第七章 激突! オースヴァール -2-

 訓練場に入ると、すでにジリオーラ先輩が準備万端で待ち構えていた。

 柔軟運動を済ませ、いつでも開始できそうな状態で跳び跳ねている。

 戦意旺盛だな、先輩。

 前に負けて以来、いつも再戦を叫んでいたからな。


 ぼくは新しく作った楢の木ロブルの棍の調子を確かめる。

 今までの棒より真ん中がやや太く、両端が細い。

 それだけしなりやすくなり、反発による打撃を与えやすいのだ。


 ジリオーラ先輩の武器は、二本の短剣である。

 流水コッレンテの隙を少なくするための工夫だろうか。

 その所作には隙がなく、間違いなく強敵である。


「この日を待ったで、アラナン! うちの全力見ときや!」


 すでに、先輩は身体強化ブーストを掛けている。

 意識をしなくても、ぼくはそれが視えるようになっていた。

 先輩も魔力隠蔽コンシールメントを使っているが、一年前のぼく並みだ。

 今のぼくから見れば、ガラス張りのように視える。


 先輩の身体強化ブーストは、一年前でもぼくらを圧倒する鍛練が積まれていた。

 いまは更にそれが強化されている。

 下手なやつでは、影すら触れないね。


 ぼくはゆっくりと中央に向けて歩いた。

 ぼくの場合、すでに増幅強化アンプリフィケイションを常時維持しているのが普通になっている。

 だが、魔力隠蔽コンシールメントは結構上達したんで、学生相手に見破られることはないだろう。

 先生には全く通じないけれどね!


 一定の距離を置いて棍を構える。

 普段のやんちゃな先輩は影を潜め、その表情は真剣なものに変わっている。

 思わず視線に吸い込まれそうになり、何度か目をまたたかせた。

 そこに、ストリンドベリ先生の声が掛かる。


始めアンファンクト!」


 先輩の目を振り払った分だけ、声に反応が遅れた。

 気付いたときには、目の前に先輩がいない。

 ──何処だ。


 右!


 高速の水弾アクアバレットが飛んでくる。

 速い。

 が、撃ち落とせる!

 棍に魔力を纏わせ、片端から叩き落とす。

 水飛沫の向こう側に、先輩の驚いた表情かおがあった。


催眠イプノージからの消失スコンパルサに反応したやて? うちの姿見えていたんかいな」


 余程自信があったのか、ジリオーラ先輩が動揺している。

 うん、なるほど、これが心理魔法ヴァールハイトってやつか。

 相手の意識の隙を突くような、そんな魔法だな。

 でも、ぼくはシピに教わって、精神障壁マインドバリアも常に掛けている。

 そのせいで、術の掛かりが甘かったようだ。


「ま、まだや! まだ手えあるで!」


 動揺から立ち直ったか、先輩の気迫が復活する。

 だが、先輩の戦い方にちょっと違和感を覚えた。

 静水の鏡スペッキオ・ディ・アクアで敵の遠距離攻撃を封じ、流水コッレンテで近距離攻撃を受け流しながら、高速で接近して倒すのが彼女の戦法だ。

 それが接近してこない。

 水弾アクアバレットを撃つだけなんて、全く彼女らしくもない。

 いや、ぼくの魔法の糸マジックストリングを警戒しているのか?

 前回の戦いを考えれば、その可能性はあるな。

 だが、それじゃ彼女の長所を消してしまう。


「行くで、アラナン。流水の障壁バリエラ・ディ・アクア・コッレンテ!」


 ジリオーラ先輩の足下から、唐突に水が噴き上がった。

 高速で噴出する水の幕は、先輩の周囲を護っているように見える。

 ははあ、なるほど。

 あれで魔法の糸マジックストリングの侵入を防ぐつもりかな。

 だが、あれじゃ先輩も攻撃できないんじゃ。


「まだや! 流水ヴォルティーチェ・の渦巻ディ・アクア・コッレンテ!」


 先輩が大きく右腕を振ると、噴き上がった水がまるで生き物のように渦を巻き、螺旋を描きながらぼくに向かって突き進んでくる。

 付け焼き刃の心理魔法ヴァールハイトより、新しい独自魔法ユニークが本命か!


 だが、甘い。

 この程度の速度では、いまのぼくには通じない。

 瞬間的に右足に増幅強化アンプリフィケイションを追加すると、爆発的な勢いで一気に先輩との距離を詰める。

 渦巻はその速度についてこれず、背後で地面に激突し、霧散した。


「な……!」


 速度には自信があったであろう先輩が、ぼくのこの動きにはついてこられなかった。

 だが、まだ流水の障壁バリエラ・ディ・アクア・コッレンテがある安心感があるのだろう。

 その表情には余裕が残されている。

 しかし、その自信も次の一撃で泡と消え去るぞ!


 突進の勢いに乗り、ぼくはそのまま棍を衝角ラムのように突き出したまま、噴き上げる水の壁に突っ込んだ。

 本来なら水の勢いで巻き上げられ、弾き返されるのであろう。

 だが、練り上げた魔力が水の壁を吹き飛ばし、大きな穴を穿つ。

 その穴の向こうで、先輩は唖然として口を開けた。


「そんなん嘘やん!」


 ちりっとぼくの脳裏に触られた感覚が残る。

 催眠ヒュプノシスを掛けようとしたのだろう。

 だが、ぼくの精神障壁マインドバリアを破れない。

 それが、最後の抵抗だった。


 魔力障壁マジックバリアをぶち破り、棍の先端が先輩の腹にめり込んだ。

 放ったのはただの突き。

 だが、その威力に弾かれ後ろに吹き飛ばされた先輩は、そのままお腹を押さえて立ち上がれなかった。


勝利者ズィーガー、アラナン・ドゥリスコル」


 ストリンドベリ先生がぼくの勝利を告げる。


 先輩は救護の先生に助け起こされたが、その瞳には力がなかった。

 おっと、大丈夫かな。

 内蔵に後遺症が出るほど強くは突かなかったつもりなんだが。


「うちの術なーんも通じへんで、アラナンは突きひとつだけやなんて。自分、どんだけ強うなってんねん」


 少し寂しそうな声だ。

 確かに、前回のぼくは魔法の糸マジックストリングに頼った戦法で、先輩の動きにはついていけてなかった。

 それが今回は全く逆になり、先輩がぼくの動きについてこれなくなったのだ。

 少しやり過ぎたかな。


 そう思ったが、救護の先生に肩を借りて歩いていた先輩が急に立ち止まり、振り向いた。

 そして、悔しげに足を踏み鳴らす。


「うー、うちがむかつくんは、その全力でやってへんよって顔や! くうー、覚えときや! 次やるときは、絶対全力を出させたるさかい!」


 よかった。いつも通りの先輩だった。


 訓練場を出ると、ハーフェズとハンスが出迎えてくれた。

 拍手で迎えてくれるハンスに比べ、ハーフェズは皮肉っぽい笑みを寄越してくる。


身体強化ブーストの強さが途中で上がったよね」


 魔力隠蔽コンシールメントを掛けていたのに、何でこいつにはわかるんだろう。

 ハンスなんか、言っている意味がわからないって顔をしているのに。


「しかも、まだ奥の手を隠している。でも、わたしとの試合では全力を出さないと……」


 ハーフェズは右拳を軽くぼくの腹に当て、口を耳に寄せてくる。


「死ぬよ」


 ちえっ、自信満々だな。

 中等科トップを独走する実績が、こいつを化け物に変えている。

 少なくとも、ジリオーラ先輩のときのように、余裕は持てないだろうな。


「ハーフェズこそ、ぼくとやる前に負けるなよ。お前の相手も相当やるやつみたいだぞ」

「ふふふ。アラナン、君がスヴェン・クリングヴァルに教えを受けている間、わたしはキアラン・ダンバーに師事をしていたのだ。高等科の生徒とて、おそるるに足らぬよ」


 おっと。

 黄金級ゴルト冒険者の手ほどきですか。

 でも、クリングヴァル先生なら、ダンバーさんにも怯まないだろうね。

 その弟子のぼくだって、ハーフェズに負けるわけにはいかないんだよ!

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