第二十四章 イ・ラプセルの騎馬隊 -10-
ウルクパルが、ぼくの周囲を円を描くように回る。
円環。
どちらかというと直線的なアセナの拳に比べ、ウルクパルの拳は円を描くことで循環し続けることができる。
うーん、アセナの拳の欠点を知る者だからこそか。
このまま突っ込んでも、苦もなく捻られる未来しか見えない。
たとえ、
どうにかして、ウルクパルの捌きを掻い潜らねばならない。
アセナの拳士の突き出た両腕は、本当に厄介だ。
ヴォルフガングが、ぼくとの対峙で迂闊に踏み込めない気持ちがよくわかる。
「若いくせにやる気がないですね。センガンなら、もっと喜んで突きかかってくるものですが」
ウルクパルは構えたまま回り続ける。
向こうから攻撃はしてこない。
受けの姿勢ということか。
クリングヴァル先生のような激しい攻めにも辟易するが、上級者にこうして待ち構えられると本当に隙が見出だせない。
ウルクパルの両手は魔力によって難攻不落の城壁と化している。
その城壁を何とかできれば、少しは戦うこともできるんだが。
待てよ、城壁か。
グウィネズ大公の
ぼくの表情が変わったのを見て、ウルクパルが微笑む。
攻撃の気配を察知されたか。
「覚悟が決まったようですね。アセナの拳士らしい一撃を期待していますよ」
「どうかな──ぼくは邪道だからね!」
通用しないと言った大技で、あえて突っ込む。
魔力がぼくの右腕で渦を巻き、螺旋を描く。
半身で構えていたウルクパルは予想通りぼくの外側へと動き、膝を押し付けて動きに制限をかけ、両手で右手を制しようとしてきた。
その瞬間、ぼくは右腕にまとった
できれば、この一撃で決めたい。
何度も通用はしない。
大地を踏みしめる足に力を込め、その力を螺旋に変えて魔力を乗せる。
左手まで伝わった力が解放されようとしたとき、ぼくの毛が逆立つ感覚が走った。
危険感知?
理屈はわからないが、咄嗟に踏み込みを止め、大地に転がって回避を選択する。
いつの間にか、右頬が熱くなっていた。
触れてみると、少し抉れたような擦過射創がある。
いつの間に撃っていたのか。
「──お前もアセナの拳士の誇りはなさそうじゃないか」
「ひひひ!」
整った容貌が歪む。
唇の端が吊り上がり、まともそうに見えていたウルクパルの邪相が露となる。
「アセナの拳で来てくれれば、こっちは読みやすくて楽ですからねえ。でも、今のは驚きましたよ。相手の魔力を吸収するなんて、イリグやアルトゥン並みの魔力の扱い方です。近距離でわたしの
正直言って、気持ち悪いな。
東方系にしては鼻筋の通った細面の美形だから、余計にこの変わりようが怖い。
しかし、準備動作なしで近距離から
どうやって戦うべきか。
「さて、怖じけて来られないようですね。仕方がない、こちらから行きますか」
ウルクパルの動きが変わる。
円を描くような歩法から、真っ直ぐ踏み込んでくる歩法に。
アセナの拳。
滑るような歩法で、遠距離から間合いを詰めてくる。
まだぼくが習っていない歩法だ。
大きく上から手刀が降ってくる。
柔の拳からの剛の拳。
込められた魔力は尋常じゃなく、迂闊に受ければ骨を砕かれる。
体をかわしてウルクパルの腕を捉え、
だが、すぐに抵抗を感じ、掴んだ指を弾かれた。
やはり、ウルクパルほどの使い手は、易々と魔力を吸収させはしない。
ならばと足を払おうと飛ばすが、逆に外側に膝を入れられ、動きを封じ込まれる。
「技には見るべきものがないですねえ、アラナン・ドゥリスコル」
まずい。
この態勢、次に来る技が読めてしまう。
アセナの拳最大の衝撃力を持つ体当たり。
これをまともに食えば、こちらの魔力制御までずたずたにされる。
残された手は──。
同じ技で返すしかない!
大地を踏みしめ、力を伝えて肩口から背中へと魔力を通す。
念のため、一枚そこに
同時に来る激しい衝撃。
吹き飛ばされ、激痛が全身を包む。
くそ、うまく体が動かせない。
色々狂わされて──魔力も回せないな。
それでもかろうじて上体を起こすと、ウルクパルも吹き飛んでいるのが見えた。
相討ちか。
技の練度も態勢もウルクパルの方が上だった。
「情けねえなあ、ウルクパル。おれの弟子と相討ちになっているようじゃ、おれにも
能天気な声が、頭上から降ってくる。
鮮血で体を染めたクリングヴァル先生だ。
見ると、もう上空には
まさか、もう五騎とも討ったのだろうか。
「壁を越えたのですか、スヴェン・クリングヴァル」
「ああ。もう、お前程度じゃ、おれは止められねえぜ。やる気なら、いつでも相手になってやるが」
ウルクパルは、乱れた髪を直すと騎馬隊の気配が去った戦場を見回し、首を振った。
「やめときましょう。今回は、ケルテース・ラースローの支援だけです。アラナン・ドゥリスコル程度と遊ぶのはともかく、貴方と命のやり取りは予定にない」
ウルクパルの魔力は乱れていないようだ。
相討ちとは言っても、こっちはただ吹き飛ばしただけ。
ウルクパルにとっては、ちょっと痛かった程度だろう。
このまま続けていれば、間違いなくやられていた。
「今回は、退かせてもらいますよ。あれだけ損害を出せば、ケルテース・ラースローも一時撤退せざるを得ない。やれやれ、たった一人にマジャガリーの精鋭が退却とは、情けない話です」
「おれ一人だけなら、ケルテース・ラースローは幾らでも迂回して行けただろうさ」
声は聞こえているが、いつの間にかウルクパルの姿が見えなくなっている。
本当に、手を抜かれていたんだろうな。
気配は一切感じ取れないが、それでもウルクパルが遠ざかるのはわかった。
クリングヴァル先生が、頭を掻きながらぼくに手を差し出してくる。
「ファルカシュ・ヴァラージュは倒したんですか?」
「いや、やつだけ逃げられたよ。後の四騎は始末したんだが。まあ、追ってもよかったんだが、不肖の弟子がやられていたからなあ」
先生の手を借りて立ち上がると、素直に頭を下げる。
「面目ない。まだ、ぼくでは勝てないようです」
「安心しろ。次は勝てるようにしてやるさ」
にっこり笑ったクリングヴァル先生に、ぼくの背中の毛が逆立ったのは言うまでもない。
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