1:15「トラウマには蓋をして」
痛い痛い痛い怖い痛い痛い怖い怖い怖い痛い痛い怖い痛い怖い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い怖い怖い怖い怖い怖い痛い痛い痛い怖い痛い怖い怖い痛い痛い痛いい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い痛い怖い怖い痛い痛い痛い怖い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い怖い怖い痛い痛い怖い痛い痛い痛―――――。
痛覚と視覚……俺の腕にじわじわと侵入してくる小刀から発せられるそれらの感覚以外のすべてが遮断される。
何も考えられない。
ただただ痛みと恐怖が頭の中を支配し、自分ではどうしようもなくなっていた。
「ああああああああアアァァあアァあああああぁぁああぁぁあアアァあああぁぁっぁアアアァああぁぁアアあアああぁあァああああああああアあああああぁアアアアアァァァいあああアアァぁあァあアアアあああっぁぁあああィァああぁあああいあいぁぁあアァァ!!!!!!!!!」
「チッ……うるせえなあ!! 喚くんじゃねえっつねんだろオオラァ!!!」
「あ――ッッッぁ―――あぁ――――――ッッッッ!!!!!!!?????」
ヒゲオヤジが怒りに任せ、俺の首を空いている左手で力いっぱい掴みかかった。
痛みと恐怖の上に窒息による苦しみにより、一気に精神の負担が何倍にも膨れ上がる。
記憶にはない……しかし魂は覚えているその『苦しみ』が、大きな波となって俺の感情という感情のすべてをかっさらって行く。
「あ……ア―――ァ――――――……」
「やっと静かになったか……このクソアマが……」
当たり前だ。
俺の前世での死因は『窒息死』。
例え記憶が無かろうと、その苦しみを一度は確実に味わい、そして死に至っているのだから。
覚えていないのに、思い出すことができないのに、しかし先に見える死の光景だけが、恐怖と痛みをすべて呑み込み塗り替えて、目の前に迫って来る。
全部見えなくなって、痛みも忘れて―――ただただ苦しくて。
働かなくなった脳みそが、楽にさせろと囁いてくる。
何も考えなくていい、何も恐れなくていい、何も感じなくていい―――無の世界へ連れて行けと。
「……―――いべ」
殺して。
口が塞がれていて、その言葉すらも音が濁る。
とっくにヒゲオヤジの手は俺の首から離れていた。
俺の腕に刺さったままの小刀にも手をつけず、ヤツはただただ俺を冷たい目で見つめている。
それはまるで、壊れたおもちゃでもみているかのように。
「……やりすぎたか……壊しちまった。まだこちとら収まらねえっつうのによォ……クソ」
「――――――――」
ふと、ヒゲオヤジの声がよく聞こえた。
何かを壊してしまったらしい……何をだろうか。
今この部屋には俺とヒゲオヤジの二人……それ以外は、開けっ放しにされた扉の陰に母さんが倒れているだけなはずだ。
……そういえば母さんは大丈夫だろうか。
まさか死んではいないと信じたいところだけれど―――――死?
さっき俺、どうして死にたいって思ってたんだっけ。
思い出せない、意識が遠のく……あれ、俺、なんでこんなところにいるんだ?
俺、確か母さんと町に出かけて、それから……。
そういえば、なんだか腕が痛い気がする……まるで何かに斬られてる様な嫌な痛みが……。
――――まあいいか。
それよりも、今は眠りたい。
このことはまた、起きてから考え――――。
ドッゴオオオオオオオオン!!!!!!!
「な!? なんだァ!!!??」
パールたちが出て行ったほうの壁が盛大な爆発音とともに弾け飛んだ。
ヒゲオヤジが爆発した方へ顔を向けるのと同時に爆風と砂煙で視界が塞がれ、なにやら二つの足音が騒がしく鳴り響いてきた。
そして砂煙が部屋を覆い尽くす中、今度は近くで大きな物音と代わるように一つの足音が消え、ヒゲオヤジと誰かの話声らしきものが微かに耳に入って来る。
もう一つの足音は俺のすぐ近くまで来て鳴り止み、すぐ後に俺の体が少し持ち上がるような感覚を覚えた。
「―――おい恵月!!!! しっかりしろ!!! 大丈夫か!!!!???」
「……おあ……い……?」
そして聞こえてきたその声に、なぜかすごく安心していた。
なぜだかはわからない。でも、なんだかすごく待っていたような気がする。
心が安心して、急激に眠気がやってきて……。
―――俺はその安心と引き換えに、意識を失った。
* * * * * * * * * *
「…………ぁ」
体が揺られている。
そんな感覚で目が覚めた。
「目が覚めたみたいですね……よかった」
「……ファル」
向かい合う席と席の間にしゃがんでいるファルが、俺に安堵のため息をつきながらそう言ってくる。
どうやらここは馬車の中らしい。
みると向かいの席には母さんが安らかな寝息を立てていた。
「大丈夫ですか? どこか悪いところなどは……」
「……大丈夫、多分…………」
「よかった。奥さ……ロディ義母さんも、少し危ないところでしたが今はもう大丈夫です。明日には日常生活に戻れるでしょう」
「危ない……ところ……?」
「……エルナさん?」
母さんが危なかったって……何のことだろう。
俺は母さんと町にでて、アリィにオーダーメイドの服ををお願いして、それから――。
屋敷に戻って、扉を開けようとしていたところまでは覚えている。
それから先が、まるでモヤがかかったかのように思い出せなくなっていた。
何か、何か大事なことを忘れているような気がしてならない。
親父に関する何か……重要な手掛かりをつかんでいた気が―――――!!
「痛ッッ!!」
「エルナさん!?」
一瞬、頭が割れるような鋭い痛みが走った。
……思い出せない。
一体あの後何があったというのか……少なくとも、いい思い出ではないことだけは何となくわかるのだが。
思い出さなければいけないのに、どうしても思い出すことができない……まるで心の奥底にトラウマでも植え付けられたかのように。
「大丈夫……少し、頭痛がしただけ」
「そう、ですか……。外傷はそれほど深くありませんでしたが、どうか安静に。もうすぐお屋敷も見えてきますから」
「う……うん」
そう言えば親父は……?
馬車の中には俺とファル、寝ている母さんの三人以外見受けられない。
御者台に居るようにも見えないし、荷台は見えないが……。
「ファル……親父は」
「あ! そうですね。義父さんは犯人の三人組を王都に連れていくと言うので、この馬車には乗っていません。おそらくですが、明日にはお屋敷に戻るかと」
「……そ、そう……わかった」
犯人。三人組。
気になるワードが出て来はしたものの、これと言って何かを思い出せる気はしない。
無理に思いだそうとしない方がいいのだろうか。
「………………」
思い出さない方がいいのかもしれない……しかし一方で、絶対に思い出さなければいけない気がする。
そんな二つの相反する思いに気持ち悪さを感じながらも、俺はそれをファルに打ち明けられないまま馬車に揺られ行く。
……結局、そのまま馬車は何事もなく、ファメール外れの親父の屋敷へと到着した。
俺は馬車を降りると、母さんを抱えているファルに代わって屋敷の扉を開けようと思い、一足先に扉の前まで歩いていく。
そしてドアノブに手をかけようと、人差し指が触れた―――その時。
「ッッッ――――!!!」
声にはださなかった。
いや、出せなかったというべきか。
「? エルナさん?」
「あ、うん。なんでもない! 今開けるよ。早く母さんを連れてってあげて」
俺は何事もなかったかのように扉を開け、母さんを抱えているファルから先に屋敷の中へと入れる。
二人が入るのを見届けた後、俺も普通に屋敷の中に入り、扉を閉めた。
そしてその場に寄りかかるように背中を任せ、先ほどドアノブを握った手を見てみる。
確かに感じた不快感。
死ぬほど息をが詰まるような……一瞬ではあったものの、そんな不快感が確かに全身を襲ってきた。
「……『英雄』」
何があったのかはわからない……詳しくは何も思い出せない。
俺は震える手を見つめながら、頭に浮かんできたたった四文字の言葉の意味を、寝るまで考え続けていた。
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