第二十二章 選帝侯会議 -7-
半壊した大聖堂を出て、ボーメン王の宿に退避した。
事情を聞いた王妃殿下は、右手で卓を叩いて憤りを表現する。
ブランデアハーフェル辺境伯の裏切り、票決での敗北、センガンの襲撃、大聖堂の崩壊、パユヴァール公の死、その責任の押し付けと、まさしく敵の思うようにやられた会議だった。
ボーメン王とザッセン辺境伯の表情も厳しく、王妃の怒りに唇を噛み締めていた。
「レナス帝領伯はどうしたのです」
低い声で王妃が問うと、ハンスが進み出て答えた。
「レナス帝領伯は、クルト卿とともに引き上げました。以前からの計画通り、身分の低い騎士層を糾合して兵を集めるつもりでしょう」
レナス川流域は、大諸侯が少なく所領の小さい騎士層が多い。
「ヨハンが向こうにいるなら、わたしは迂闊に動けない」
ザッセン辺境伯が無念そうに言う。
本来なら、ザッセン辺境伯とブランデアハーフェル辺境伯が帝国北部の兵をまとめるはずだったのだ。
だが、ブランデアハーフェル辺境伯が敵となった以上、そちらに備えなければならない。
実質的に、こちらの主力兵団をひとつ壊滅させられたに等しいな。
「ポルスカ、マヴァガリー、エーストライヒの三方向からの攻撃を受けては、ボーメンは支えきれん」
「ペレヤスラヴリとクィリム、それにセイレイスに使者を出しましょう」
王妃の意図はわかるけれど、ペレヤスラヴリはともかく、
でも、もしデヴレト・ギレイやターヒル・ジャリール・ルーカーンが動いてくれたら、それは凄い戦力になるだろう。
何せ、その実力はフェストでこの目で確かめているのだ。
「パユヴァール公の後継者にも接触するべきね。爵位は誰が継ぐのかしら」
「長男と次男は死んでいるので、三男のフーベルトですが──まだ十一歳です。わたしの父が後見になるかと思います」
ルイーゼさんが頬を紅潮させながら言った。
彼女の父親は、ホーエンローエ家の分家のランゲンブルク侯だ。
大きな力は持っていないが、ホーエンローエ家の中では年長者だ。
頼れるかもしれない。
「その子とランゲンブルク侯の説得をお願いできるかしら?」
「お任せ下さい、王妃殿下」
エーストライヒ公は見せしめのつもりでパユヴァール公の命を奪ったのだろうが、逆効果になるんじゃないだろうか。
ルイーゼさんがいるんだから、センガンが誰の命令で動いているかホーエンローエ家が誤解するはずがない。
「シュドゥアゲルト公、ブライスガウ伯、アルス伯、ファドゥーツ伯ら帝国南部の諸侯はエーストライヒ公寄りですわね」
「アレマン人の基盤だから、致し方あるまい」
ボーメン王は肩をすくめるが、王妃は強い光を目に宿して口を開いた。
「そこは、ヘルヴェティアに期待してもいいのかしら」
唇に手を当てて考えていたレオンさんが、王妃の視線を感じて頷いた。
王や貴族の前でもリラックスしてるね、レオンさんは。
「恐らく、ロタール公も動く。
「問題は、アルマニャックとラーヘ・ランデンね。アルマニャックは、交渉次第でしょうから使者を送ってみましょう。でも、ラーヘ・ランデン──フランデルン伯を押さえる勢力がないわ」
「そこは、フリースラントで聖修道会の信徒を蜂起させることができる」
流石はレオンさんだ。
でも、あれだよな。
絶対、これボーメン王より奥さんを皇帝にするべきだ。
王妃殿下の方が、いざというときに頼りになるよ。
その後、学長に報告したりなんだで遅くなったので、夕食は
最近、忙しくて美味しいものを食べてない気がする。
もっとあちこち旅行しがてら土地の味を探求したいんだが、そうもいかないのがつらいところだ。
そして、フランヒューゲルでのやることは終わった。
諸侯たちも帰還の準備をしているし、ぼくにも学長から帰還指示が出ている。
大人しく戻ろうと考えていたんだけれど、血の気の多いあいつがこのまま静かにしているはずがないんだよな。
自分の宿に戻ったところで、堂々とセンガンが一階の食堂でソーセージを頬張っていやがる。
「おい、センガン。お前パユヴァール公殺害の犯人が堂々とこんなところにいていいのかよ」
呆れながら近付くと、センガンは歯を見せて笑ってきた。
「ボクが、そこらの衛兵に捕まると思っているのか?」
脂のついた指を舐めると、センガンは軽やかに立ち上がった。
「じゃあ、人気のないところに行こうか? 断ってもいいけれど、そのときは此処で暴れるよ?」
「何だ。ぼくの首も取れとシュヴァルツェンベルク伯に言われたか?」
「んー? キミとやるのは、アセナの正統の証明のためだね。キミも、クリングヴァルも、
物騒な話だ。
しかも、この街にはこいつだけじゃなく、他にも
下手にセンガンに集中しすぎると、いきなりウルクパルに殺される可能性も考えなきゃならない。
そうすると、こいつに付き合うのは危険すぎるな。
「逃げたら、ザッセン辺境伯を殺すからなー。いやあ、手応えないのとばっかりやっていると欲求不満になるんだよねえ。その点、キミとやるのは楽しかったしな」
「戦闘狂か! はあ、わかったよ。軽く相手をしてやる。街の外に行くぞ」
対戦を了承すると、センガンが嬉しそうににやにやしてきた。
しかし、どうするかなあ。
こいつは、動きはぼくと互角だし魔力も豊富だ。
それでいて、拳の技倆はぼくより高い。
そんな相手に正攻法で行っても、勝てる可能性は低い。
──薄々はわかっていたんだけれど、
何をやればいいかはわかっているんだが、上手くいかない。
街を出て、街道から外れたところでセンガンと対峙する。
彼は勿論素手である。
アセナの拳に誇りを持つセンガンは、武器を持ちはしない。
だが、こっちはフラガラッハとタスラムを両手に構える。
足りないところは、武器で埋めるしかない。
「やはり、お前は拳士じゃないな」
センガンは鼻で笑うと、勢いよく拳を撃ち合わせた。
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