第三十一章 ハライヴァの猛虎 -8-
ノートゥーン伯爵エリオット・モウブレーは、魔法学院最強の学生であった。
学院の生徒でありながら、
その実力は明らかに他の生徒とは一線を画しており、自他ともに認める学院随一の実力者であった。
だが、誰もが予想もしなかった事態が起きる。
不良教師の教え子の中等科生──まあ、ぼくのことだが──に、学院最強の高等科生が
高等科を襲った衝撃は巨大なもので、高等科生は一時期みな一様に調子を落としたくらいであった。
しかし、それで彼らは終わらなかった。
軽視していた
そしていま、その成果が目の前に現れていた。
ノートゥーン伯が身に付けたのは、このふたつだ。
だが、それだけで十分だった。
伯爵が進むと、その先にいる敵兵は
彼の槍の技倆はクリングヴァル先生とは比べるべくもないが、騎士の平均的水準よりは上であるし、その圧倒的速度で補えたからである。
イ・ラプセルの騎馬隊は、ノートゥーン伯を錐の切っ先とし、鋭くハライヴァ軍に入り込んだ。
右から入り、斜めに先頭を目指して切り裂く。
そのため、敵の後続の圧力を横から受ける左側に、ティナリウェン先輩、トリアー先輩、ジリオーラ先輩が配されていた。
ティナリウェン先輩は、不可視の
魔力の多さで勝る敵兵の障壁を斬り裂けるのは、ティナリウェン先輩の
左から殺到するハライヴァ軍の多くがこの刃で一掃されたが、それでも突破してくる手練れには、トリアー先輩が
空中を乱舞する槍まで魔力で強化しているところが、トリアー先輩が進歩したところだ。
この二人の活躍で、多くの敵兵が中距離で薙ぎ倒された。
だが、圧倒的に数が多いハライヴァ軍は、トリアー先輩の槍も突破して接近してくる。
だがそこで、彼らは幻影のジリオーラ先輩に翻弄された。
敵兵の前に出現した数十人の分身に、トゥルキュト人の傭兵が襲いかかる。
だが、彼らがその幻影と戦っている間に、ぼくたちはさっさと通り過ぎた。
神馬の加護を受けた騎馬隊に、彼らは追い付けない。
少し敵を足止めすれば、その速度を生かして十分突破できる。
この突破で、多くの学院生は必死でノートゥーン伯に付いていっているだけであった。
置いていかれたら、死を意味する。
駆けることに慣れていないイザベルなどは、ものすごく真剣な表情で付いてきている。
意外とビアンカの方が余裕があった。
彼女は馬術の腕は一流だからな。
「アラナン、さぼってるんじゃないですか?」
アンヴァルの言うことにも、一理ある。
ぼくは、この突撃でまだ何もしていない。
先輩たちの活躍を見ているだけだ。
だが、それでいいのだ。
ぼくやファリニシュに頼ったままでは、他の学院生の成長がない。
「いいんだ。みんな、強くなっている。初めてフェストに出た頃のぼくだったら、結構危ないかもしれないな」
「あの鍛練狂に付き合っていれば、誰でもそうなりやがりますよ。脱落しなかったのは、流石高等科生ってやつですね」
「そうだね──おっと」
突入した角度的に左からの圧力が強かったわけだが、此処まで割って入ると右側からも攻撃が来る。
だが、右側には、ぼくとファリニシュとマリーがいた。
突っ込んできた騎兵が二人、瞬時に凍りつく。
こんな火と風の魔力が強い土地でも、ファリニシュにかかればこの程度の芸当はできるのだろう。
北の地なら、軍団ごと凍りつかせているところだ。
砕け散る氷像の陰から、更に一騎。
「魔力にあかせた障壁じゃあ、所詮この程度ってやつですよ」
面倒、とばかりにアンヴァルが
殺到しつつあった騎馬の一隊が、絶叫とともに炎に包まれる。
確かに彼らは魔力も多いし、
ぼくやファリニシュ、アンヴァルは加護や神器で十分だが、ノートゥーン伯たちの場合は
魔力の多い東方の連中を倒すための技術が、
「とはいえ、例外はいるよな」
ターヒル・ジャリール・ルーカーンやデヴレト・ギレイが
西方ならともかく、魔力の多い東方で英雄と呼ばれるには、相応の実力がないと勤まらない。
「アラナン!」
ノートゥーン伯の声。
ついに、伯爵がハライヴァ軍の先頭に迫っていた。
ノートゥーン伯でも戦えるだろうが、勝てるかはわからない。
此処からが、ぼくの出番だ。
「殺すなよ」
最前線に躍り出る。
その瞬間に、フラガラッハで群がる敵を数人両断する。
そのぼくの背中に、伯爵が声を掛けてきた。
「無茶苦茶言いますね!」
「ぺーローズは、これからの戦いに必要な武将だ。皇子殿下には、イスタフルで魔王の侵攻を止めてもらわねばならん」
「まず、勝てるかどうかがあると思うんですがね!」
「勝てるさ」
ノートゥーン伯は、自信をもって断言してくる。
「アラナン、お前ならできる」
そう言っている間に、もうぺーローズの間合いまで近付いていた。
しかし、障壁を破るだけでも苦労すると思うのに……。
なおかつ、殺さないように手加減しろって相当難易度が高いと思うんだけれどね!
「西方の連中が」
ぺーローズのイスタフル語は、早口で聞き取りにくい。
イスタフルに来る前に言葉は叩き込まれたが、未だによくわからないときがある。
言語体系が、西方とはだいぶ違うのだ。
これが、ヴィッテンベルク語とアルビオン語くらいならさほど大きな違いはないのだが……。
「その数で此処まで突破してくるとは見事。だが、時間はかけられぬ。この鉄棒の錆にしてくれよう」
馬を駆けさせたまま、ぺーローズが馬体を寄せてくる。
左から、唸りを上げて鉄棒が降ってくる。
あれも、ぺーローズの魔力で補強されている。
下手に食らえば、一撃で障壁を砕かれかねない。
が──。
「どうですかね」
フラガラッハで、ぺーローズの鉄棒を弾き返す。
脳天を砕くつもりで振るった一撃を弾かれ、ぺーローズが眉をひそめた。
巨漢のぺーローズと比べ、ぼくは筋力がそこまであるようには見えないだろう。
だが、彼とぼくでは、
「確かに、貴方は強い、ぺーローズ・カーゼンブール。でも、怖くはないんですよ。ぼくも、化け物とばかり戦ってきたんでね」
フラガラッハを突きつけると、ぼくは僅かに口角を上げた。
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