第七章 激突! オースヴァール -2-
訓練場に入ると、すでにジリオーラ先輩が準備万端で待ち構えていた。
柔軟運動を済ませ、いつでも開始できそうな状態で跳び跳ねている。
戦意旺盛だな、先輩。
前に負けて以来、いつも再戦を叫んでいたからな。
ぼくは新しく作った
今までの棒より真ん中がやや太く、両端が細い。
それだけしなりやすくなり、反発による打撃を与えやすいのだ。
ジリオーラ先輩の武器は、二本の短剣である。
その所作には隙がなく、間違いなく強敵である。
「この日を待ったで、アラナン! うちの全力見ときや!」
すでに、先輩は
意識をしなくても、ぼくはそれが視えるようになっていた。
先輩も
今のぼくから見れば、ガラス張りのように視える。
先輩の
いまは更にそれが強化されている。
下手なやつでは、影すら触れないね。
ぼくはゆっくりと中央に向けて歩いた。
ぼくの場合、すでに
だが、
先生には全く通じないけれどね!
一定の距離を置いて棍を構える。
普段のやんちゃな先輩は影を潜め、その表情は真剣なものに変わっている。
思わず視線に吸い込まれそうになり、何度か目を
そこに、ストリンドベリ先生の声が掛かる。
「
先輩の目を振り払った分だけ、声に反応が遅れた。
気付いたときには、目の前に先輩がいない。
──何処だ。
右!
高速の
速い。
が、撃ち落とせる!
棍に魔力を纏わせ、片端から叩き落とす。
水飛沫の向こう側に、先輩の驚いた
「
余程自信があったのか、ジリオーラ先輩が動揺している。
うん、なるほど、これが
相手の意識の隙を突くような、そんな魔法だな。
でも、ぼくはシピに教わって、
そのせいで、術の掛かりが甘かったようだ。
「ま、まだや! まだ手えあるで!」
動揺から立ち直ったか、先輩の気迫が復活する。
だが、先輩の戦い方にちょっと違和感を覚えた。
それが接近してこない。
いや、ぼくの
前回の戦いを考えれば、その可能性はあるな。
だが、それじゃ彼女の長所を消してしまう。
「行くで、アラナン。
ジリオーラ先輩の足下から、唐突に水が噴き上がった。
高速で噴出する水の幕は、先輩の周囲を護っているように見える。
ははあ、なるほど。
あれで
だが、あれじゃ先輩も攻撃できないんじゃ。
「まだや!
先輩が大きく右腕を振ると、噴き上がった水がまるで生き物のように渦を巻き、螺旋を描きながらぼくに向かって突き進んでくる。
付け焼き刃の
だが、甘い。
この程度の速度では、いまのぼくには通じない。
瞬間的に右足に
渦巻はその速度についてこれず、背後で地面に激突し、霧散した。
「な……!」
速度には自信があったであろう先輩が、ぼくのこの動きにはついてこられなかった。
だが、まだ
その表情には余裕が残されている。
しかし、その自信も次の一撃で泡と消え去るぞ!
突進の勢いに乗り、ぼくはそのまま棍を
本来なら水の勢いで巻き上げられ、弾き返されるのであろう。
だが、練り上げた魔力が水の壁を吹き飛ばし、大きな穴を穿つ。
その穴の向こうで、先輩は唖然として口を開けた。
「そんなん嘘やん!」
ちりっとぼくの脳裏に触られた感覚が残る。
だが、ぼくの
それが、最後の抵抗だった。
放ったのはただの突き。
だが、その威力に弾かれ後ろに吹き飛ばされた先輩は、そのままお腹を押さえて立ち上がれなかった。
「
ストリンドベリ先生がぼくの勝利を告げる。
先輩は救護の先生に助け起こされたが、その瞳には力がなかった。
おっと、大丈夫かな。
内蔵に後遺症が出るほど強くは突かなかったつもりなんだが。
「うちの術なーんも通じへんで、アラナンは突きひとつだけやなんて。自分、どんだけ強うなってんねん」
少し寂しそうな声だ。
確かに、前回のぼくは
それが今回は全く逆になり、先輩がぼくの動きについてこれなくなったのだ。
少しやり過ぎたかな。
そう思ったが、救護の先生に肩を借りて歩いていた先輩が急に立ち止まり、振り向いた。
そして、悔しげに足を踏み鳴らす。
「うー、うちがむかつくんは、その全力でやってへんよって顔や! くうー、覚えときや! 次やるときは、絶対全力を出させたるさかい!」
よかった。いつも通りの先輩だった。
訓練場を出ると、ハーフェズとハンスが出迎えてくれた。
拍手で迎えてくれるハンスに比べ、ハーフェズは皮肉っぽい笑みを寄越してくる。
「
ハンスなんか、言っている意味がわからないって顔をしているのに。
「しかも、まだ奥の手を隠している。でも、わたしとの試合では全力を出さないと……」
ハーフェズは右拳を軽くぼくの腹に当て、口を耳に寄せてくる。
「死ぬよ」
ちえっ、自信満々だな。
中等科トップを独走する実績が、こいつを化け物に変えている。
少なくとも、ジリオーラ先輩のときのように、余裕は持てないだろうな。
「ハーフェズこそ、ぼくとやる前に負けるなよ。お前の相手も相当やるやつみたいだぞ」
「ふふふ。アラナン、君がスヴェン・クリングヴァルに教えを受けている間、わたしはキアラン・ダンバーに師事をしていたのだ。高等科の生徒とて、
おっと。
でも、クリングヴァル先生なら、ダンバーさんにも怯まないだろうね。
その弟子のぼくだって、ハーフェズに負けるわけにはいかないんだよ!
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