第三十三章 神鳥騎士団 -1-

 イ・ラプセルの騎馬隊の現在の隊員は、十七名である。

 指揮官はノートゥーン伯爵エリオット・モウブレーであり、基本的には隊員は学院の高等科生で占められている。


 ぼくとファリニシュは別格として、ノートゥーン伯の両翼とも言える幹部級と言えば、イフリキアの青衣の民ケル・タマシェクイシュマール・アグ・ティナリウェンと、北方はダンメルクのデーンの海賊ブリジット・トリアーだ。

 二人とも実戦の現場の経験があるが、特にティナリウェン先輩は一人前の戦士の風格をすでに漂わせている。


 他に主力となるのは、ジュデッカの海商ジリオーラ・ブラマンテ、アルマニャックの伯爵令嬢マルグリット・クレール・ド・アルトワ、そして同じくアルマニャックの属性魔法師オーギュスト・ベルナールだ。

 彼らくらいまでは、魔族の騎兵が相手でも、単騎で勝ちを拾える。

 元々高等科でもトップクラスの連中であるし、自分の身は自分で守れるだけの力はある。


 だが、此処より下の下位の九人となると、ちょっと心許なくなってくる。


 ぼくの目の前で槍を磨いている少年と、座り込んだ馬に寄りかかって寝ている青年。

 最年少のステファン・ユーベルと、アルトドルフの冒険者ギルド支部長の息子のアルバート・マルタンだ。


 ステファンは、ヴォルフガングがいたころは、彼とよくつるんでいた。

 正直、後から入ったヴォルフガングにあっという間に追い越されていたが、それでも年が近いせいか話しやすかったのだろう。

 ヴォルフガングが帝国に帰った後は、ぽつんと寂しそうにしていた。

 だが、最近はアルバート・マルタンと一緒にいることが多い。

 

 アルバート・マルタンは、図太い性格だ。

 こんなときに寝ていられることでもわかるように、緊張や恐怖とは縁がない。

 物事にそれほどこだわらないし、それにお喋りでもない。


 彼は、その気になれば一日中沈黙でも楽しめるタイプの男だ。


 ステファン・ユーベルは逆にせかせかしてるし、お喋りだ。

 それも、相手に喋らせないで自分のことを一方的に話すタイプである。

 だから、この二人が一緒にいると、ずっとステファンが喋り続けることになる。

 アルバートはそれを気にもしないし、うるさいとも言わない。

 だから、ステファンも喋りやすいんだろう。


 クリングヴァル先生だったら、五分でステファンの頭を叩いている。


「──なんだ、アラナン。珍しいな、何か用か?」


 暫く二人を凝視していたら、アルバートが薄目を開けてふんと鼻を鳴らした。

 属性魔法アトリビュートと剣を平均的に使えるアルバートは、高等科生の中では一番汎用性が高い。

 いまのぼくは、意図的に消そうと思わなくても、大抵の人には魔力も気配も感じさせないのだが、アルバートはちゃんと気付いていた。

 ちなみに、ステファンは全く気付いていない。


「決戦が近いからね。みなの様子を見て回っているんだよ」

「ご苦労なことで。まあ、おれたちゃ大丈夫さ。ステファンも、こう見えて神経は太い」


 確かに、人の都合も考えずに喋りまくるステファンは、そんなに細やかな神経ではないだろう。


「おれらより、オーギュストの腰巾着どもを見てやりな。あいつらは、オーギュストに似てやたらと繊細だ」


 アルバートが顎をしゃくった先には、やはり二人の青年がいる。


 アルマニャックのサヴォギア伯爵領の騎士の息子であるジュスタン・ド・ドゥヴァリエと、フラテルニアの聖修道会修道士であるソラル・ギザン。

 中等科で属性魔法アトリビュートを選択し、オーギュスト・ベルナールを尊敬して彼にいつもくっついている二人である。

 ベルナール先輩が魔法攻撃を受け持つ場合、この二人とチームを組んで行うことが多い。

 三人の遠距離属性魔法の火力はなかなかのものだが、アルバートの言うとおり、三人ともかなり繊細なタイプだ。

 クリングヴァル先生のがさつさを嫌っているし、ぼくもあまり好かれていない。

 まあ、基礎魔法ベーシックの鍛練は、無理やりやらされていたけれどね。


 学院の花形は属性魔法アトリビュートだという信念があるらしくて、基礎魔法ベーシックを軽視していた過去の意識をなかなか変えられないようだ。


 ぼくが彼らの方に向かっても、特に彼らに変化はなかった。

 ジュスタンは魔法書を読んでいるし、ソラルは瞑想している。

 だが、集中できていないのは、すぐにわかった。

 魔力の流れが、若干滞っている。

 精神状態がよくないと、こうして流れが淀むのだ。


「ソラル、ちょっと」


 サヴォギアの騎士家であるジュスタンには、あまりぼくに強制力はない。

 だが、ヘルヴェティアの修道士であるソラル・ギザンは、大魔導師ウォーロックの直属の部下とも言えるぼくを無下にはできない。

 瞑想を邪魔されたソラルの表情は歪んだが、仕方なさそうに立ち上がって歩いてきた。


「──なんですか、アラナン。出陣はまだでしょう?」


 サナーバードを発って一週間が過ぎている。

 歩兵はゆっくり街道を進んでいるが、騎馬はそれぞれの隊ごとに先行していた。

 偵察任務も兼ねての先行である。

 状況を把握したら、伝令を飛ばして随時報告する。


 もっとも、ぼくらはジリオーラ先輩をハーフェズの側に残してきたので、念話でいつでも情報は交換できた。

 それが、ぼくらイ・ラプセルの騎馬隊の強みのひとつでもある。


「たいしたことじゃないよ。ちょっと、魔力の流れが、此処で滞っているようだからさ」


 ソラルに後ろを向かせ、背中に手を当てると、肩に向けてゆっくりと上げた。

 ソラル程度の基礎魔法ベーシックの練度なら、体内の魔力にもある程度干渉できる。


 数ヶ所、魔力の流れが悪くなっているところをほぐしてやると、ソラルは目を丸くして驚いた。


「え、なんか体が軽くなりましたよ? アラナン、何をしたんです?」

「ちょっと魔力に歪みが出ていたから、直しただけさ。どうだい、気休めだが、戦いの前には悪くないだろう」

「癪ですけれど、感心しました。こんな芸当もできたんですね」

基礎魔法ベーシックも侮れないだろう。全ての魔法の基礎なんだから、ちゃんとやれば見返りは大きいぞ」


 ちらちらと、ジュスタンがこっちを見ている。

 ソラルが羨ましいようだが、やってほしいとぼくに頼むのはプライドが許さないのだろう。

 難儀な性格だ。


 こっちからジュスタンを呼ぶと、いやいやそうにしながらも、ジュスタンは拒絶しなかった。

 ジュスタンは、特に肩の滞りがひどい。

 手を当てて魔力を動かしていると、なんか温かい、と不思議そうに呟いた。


「魔力は生命の力だ。魔力が体を巡れば、そりゃあ温かくなる」


 ぼくの言葉を聞いて、何故かジュスタンは悔しそうにしていた。

 ぼくに何かしてもらうと、借りを作るようでいやなのかもしれない。


 二人の魔力詰まりを解消してやっていると、ビアンカとイザベルが興味深そうに立ち止まり、自分たちにもやって欲しいと言ってきた。

 同期と後輩の頼みだし、快く引き受けようと思ったが──。


 なんとなく直感が働き、そろそろ出陣の時間だからと言って断る。

 踵を返した先には、ファリニシュとアンヴァルとマリーがいた。


 もぐもぐとパンを飲み込みながら、アンヴァルが言った。


「ちっ、勘のいい野郎ですよ。修羅場が見れると思ったのに」


 ぼくは無言でアンヴァルからパンを取り上げた。

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