第二十二章 選帝侯会議 -4-
聖バルトマイン大聖堂の奥の円卓には、九つの座席が用意されている。
一般人立ち入り禁止の今日の大聖堂に入れるのは、会議の参加者と二人の護衛だけだ。
ぼくはフレデリック・フォン・バルトシュタイン卿とともに、ボーメン王の護衛として会議に参加している。
向こうの護衛の多くは大したことはないが、エーストライヒ公にはシュヴァルツェンベルク伯と、そしてもう一人誰かはわからないが異様な気配の男が付いていた。
正直、
向こうの手駒でそこまでの圧倒的な強さを持つ男の心当たりは、二人しかいない。
イフターハ・アティードか、アセナ・センガンの父親か、そのどちらかだろう。
どっちだとしても、ぼくより強い可能性はある。
会議は、マイン大司教の仰々しい挨拶から始まった。
ヴィッテンベルク王の宰相──実質的な帝国宰相である彼が、選帝侯会議を仕切るのは致し方のないことだ。
聖バルトマイン大聖堂はルウム教会の支配下にあるし、聖修道会のベルンシュタイン総主教は入れない。
何より、この会議で選出するのは、実はヴィッテンベルク皇帝ではなく、ヴィッテンベルク王である。
ヴィッテンベルク王は自動的にラティルス王とブルグンド伯を受け継ぐが、それに加えて教皇から皇帝戴冠してもらい、初めてヴィッテンベルク皇帝になれる。
教会の権威を受けて、初めて皇帝と認められるのだ。
その意味では、聖修道会と組んでいるボーメン王の立場は微妙なものとなっている。
マイン大司教の挨拶の後、ユルゲンに似た頑強な巨体を揺らして、トレヴェリンゲン大司教が立ち上がり、エーストライヒ公をヴィッテンベルク王に推した。
それに対し、ザッセン辺境伯が立ち上がり、ボーメン王を対抗馬として推挙する。
此処までは、出来レースみたいなものだ。
誰もがわかっていることを、ただなぞっているだけに過ぎない。
推挙を受けた若きエーストライヒ公──ユリウス・リヒャルト・フォン・ヴァイスブルクがゆっくりと立ち上がる。
彼の体からは、まるで炎でも背負っているかのような覇気が押し寄せてくる。
剣の腕では
あの野心家のシルヴェストリ枢機卿が手を組もうと思ったのも、フェストで彼と直接会話をしたからであろう。
「エーストライヒ公爵にしてアレマン人の守護者、ユリウス・リヒャルト・フォン・ヴァイスブルクだ。わたしが皇帝にならねば、東から来る脅威には対抗できん。教会とは、すでにその件で一致している。卿らの賢明な判断に期待する。以上だ」
エーストライヒ公の言葉は堂々として力強く、それでいて簡潔であった。
マイン大司教の、中身がないくせにやたら長い挨拶とはまるで違う。
それだけに、東からの脅威が何を指すのかが気になった。
セイレイス帝国はリンドス島で敗れ、
現状、東に大きな脅威があるとは考えにくい。
何か、それ以上の強敵の情報がエーストライヒ公にはあるのだろうか。
──考えられるとしたら、
彼らは元々は東方の出身。
すでに西方に来てから何代も世代を重ねているであろうが、未だに東方に耳があっても不思議はない。
「ボーメン王にしてチェス人の守護者、ヴェンツェル・フォン・リンブルクである」
エーストライヒ公に続けて、ボーメン王が席を立つ。
正直、エーストライヒ公に比べれば、ボーメン王は凡庸だ。
身にまとう雰囲気、オーラというものがボーメン王には欠けている。
だが、それだけに帝国に嵐をもたらすようなことはしないだろう。
エーストライヒ公は、間違いなく帝国を血と混乱の渦の中に叩き込む男だ。
「リンブルク家の名において、帝国に秩序と安寧を約束しよう。神の栄光と慈悲のあらんことを」
ボーメン王も、だらだらと長い話はしなかった。
どのみち、すでに諸侯の立場は明確なのだ。
此処で長い演説をしたからと言って、変わることはない。
ボーメン王が着席すると、ヴィオルン大司教が立ち上がり、エーストライヒ公を支持する演説を始めた。
パユヴァール公と対照的に、ろくに食事もしていないのではなかろうかと思うくらい痩せ細った男である。
声もぼそぼそと内に籠っており、この男がよく大司教に出世できたなと不思議に思うくらいだ。
話を聞いていても意味がないので、ぼくはエーストライヒ公の右に控えている中年の男に注意を向ける。
老人というほどの年ではないように見えるが、伸ばした髪は真っ白であった。
まとう魔力はセンガンほど膨大ではないが、それ以上に武術の腕が尋常ではなかった。
この大聖堂の中では、何処にいても彼の間合いに入っている。
恐らく
彼の注意も、この男に向けられているのがわかる。
こいつが動いたとき、反応できるのはぼくと
ハンスでも無理だろう。
だが、
これでは、立っている敵に対して、反応は僅かに遅れる。
つまり、初擊はぼくしか対応できない。
ぼくが反応できなければ、誰かが死ぬ。
可能性が高いのは、ボーメン王だ。
シュヴァルツェンベルク伯は、ぼくや
相変わらず、嫌みな性格をしている。
だが、この男が
先帝が崩御したとは言え、法令はまだ生きているのだ。
それだけ、連中も危険を侵している。
だが、ぼくがこいつの攻撃を受けられるなら、逆に敵に
──いや、よく考えろ。
ぼくが想定していた
予想外の強さの人間の出現に気を取られたが、本来
あいつが堂々と姿を現して護衛などするはずがない。
どこかに、身を潜めている可能性はある。
ちらりと、ブランデアハーフェル辺境伯の後ろに立つレオンさんに視線を移す。
レオンさんは小さく頷いた。
当然、此処には武器も
大聖堂には、魔法を封じる結界も張られている。
銃も持たないレオンさんは戦闘能力を封じられたも同然だが、歴戦の狙撃手の経験はこういうときに生きる。
ウルクパルを見つけられるとしたら、レオンさんしかいないだろう。
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