまう。

 そんなに大変な手続きでもあるのか?

 それとも単純にルールとかなんかで縛られてたりとかするんだろうか。

 どのみち、母さんはともかくとして俺は戦闘などできない。何とかしてもらわないと困る。


「お前たち二人の数値がな……多分、あれもマズかったんだろうなぁ……」

「数値って……あのなんちゃらバングルで出たやつ?」

「アプティチュードバングルな」


 あれか……母さんはチートなので、まあ呼ばれるのもおかしくはない。

 しかし俺はどうなんだ? なんか俺の方もすごいとかなんとか言っていた気がするが、正直……いや、正直も何も全くそんな実感はない。

 記憶力がいいことは認めざる負えないけど。


 そういえばあの時、受付のお姉さんなんか言ってた気がする。

 こんな数字を見せられたら放っておけないとかなんとか……そんな感じのこと。

 あの時は親父があしらっていたが、その結果が今に結びついているのだとしたら非常に痛い。


「その顔は、どうしてこうなったか察しがついたって感じか?」

「う、うん……まあ、実感ないけど」

「まあ……そういうことでさ、二人とも目付けられちまってたみたいでな……極力何とかするが、もしもの場合は、形だけでも参加してもらうことになっちまう」

「……ちなみに、その討伐対象って?」

「ドラゴンだ」

「ドラゴン」


 ……ドラゴン。

 そっかードラゴンか。

 うんうんドラゴンねー。


「―――ドラゴン!!!???」

「それも王様級のな」

「親父は俺を殺す気なのかな!?」


 ドラゴンってあれだよね? あのドラゴンでいいんですよね?

 大討伐隊って……いや興味ありますけどね!

 死にますよね! 普通に!


 普通に考えて素人が向かって行っていいヤツじゃないですよね!?

 何!? ギルドの人って頭おかしいの!?


「まあまあ……死にゃしねえよ、流石に」

「いや死ぬよね!? 秒で殺される自信あるよ俺!!?? 冗談じゃない! 何とかしてくれ!!」

「だから極力するって……約束はできないけどよ、それに……」

「それに、なに!」

「万が一参加することになっても、お前たちはオレが守る……絶対にな。だから死なねえ、これだけは約束する」

「――!」


 真剣だった。

 最後の一言だけは、なぜか信用できる。そんな気がした。

 親父の身体に触れたからだろうか……? その自信が確たるものであるということだけは、確かに伝わってきた。


「……英雄……」

「ん? なんか言ったか?」

「い、いや! 何でもない……わかったよ、親父を信じる。このこと母さんは」

「ああ、もちろん知らねえよ。お前たち二人分の招待状は俺が前もって回収しちまったからな……ま、お前にバレたんだ。あとで伝えておくさ」

「そ……そっか……」


 母さんに伝わったらどうなることか……。

 多分、まず親父を止めようとするだろうな……それから、ファルも……ミァさんはどうだろう……。

 それか自分も行かせろと言いだしたりするんだろうか。

 あの母さんのことだ、俺だけ屋敷に置いていくなんてことも……。


(俺だけ……)


 俺は確かに戦えない。

 まだ魔法も使えないし、物理方面に関して言えば完全にすっからかん……その辺の女の子の方が力強いんじゃないかとすら思えてくる。

 それでも、一人で屋敷にいるくらいなら……母さんが反対するとしても、俺だけぬくぬくと留守番をしているくらいなら……。


「俺、やっぱり――」

「あー待て待て」

「! ……何さ」


 決意を固めようとしたところに親父が待ったをかけてくる。


「お前のことだ。母さんに伝えたらどうなるか、なんて想像してたんだろ? 答えを急ぐな、今日は緑の月20日。まだ30日以上……あっちで言う一か月は時間がある」

「で、でも俺――!」

「それよりお前、今日中にエルフ文字マスターするって言ってたよな」

「え? そ、そうだけど……それがどうしたんだよ」


 親父はデスクから立ち上がり、俺の目の前に立つ。

 そして俺の身長に合わせるようにスッとしゃがみ込んでみせると、懐から一つの親書のようなものを取り出して俺に差し出してきた。


「恵月、お前母さんといっしょにエルフの里行ってこい」


「…………」


「………………」


「 …………………………はァ!!!???」

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