第三十一章 ハライヴァの猛虎 -6-

 上空に上がり、神の眼スール・デ・ディアを発動する。


 前方を行く中軍のギルゼイ部族の足が、止まっていた。

 前軍のドラーニ部族が、まだ行軍隊列が乱れたまま立ち直っていなかったのだ。

 あの乱れようを見ると、ペーローズ・カーゼンプールの一撃は、よほど強力で鋭いものだったのだろう。

 だが、彼はそこで勝利に固執せず、すぐに離脱した。


 移動しながら索敵するが、ハライヴァ軍の姿はない。

 パシュート人の精鋭が、追撃すらできなかったとはただ事ではない。

 ハライヴァの騎馬隊は、予想以上の練度を持っていることになる。


「あの切り裂かれ方を見ると、右の丘の上から現れて、左の丘に駆け去っていったんだろうね」


 ドラーニ部族の行軍隊列の、右側に追い散らされた兵はいない。

 みな、左側に逃げている。

 右から圧力を加えられた証だろう。


「あの峰の方に向かっているですよ。蹄の痕跡が、残っているです」

「そうだな。でも、よく痕跡がわかったな」

「馬の足跡くらい、神馬なら追えて当然ってやつですよ」


 得意気なアンヴァルだが、実のところぼくだってできる。

 そもそも神の眼スール・デ・ディアはぼくの権能だ。


 うん、あの峰の向こうに回り込んでいるな。

 迂回して、次は足の止まったギルゼイ部族の兵を叩くつもりか。

 機動力を生かしたいい攻めだが、見破られては威力も半減だ。


(ペーローズの騎馬隊を発見。ナーディル・ギルゼイの横腹を食い破るつもりのようです)


 地図化マッピングにしるしを付けて、ノートゥーン伯に送ってやる。

 伯爵は、その獰猛な動きに思わず唸りを上げた。


(ううむ、思った以上に好戦的だな、猛虎ヴァグルは。アラナン、ペーローズの足を止めてやれ。それで、ナーディル・ギルゼイなら十分対処できる。そうしたら、サナーバードの騎馬隊を捕捉に向かってくれ)

(わかりました)


 急速に接近する騎馬隊。

 一糸乱れぬ動きは、統率の高さを窺わせる。

 トゥルキュト人傭兵の騎乗技術なのか、ペーローズの指揮能力なのか。

 恐らくは両方だろうが、そう何度もやらせはしない。


 とりあえず、上空から聖爆炎ウアサル・ティーナを投下する。

 この乾いた大地では火と風の魔力が強く、炎熱系の魔術はいつもより威力が大きい。

 派手に起きた爆発に、騎馬隊の先頭を駆ける数人の騎兵が巻き込まれ──。

 そして、無傷で突破してきた。


 うお、これみんな障壁持ちか。

 流石に魔族の血が入っているだけのことはある。

 一般の兵でも、普通に身体強化ブースト魔法障壁マジックバリアを持っているよ。


 上空のぼくを発見したか、一斉に矢が飛んでくる。

 これ、矢にも魔力が込められているな。

 遠距離攻撃に魔力をまとわせるのは、高等技術なんだが。


 アンヴァルが紅焔ジャラグティーナで迎撃。

 魔力ごと、大量の矢を焼き払う。

 その間に、ぼくは大量に聖爆炎ウアサル・ティーナをばらまいた。

 流石に、騎馬隊の足が止まる。

 障壁を破壊され、十数人の騎兵が吹き飛んでいた。


「十分かな。ナーディル・ギルゼイも気が付いた」

「あそこに、ペーローズ・カーゼンプールがいやがりますよ」


 爆発で、ギルゼイ部族も襲撃に気付いたようだ。

 行軍隊列を戦闘用に組み直し、ペーローズの騎馬隊に向かってきている。

 その状況に、ペーローズは利あらずと見たのか。

 反転すると、さっさと引き揚げにかかっている。

 如何にも猛将っぽい巨漢の武将であるが、戦術眼は確かだよな。


「ナーディル・ギルゼイに任せるさ。サナーバード軍を探しに行こう」


 逃走するトゥルキュト人たちを、パシュート人が追撃していく。

 トゥルキュト人はシルカルナフラにも入り込んできており、パシュート人は敵愾心を持っている。

 元々北方にいたパシュート人の先祖は、トゥルキュト人の先祖に逐われたせいもあるだろう。

 あまり、深入りしすぎなければいいが。

 騎乗技術では互角でも、地の利はハライヴァ軍にある。


 それでも、歴戦の猛者であるナーディル・ギルゼイを信用することにする。

 戦争の素人であるぼくよりも、その辺りの見極めは確かだろうし。

 パシュート人は頑固で誇り高いから、下手に手を出すと怒られそうだ。


「ペーローズをとっとと片付ければ、こんな捜索なんてしないでも済むと思うのです」

戦士長フラマンタールカスパールが言っていただろ。ハライヴァは、客人の手を借りずに落とすって。これでぼくがペーローズを討ち取ったら、彼らの面目丸潰れじゃないか」

「とっとと連中の鼻を叩き折っておいた方が、後々楽だと思うのです」


 相変わらずこの神馬は過激だな。

 言っていることの意図はわかるが、それでシルカルナフラ軍の結束まで崩れたら元も子もない。

 せっかくハーフェズが集めた軍団を、ぼくの手で叩き壊してどうする。


「だめだ。性急すぎる」


 こつんとアンヴァルの頭を叩くと、神馬は不満そうに鼻を鳴らした。

 だが、それ以上は言わず、黙って西へと飛び始める。

 文句は言うが、仕事はきっちりやるのがアンヴァルだ。

 ファリニシュよりは危なっかしいが──。


 山地を抜けると、南にハライヴァを臨みつつ飛び続ける。

 この辺りはもう、岩石と砂ばっかりだ。

 ヴィッテンベルク帝国は、人が踏み入れぬ深い森があちこちにあるが、此処イスタフルでは広大な砂漠が人の行く手を阻む。

 砂の中には巨大な魔物もいるし、決められたルート以外を通れば待っているのは死だけだ。


 とはいえ、高速で空を行くぼくらには関係ない。

 街道から外れると見失ってしまうので、それだけ視界に入れながら一気にハライヴァからサナーバードへと向かう。


「アラナン」


 それが見つかったのは、ちょうどサナーバードからハライヴァへの中間ほどにあるオアシスだった。

 先ほどの戦闘から、一時間ほどが経過している。

 ナーディル・ギルゼイは、まだペーローズを追いかけ回しているようだ。

 こっちが、サナーバード軍を捕捉する方が早かったな。


(見つけました。サナーバードの騎馬隊、一万騎。すでにハライヴァまで三、四日の位置に来ています)

(トルテジャーンのオアシスか。思ったより行軍が速い。イスタフルの騎兵は昔ほどの強さはないと思っていたが、外国人傭兵に切り替えて戦力を保っているようだな)


 地図化マッピングで位置を送ると、ノートゥーン伯は嘆息したようだ。

 暫く考え込んでいたが、やがて念話が返ってくる。


(その一万騎、足止めできるか?)


 無茶を言ってくるなあ。

 エーストライヒ公国軍とは、訳が違う。

 この一万は、一人一人が身体強化ブーストを使ってくる。

 そりゃ、一対一なら敵ではないだろうが、これだけの数となると力押しも怖い。


(流石に、一人じゃ厳しいですね。サナーバード軍一万騎の武将が、並みの武人であるはずもないでしょうし)

(──そうだな。いや、いい。向こうの策の裏付けが取れただけで十分だ。帰ってきてくれ)


 サナーバードの騎馬隊は、トルテジャーンで水を補給し、また駆けるつもりのようだ。

 タルタル人に追い払われたトゥルキュト人傭兵が、その中核である。

 率いている武将も、パールサ人ではなく、トゥルキュト人のようであった。


 あれも、強い。

 遠くから視認しただけでもわかる。

 少なくとも、油断できる相手ではない。

 セイレイスのターヒル・ジャリール・ルーカーン並みの存在感がある。


 猛虎ヴァグルと合流されては、厄介なことになる予感がしていた。

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