第十八章 アプフェル・カンプフェン -9-
ベルナール班とファリニシュの班が消え、残りは三班となった。
校舎の正面に回って、マリーの班とノートゥーン伯の班の勝負の結果を見ようか。
この二班の力は拮抗しているのか、ずっと戦い続けであった。
どちらが出てきても厄介な相手であるが、さてどうなっているか。
表に出ると、ちょうどマリーがビアンカの林檎を奪ったところであった。
マリーを相手に持ちこたえているとはビアンカも腕を上げたものだが、ということはノートゥーン伯をハンスが抑えているのか。
うん、その通りだった。
そして、二人の攻防は互角だ。
仮にも高等科二番手であり、
そして、ノートゥーン伯が抑えられている間に、本丸であるマクシミリアン・フォン・ティロールが、ヴォルフガング・フォン・アイゼンブルクによって打ち倒されていた。
マクシミリアンは、必死で逃げ回っていたようだが、ビアンカの敗退でマリーに退路を絶たれ、やむなくヴォルフガングに撃ちかかり、そして敗北を喫したのである。
「長時間戦っていたようだが、地力はマリー班の方が圧倒しているじゃないか」
「この規則じゃ、ノートゥーン伯の強みは生かせねえもんなあ。ハンスほどの武術と身体能力があれば、当然の結果さ。ビアンカもよく粘っていたようだけれどよ。いまのマリーの相手ができるやつって、学院にはそういないぜ」
そりゃそうか。
あのクリングヴァル先生の教えを受けているんだ。
並みの中等科生で太刀打ちできるはずがない。
「ヴォルフガングの剣は、二刀流だったな」
「ああ。手刀を使っていたが、二刀の動きだったな。
「マクシミリアンは自分の弱さがわかってたから、恥もなく逃げ回っていたみたいですがねえ。結局、ヴォルフガングの野郎とはものが違いすぎってことっすね」
参ったな。
あの三人には隙が少ない。
どうやって戦えばいいだろう。
「──来たか、アラナン君」
「わたしたちで最後かしら」
「これで、決着のようですね」
ぼくたちの姿を認め、マリーたちが臨戦の構えを取る。
「アラナン、わたしたちはカレルとヘルマンには手を出さないわ。だから、貴方も二人に手を出させないでちょうだい」
「要するに、一対三の勝負だ。どうだい、アラナン君。その方が君もやりやすいだろう」
悪くない提案だ。
その方が、ぼくとしても後顧の憂いなく戦える。
しかし、それではこのカンプフェンで班を組んでいる意味がない。
少なくとも学長は、そんな勝利を認めはすまい。
「駄目だね。カンプフェンはあくまで三対三の班別戦だ。勝負の決め手は、チームの連携であるべきだ。それに、カレルとヘルマンを──うちの班員を舐めるなよ」
「アラナン──」
「兄貴い──」
マリーとハンスの言葉にちょっと落ち込んでいたカレルとヘルマンが、ぼくの言葉で生気を取り戻す。
「意外ね。アラナンなら、味方を危険にさらすまいと、一人で戦う道を選ぶと思っていたわ」
「そうだね。わたしたちの分析も、いささか甘かったのかのしれない。昔のアラナン君なら、間違いなく一人で出てきたはずなんだが」
「いいわ。一対三は無理だったけれど、カレルとヘルマンはわたしが押さえるわ。ハンスとヴォルフガングで、アラナンをお願いね」
「了解した」
「──とうとうアラナンさんとですね。腕が鳴りますよ」
ぼくに向かってくるのは、ハンスとヴォルフガングか。
中等科生と初等科生でぼくを押さえようなんて、他の班なら舐めるなと叫ぶところだ。
だが、この二人が相手だと、
ハンスは剣を構えるかのように、両手を右肩の前に置いている。
無手でも剣士として戦うつもりのようだ。
ヴォルフガングは、両手を手刀とし、左半身の構えでぼくの行動を注視している。
二人とも、重心が前がかりになっているな。
守るつもりは毛頭ないというわけか。
「気を付けろ、ヴォルフガング君。アラナン君は拳も剣もよく使うが、魔法も巧みだし、何より頭が回る。
「はい」
「一番怖いのは、接近戦での体重の乗った肘と体当たりだ。これをまともに食らえば、素手でも死に至る。
「──恐ろしいことで。それじゃ、その怖さ──味わってみましょうか」
二刀を構えたヴォルフガングが、いきなり大きくなったように見えた。
踏み込みのタイミングで気合いを入れ直したからか。
いや、実際一歩で距離を詰めてきている。
遠間から、大した踏み込みだ。
右の手刀が上から振り下ろされる。
魔力の乗った剛剣。
普通に受ければ、骨が砕かれる。
だが、左手の螺旋で手刀を払う。
クリングヴァル先生直伝の防御を、そう簡単に抜かせやしない。
「まだまだ!」
左手の手刀が下からせり上がってくる。
メディオラ公の技か。
息子のサルバトーレではなく、他人のヴォルフガングが継いでいるとは皮肉なものだ。
だが、この技は見たことがある。
やるなら、本家を越える水準でやってくれないとな!
下から来る手刀を右肘で撃ち落とす。
沈墜の力を食らい、ヴォルフガングの体が流れた。
その隙を突いて、懐に入り込もうとする。
が、そこにハンスが突き込んできたので、慌てて三歩下がった。
「いまわたしが入らなかったら、
「──守りが完璧です。あの前に突き出た二本の腕が、難攻不落の要塞に見えます」
「それがわかっただけ、君は大したものだよ、実際、大抵の攻撃はあの腕で捌かれ、態勢を崩されて反撃を食らうことになる。一人で突っ込んでも勝ち目はないぞ。わたしと呼吸を合わせろ」
やれやれ。
ハンスはぼくの力をよく知っている。
一対一ならどう足掻こうがぼくの勝ちだということも。
だが、こう隙もなく二人で間合いを詰めてこられると、迂闊にこっちは踏み込めないな。
「行くぞ!」
ハンスの声とともに、右からハンスが、左からヴォルフガングが撃ち込んでくる。
同時の対処はぼくでも難しいが──此処は
袈裟で斬り下ろすヴォルフガングの腕を取り、前に引き込んでハンスにぶつける。
二人が重なったところに、肩口から背中で体当たりをかけた。
衝撃力では最大であろう──
もっとも、危険な一撃だけに魔力はあまり込めない。
下手をすれば殺してしまう。
まとめて吹き飛ばされた二人は、数回転して大地に倒れ伏した。
直撃でないハンスはそれでも呻きながら立ち上がるが、ヴォルフガングは白目を剥いている。
気絶したかな。
「アラナン君の体当たりは前にも見たが──威力が桁違いだ。後ろにいるわたしまで吹き飛ばされるとは」
「前のはただの体当たりだからね。これは──
「やれやれ。ヴォルフガング君とて高等科の下位程度の力はあると思ったのにな。あっさりと倒してくれる。だが、まだ負けたわけではないぞ」
よろよろと立ち上がったハンスが構える。
さあ、二回戦といこうか。
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