第二十二章 選帝侯会議 -6-
「──本気か、ヨハン」
ザッセン辺境伯の口許がひくついていた。
最も信頼していた友人の裏切りに、感情を抑えきれていない。
「本気だとも、ハインリヒ。仕方がないんだよ。わたしは、教会とは本気で対立はできない。プルーセン騎士団は、教会の騎士団なんだよ。ローゼンツォレルン家は、ルウム教会を守護せねばならないんだ」
ブランデアハーフェル辺境伯の声には、後悔の響きはなかった。
どの時点からこうするつもりだったのかはわからない。
だが、護衛についていたレオンさんとルイーゼさんの目を誤魔化して接触できるやつなんて、一人しかいないだろう。
ウルクパルめ。
暗殺ではなくて、秘密裏に使者として出向いていたのか。
「卿らの支持に感謝しよう」
席に座ったまま、鷹揚にユリウス・リヒャルトが手を振った。
「余は一度ヴィエンに戻った後、すぐにルウムに向かう。マイン大司教、戴冠式の手筈は任せるぞ」
「お任せを、陛下」
すでに、勝った後のことも考えていたのであろう。
新たなるヴィッテンベルク王は、冷静に指示を出していく。
それに対し、ボーメン王はまだ衝撃から回復しきれていない。
まずいな。
此処で下手に自暴自棄になられても困る。
「フレデリック卿」
とりあえず、ボーメン王の隣に控える筆頭騎士に目配せする。
彼ならば、冷静に判断できるはずだ。
ひとまずは、撤退するしかない。
そして、戴冠式の前に戦いを起こすのだ。
皇帝に即位する前は、ただのヴィッテンベルク王。
ボーメン王と対等なんだ。
「──帰るぞ、ハンス、クルト卿」
一番初めに動いたのは
やはり、武人は切り替えが早い。
恐らく、一番無念であっただろうに。
「パユヴァール公、卿の選帝侯の資格は臨時のものであったな」
その動きに合わせるように、ユリウス・リヒャルトが言葉をかぶせてくる。
「レナス帝領伯の選帝侯の任を解く。その位は、パユヴァール公に与えるものとしよう」
太っちょの細い目が見開かれた。
ユリウス・リヒャルトを裏切ってボーメン王を支持したことで、粛清されると思っていたのかもしれない。
くそ、こっちが態勢を立て直す前に、意志が弱いパユヴァール公を切り崩す気だな。
「──わたしは、帝国を護る剣と言われてきた」
「だが、いまその名をお返ししよう。わたしが仕えるお方はすでに逝かれた。これ以上、この老体も必要あるまい」
「余に逆らえば、爵位も失うことになるぞ、アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラー」
「爵位に何の未練があろうか。わたしには、一振りの剣があれば十分だ」
そのまま、
クルト卿も慌てて追うが、ハンスは父親を心配したかまだ残っている。
「フレデリック。プラーガに戻るぞ」
そして、ようやく茫然としていたボーメン王が立ち上がった。
フレデリック卿はちらりとエーストライヒ公を見たが、彼は特に止めようとはしなかった。
この場で戦闘行為をするつもりはないようだ。
ほっとしてボーメン王に続こうとしたとき、大聖堂の外に強大な魔力が解放されるのを感知し、ぼくは思わず王を抱えて伏せた。
「危ない!」
轟音と同時に震動と瓦礫の崩落が襲ってきた。
くそ、誰だ、大聖堂に向けて爆炎魔法を撃ったやつは。
いや、ごめん、誰かとか聞かなくてもわかっている。
あんな膨大な魔力を持つやつなんて、そうそういない。
この見境のない攻撃っぷりは──センガンだ。
魔王の末裔が、殴り込みをかけてきやがった。
周囲を見回すと、瓦礫に潰されている人も何人かいたが、ザッセン辺境伯は無事だった。
他はと見ると、エーストライヒ公は身動きもしてないのに、傷ひとつ付いていない。
護衛が全部瓦礫を砕ききったのだ。
ブランデアハーフェル辺境伯は自力で瓦礫を回避している。
流石に弟や息子があれだけの武才を持っているだけのことはある。
大司教たち三人やパユヴァール公は多少瓦礫を身に受けていたようで、血を流して倒れていた。
護衛の中には瓦礫に潰されているのもいるから、かなり危険だったようだ。
ま、あいつらはどうでもいいか。
それより問題は、センガンの方だ。
「センガン──
煙の中から姿を現した少年に、その意図を尋ねる。
こんなところで、味方も巻き添えにした襲撃を掛けてくるなんて、正気の沙汰とも思えなかった。
「ボクの名はアセナ・センガン」
無邪気に笑いながら、センガンが歩を進めてきた。
「
言うなり、床を砕くほどの踏み込みでセンガンが迫ってくる。
いや、これはぼくに向かっていない。
向かう先は──パユヴァール公?
「何を考えていやがる!」
大聖堂の中にいる者は、武器を持っていない。
対応できるのは、ぼくだけだ。
フレデリック卿に抱え起こされているパユヴァール公が、大きな音に振り向こうとする。
そこに向けて繰り出された
何とかその右腕に拳を当てて逸らそうとしたが──。
強大な魔力の回転にぼくの拳は弾かれ、センガンの右拳がそのままフレデリック卿もろともパユヴァール公を貫いた。
「痴れ者め。
すかさずそこに、エーストライヒ公の声が響き渡った。
「その者を捕らえよ!」
同時に、エーストライヒ公の隣に控えていたセンガンの父親から恐ろしい気配が放たれる。
瓦礫に打たれて転がっている大司教や護衛たちは、その気配だけで失神したようだ。
センガンはいたずらっ子のように笑うと、気配に押されて一歩下がった。
「おっと、こいつはおっかない。ボクでもまずそうな相手だ。今日のところは、この程度にしといてやるよ」
身を翻し、センガンが去ろうとする。
「ま、待て!」
追おうとするが──まだザッセン辺境伯も残っている以上、この場から離れるのもまずい。
しかし、まさかこんな手で来るとは。
「アセナ・センガン。あれは──エーストライヒ公、貴方の差し金ではありませんか」
顔を埃で汚したルイーゼさんが立ち上がった。
「かの者は
「何を言うか、ホーエンローエ嬢。かの者は自ら
エーストライヒ公め、嵌めやがったな。
自分に逆らったパユヴァール公の始末をしつつ、その責任をこっちに押し付ける気だ。
この絵図を描いたのは、シュヴァルツェンベルク伯か。
やつの策略は──本当に悪辣だな!
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