第三十三章 神鳥騎士団 -7-

 下級神ともなると、ある程度自分の周囲に神力で領域を構築している。

 ファリニシュやアンヴァルも、程度の差はあるがそうしている。


 フワルシェーダもまた、おのれの膨大な神力に任せて、周囲に自らの領域を展開していた。


 ゆえに、並みの人間では、障壁まで魔力が届かない。

 フワルシェーダの領域に入った魔力は、圧倒的な神力にかき消されてしまう。

 飛竜リントブルムのような精密な魔力操作によってではなく、桁違いの神力による暴力である。


 ぼくがまだフワルシェーダに攻撃を仕掛けていないのは、それが見てとれたからであった。

 中途半端な攻めは、彼には一切通用しない。

 むしろ、それで隙を見せれば、やられるのはぼくの方だ。


 フワルシェーダの神力の矢は、一発一発はぼくにとって恐れるものではないが、あの飽和攻撃をずっと続けられたら、先にぼくの神力が尽きる。

 人間と下級神の神力の差が出るだろう。

 だが、フワルシェーダは、長期戦を選べない。

 何故なら、ぐずぐずしていれば、麾下の騎士が全滅してしまうからだ。


 砂漠にいるとは言え、人間ではファリニシュを止められない。

 同じ眷属として、フワルシェーダはそれがわかっている。

 ゆえに、短期決戦を狙って、フワルシェーダは間合いを詰めてくる。

 それが、ぼくの狙いでもある。


 光閃。


 右斜め上から、神速の斬撃が降ってくる。

 その速度、神力をまとった威力、食らえばぼくの障壁ごと真っ二つに斬り裂かれるのは間違いない。

 だが、ブンゴと戦った後では、この程度の斬撃などぬるいものだ。


 フワルシェーダも十分剣の達人と言える力は持っているが、ぼくの眼にはその兆しが見える。

 剣速はむしろブンゴより速いかもしれないが──。


 太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーを展開中のぼくなら、回避は容易だ。


「人間が、これをかわしますか!」

「この程度の剣なら、もっと上の人間がいるからね」


 二撃、三撃と光速の剣が振るわれる。

 黒騎士シュヴァルツリッターの秘技が常時飛んでくるようなものだが、あれより読みやすかった。

 まあ、当然だろう。

 技というのは、人のものだ。

 神は、技など使う必要がない。

 その力だけで、人など簡単に凌駕してきたのだ。


 だから、その保持する力以上のものは出せない。


 とはいえ、体力も神力も豊富に持つフワルシェーダである。

 一撃で駄目なら、手数で勝負してくるのは、わかっていた。


「ほざきなさい!」


 眷属の膂力は、人間とは比較にならない。

 振られた剣が、ありえない位置で止められる。

 軌道を変えて、ぼくの動きを追ってくる。

 黒騎士シュヴァルツリッターとの戦闘経験がなければ、斬られていただろう。

 だが、その経験が、ぼくの身体を無意識のうちに動かした。

 無限の軌道を描くフワルシェーダの斬撃を、余裕をもって回避し続ける。


「フワルシェーダ、お前の負けだ」


 小刻みに動きながら、挑発を続ける。


「お前の敗因は、人を侮ったことだ。神の力に溺れ、研鑽を怠った。それでは、ぼくには勝てない。ま、ぼくに勝てない程度の腕じゃ、魔王に歯向かおうとは思わないだろうさ」

「貴様などに、魔王の何がわかると言うのですか!」


 フワルシェーダの眉が跳ね上がる。

 ぼくの言葉が、効いたようだ。


 当たらない斬撃に業を煮やし、一歩深く踏み込んでくる。


 骨を断つ一撃!


 それを、無形カタチナキモノの自然体から、フラガラッハの抜剣で迎え撃つ。


 上段から降ってくる刃を、体を捻ってかわすと、横なぎに振り抜いた。


「が……は」


 手応えは、あった。


 頑強な神の障壁ではあるが、フラガラッハでなら斬れる。

 だが、それでも、やや浅かったか。

 致命傷には到っていない。

 フワルシェーダの目には、まだ光がある。


「小細工を……人間の分際で……」


 やはり、ぼくは剣だと技が甘いのか。

 アセナの拳ならば、あのタイミングなら決めていたはずだ。

 しかし、無手では、あの障壁を突破できない。

 加護を相殺し合うフラガラッハだからこそ、フワルシェーダまで届くのだ。


「主様! 気を付けなんし!」


 ファリニシュの叱声が飛ぶ。


 わかっている。

 今まで遊んでいたフワルシェーダが、本気になった。

 やつの剣から、神力が膨れ上がっていく。

 刃が当たらなくても、周辺ごと吹き飛ばす気だ。

 ひどい力押し。


 だが、正しい。

 並みの人間ならば、その神力の波濤に抗う術はない。


「お逝きなさい、神敵、アラナン・ドゥリスコル!」


 閃光。


 神鳥スィームルグの王が選択したのは、まさに神速と言っていい速度の突き。

 やつにとっても、切り札であろう。

 弧を描く斬撃で捉えきれないなら、直線で攻める。

 ぼくへの到達時間は、その方が早い。


 だが。


「スヴェン・クリングヴァルの弟子が、突きで斃されるわけにいくか!」


 展開している神力に、やつの切っ先が触れる。

 その瞬間、反転して刃をやり過ごし、懐まで呼び込む。

 見開いた目は、フワルシェーダの驚きの証。

 刎ね飛ばされた首が、驚愕を貼り付けたまま地面へと落下していく。


「お見事なんし。飛竜リントブルムもお褒めくださりなんしょう」


 騎士たちを片付けたファリニシュが戻ってくる。

 うん、いまのは会心だった。

 領域支配ドミーネン・シュタイアルンクでやつの神力の炸裂を抑え込まなかったら、吹き飛ばされていたのはぼくの方だ。

 神の神力制御を上回ったのは、素直に嬉しいね。


「ま、あいつは力はあったけれど、技も制御も甘かったからなあ。才能にかまけて修練を積まないとああなるってことだね」


 地上での戦いも、終わっていた。

 空の戦力を失い、利あらずと見てか、アルキンの騎馬隊は退いていた。

 撤収も鮮やかで、非凡な指揮官であると窺わせる。

 あのナーディル・ギルゼイに追撃を許さないのでだから、たいしたものだ。

 油断はできない。


「緒戦はこんなところだな」


 深入りは避けたのだろう。


 舞い降りたぼくとファリニシュに、ナーディル・ギルゼイはぶっきらぼうに言った。


「バルディアーの残党の追撃で隊を乱しちまったからな。アルキンの野郎に掻き回されちまった。正直、お前らがいなかったら、危なかったぜ。此処は大人しく、退いておくに限るさ」

「本隊を、待ちますか?」

「ああ。先行し過ぎた。だが、まあ戦果としちゃ十分だろう。本番であれに上空にいられたら、相当厄介だったぞ」

「そうですね。空を制されたら、迂闊に前進できなかったでしょう。遊撃で捕捉できて、幸運でした」


 下級とはいえ、フワルシェーダは神の一員だ。

 力を十全に発揮されたら、人間では太刀打ちできないだろう。

 マタザと一緒に来られたりしたら、勝つ道筋は見つけられなかったかもしれない。


 だが、勝った。

 正直、ブンゴの方が厄介だったくらいだ。

 それを考えると、フワルシェーダが魔王に屈服したのが理解できる。

 彼程度の神では、立ち向かえないのだ。


 本格的に魔王の軍団が襲来したら、どうなるのだろう。

 不吉な予感に囚われ、思わず体を震わす。


 その未来は、そう遠くない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る