第二十一章 乱世の胎動 -4-
夜の帳も降りており、街の人通りは急速に少なくなっていった。
そんな中、行き交う人の会話を耳にして気付いたのが、言葉だ。
多くの人が話している言葉は、ポルスカやペレヤスヤブリに近い言葉で、何を言っているかよくわからない。
ヴィッテンベルク語通じるだろうか、ちょっと心配だな。
それでも、宿の主人はヴィッテンベルク帝国の商人も相手にしているせいか、言葉が通じて助かった。
下手をしたら、野宿になるところだったぜ。
夕食に出てきたのは、素朴な土鍋の煮込み料理だった。
羊の肉に玉ねぎとじゃがいもをトマトスープで煮込んでおり、卵とチーズでとじていた。
夏にはちょっと熱いけれど、味は悪くないな。
もう少し調味料を効かせると鋭い味になるんだろうが、フラテルニアの最先端の料理と比べるのも失礼だな。
食堂の客同士の会話はほとんど聞き取れなかったが、ヴィッテンベルク語のできる商人から聞いた話によると、セイレイスとヴィッテンベルクの二人の皇帝の運命は、いまホットな話題であるようだ。
「
ヴェアンからきたというアレマン人の商人は、三杯のビールを奢ってやると滑らかに口が回るようになった。
「まあ、天罰はともかく、近いうちにボーメンが戦場になるってのは衆目の一致したところだ。あそこにはいま行かない方がいいな」
大した話は聞けなかったが、こういう噂が出回るのが早いことだけはわかった。
そして、どうなるのか注目も集まっている。
翌朝暗いうちに、早々にサルディカを後にした。
軍の主力がいないとはいえ、衛兵が不在なわけではない。
空から街を出入りする少年とか目撃されたら面倒だ。
北西に向かって薄暗い山中を飛んでいくと、次第に東の空が明るくなっていく。
空から見る日の出というものもいいものだな。
三時間も飛ぶと、スタラ・プラニナ山脈を抜けて平原に出る。
マヴァガリーの南部に広がるドゥナントゥール平原だ。
平原の南を東西に流れる大河ヒステールのほとりには、古都シンギドゥンが偉容を見せている。
少し前まではマヴァガリーの一部であったが、いまはセイレイス帝国の領土となっていた。
マヴァガリーは侵攻する北上軍を破ったとはいえ、ヒステール河の南は取り戻せていない。
途中、携行した食糧で食事をしながら北西に向かい、ドゥナントゥール平原を斜めに突っ切っていく。
過去に初代の魔王の軍団が根拠地とし、いまもマヴァガル人の軍団が本拠としているドゥナントゥール平原は、山岳の多いこの近辺では稀有な広大な牧草地を有している。
遊牧を生業としたマヴァガル人が軍団を保持するのに、この近辺ではドゥナントゥール平原ほど適した地はない。
その騎馬軍団は、百年前なら無敵ともいえる攻撃力を持っていた。
いまは、セイレイスの鉄砲部隊を撃ち破るのは難しいであろう。
ただ、竜騎兵がいれば、全く話は別である。
一日飛び、西にベルナー山脈が見えてきたあたりでドゥナントゥール平原が終わった。
少し北に行けば、エーストライヒ公国の公都ヴェアンである。
大河ヒステール沿いに走る東西の街道と、ポルスカからジュデッカまで走る南北の街道が交わる十字路。
それが、ヴァイスブルク家の本拠であるこの美しき都ヴェアンだ。
此処に来たら、やはり名高い
夕闇に紛れて空から街に侵入すると、早速よさそうな宿を探す。
「申し訳ない。今日は肉料理は
だが、入った宿屋では、今夜のメニューに
何ということだ。
リンドス島からはるばる千二百マイル(約千九百キロメートル)も飛んできているのに、カツレツひとつないとは!
だが、ないものは仕方がない。
大人しくビールを飲みながら、
このソースは何だろう。
酸味と甘味の中に突き抜ける辛味。
林檎にホースラディッシュが入っているな。
うん、いける。
宿は、凄い人数の商人や傭兵、冒険者でごった返していた。
流石に大都市である。
今まで見てきたどの都市よりも、人が多い気がする。
南北に山脈を抱えたヴェアンは、魔物の出没件数も多い。
それだけに、冒険者もかなりの人数が揃っていた。
流石に近郊に凶悪な魔物は出ないから、圧倒的に
ま、ぼくも
ヴェアンでは、流石に選帝侯会議の話題でもちきりだった。
エーストライヒ公の代替わりは、もう規定路線のようだ。
すでに、発表もされているらしい。
この大事な時期に老練な当代公爵が引退して、まだ若い長男に引き継ぐとはあり得ないとも思ったが、本当にやってしまうとは驚きだ。
「父親を引退させて聖界諸侯票を固めるとは、息子は相当な遣り手だぜ」
ユリウス・リヒャルトに対する地元の評価は悪いものではない。
ひそひそと話し合っている商人に耳を傾けると、結構ディープな話題も飛び交っている。
「息子の方が、ルウム教会にポルスカ王国の再布教を許したらしいぞ」
「本当か? だが、あそこの新女王は異教徒だろう」
「女王の信仰には干渉しないという条件付きのようだ。ポルスカのルウム教徒もそれなりに人数がいるからな。女王も全員殺すわけにはいかないだろうし、妥協点として歩み寄ったんだろう」
「しかし、教会とポルスカ現王家が手を握ったら、旧王家を支援していたボーメンのリンブルク家は見捨てられた形か」
「だから、聖修道会を味方に付けたようだぜ」
聞き捨てならない話であった。
ヴァイスブルク家とルウム教会の手打ちの話は予想されていたが、聖修道会がリンブルク家に肩入れするというのは初耳だ。
今まで、できるだけ帝国の騒動には深入りしないようにしてきたヘルヴェティアが、どうして今頃片方に寄った立場をとることにしたんだろう。
まあ、正式には聖修道会とヘルヴェティアはイコールではないが、そう見られているのも事実だ。
いよいよヴァイスブルク家とルウム教会との対決の方向に舵を切ることにしたんだろうか。
だとしたら、何が原因なのであろうか。
翌日はヒステール河沿いに西に飛び続けた。
河の向こう側は山が広がっており、直線で北西に飛ぶよりは、河沿いに飛んだ方が楽だ。
四時間も飛ぶと、レーゲンシュタットの街が見えてくる。
以前、ポルスカに行ったときに見た風景まで戻ってきたな。
残念ながら、ヒステール河とは此処でお別れだ。
河は南西から流れてきて、レーゲンシュタットで折れて南東へと去っていく。
ぼくが向かうのは北西だ。
一時間も飛べば、ネーンベルクの街が眼下に見えてくるだろう。
レーゲンシュタットはパユヴァール公国の中心都市のひとつであるが、ネーンベルクまで来るともうパユヴァール公国の領域は抜けている。
昔はこの辺りはフランヴィッツ公国としてまとまっていたのだが、いまは分裂を繰り返してネーンベルク伯の領土になっている。
このまま北西に進めばヘッセンバッハ伯の領土となり、その領土の中に帝国自由都市フランヒューゲルはあった。
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