第二十二章 選帝侯会議 -5-
ヴィオルン大司教の眠くなるような演説が続いている。
内容はろくに耳に入れてなかったが、神が──エルがエーストライヒ公を選んだと言いたいらしい。
皮肉なものだ。
ユリウス・リヒャルト・フォン・ヴァイスブルクは、ルウム教会とずっと手を組む気などないだろう。
皇帝になるために利用しているに過ぎない。
それはルウム教会も同様で、聖修道会の力を削ぐためにエーストライヒ公を担いでいるだけだ。
何れ、両者は決定的に対立する。
だが、現状では共通の敵であるボーメン王と聖修道会を前に、嫌々ながら協力しているという形だ。
「──魔王が東より来る。大悪魔アッタルの力を得た死の軍勢が、西方へと雪崩れ込む。そのとき、エーストライヒ公が西方諸国の軍を率いて立ち向かう。これは、神のもたらした預言なのだ」
ヴィオルン大司教は、最後に怪しげな預言を紹介して終わる。
エーストライヒ公が言っていた東からの脅威とは、再度の魔王──戦いの神アッタルの加護を持つ人間の来襲であろうか。
初代魔王の末裔というなら、マヴァガル人やボルガル人辺りが後継を名乗っているが、エーストライヒ公に従うマヴァガル人や、セイレイス帝国に征服されたボルガル人が脅威になるとも思えない。
所詮、空想に過ぎないのではなかろうか。
ヴィオルン大司教の長い話のせいで、円卓に座る諸侯にもやや疲れが見えていた。
だが、それを振り払うようにレナス帝領伯が立ち上がり、先代皇帝の遺志は、レツェブエル家と血縁関係にあるリンブルク家に皇帝位を継がせることだと主張した。
基本的に、帝位は選帝侯会議で決まるものであり、先代皇帝の意志は関係ない。
だが、それでも
常に一心同体で行動をともにしてきた彼だからこその思いであろうが──だからこそ、誰の耳にも届かない。
淡々と語る彼の言葉を聞いている者は、誰もいなかった。
ザッセン辺境伯や、ブランデアハーフェル辺境伯ですらさえも。
彼らは彼らの利害で動いており、それだけに利害を超えた感情で動く
唯一、
武を極めた者として、帝国最強の剣士に興味があるのだろうか。
いや、座っているときと違い、立っているこの状態なら、
それゆえの警戒であろうか。
だが、愛刀を持たないこの状況では、
このセンガンの父親──恐らくは
センガンは、速度ではぼくに匹敵するものを持っていた。
その師であろうこの男が、それに劣るはずがない。
同等の速度であれば、技倆に勝るこの男が優位である。
唯一センガンより劣っているところといえば、彼の魔力の量だろう。
センガンが母親から受け継いだであろう魔王のような圧倒的な魔力を、この父親は持っていない。
恐らく、この男も空を飛べはしないだろう。
立体的な勝負に持ち込めば負けはしないだろうが──アセナの拳は一撃を食らえば終わりの可能性もある。
ハンスあたりはこの男の実力に気付いてそうだが、よく押し潰されずに耐えているな。
ぼくの反対側にいるフレデリック卿は──緊張感が半端ない。
隣が
身動きした瞬間に殺されるとでも思っているのか、脂汗を流しながらも微動だにしていないな。
まあ、フレデリック卿とは立場が違うからな。
そして、レナス帝領伯の話が終わる。
彼の思いは、結局誰にも理解されないであろう。
敵は当然だが、味方とて先帝を尊重しているわけではない。
立場と利益でそうなっているだけだ。
その意味では、彼はハンスに相応しい師なんbだろうな。
気質がハンスとよく似ている。
クリングヴァル先生とは、大分違うよね。
続いてマイン大司教が立ち上がろうとしたが、その前にパユヴァール公が大きな音を立てて立ち上がった。
立ち上がるだけで椅子を潰す気だろうか。
太りすぎなんだよ。
「茶番はこれくらいでよかろう。わたしの入れる票で勝負が決まるはずだ。暑い最中、だらだらと評議をすることもない」
実際、パユヴァール公はだらだらと汗を流している。
少しは
彼は、涼しい顔で微動だにせず座っているぞ。
「わたしは、ボーメン王を支持する。それで決まりだ。ヴェンツェルが皇帝になればいい。その後のことは、ヴェンツェルが決めろ」
昨日の会談で、ザッセン辺境伯は、パユヴァール公からちゃんと支持を取り付けていた。
脅しが効いたんだろうけれど、実際魔力を放出して威圧をかけたのはぼくだ。
感謝して欲しいものである。
とりあえず、土壇場で心変わりをすることを警戒していたが、これで心配もなくなった。
後はパユヴァール公の言う通り、ボーメン王のヴィッテンベルク王位を認めるだけだ。
選帝侯会議は長引くこともあるらしいが、一日で決まってよかったな。
おっと、安心して一瞬センガンの父親から注意を逸らしてしまった。
これが戦闘中なら、殺されているところだ。
慌てて視線をエーストライヒ公の方に戻すが、そこで小さな違和感を感じる。
エーストライヒ公が、笑っていた。
パユヴァール公の支持を失い、敗北が決定したのに、全く勝ちを疑わないようなその目。
まさか、
彼の隣にいるシュヴァルツェンベルク伯もまた、いつものように冷笑を浮かべている。
あれは、自分の勝利を全く疑っていない笑みだ。
「パユヴァール公はボーメン王を支持したが、わたしは当然エーストライヒ公を支持する。それで、三対三だ」
マイン大司教が立ち上がり、両手を広げて天井を見上げた。
大袈裟な動作をする──注目を集めるのが好きなのであろう。
「で、卿はどうされるかな、ブランデアハーフェル辺境伯」
マイン大司教の視線が、正面にいるブランデアハーフェル辺境伯に移る。
その表情を見たとき、何故かわからないが、次に来る展開がわかったような気がした。
この大司教もまた、口許を緩めてにやついていたのだ。
「──では、エーストライヒ公を推薦させて頂こうかな」
アルフレートの父親の言葉に、大聖堂内の空気が固まった。
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