第二章 氷雪の魔狼 -4-
「ぐわっ」
まともに閃光を目に浴びたストリンドベリ先生だが、狼狽したのは一瞬で、すぐに腕を振るってきた。
だが、ぼくにはその一瞬があればよかった。
右腕の拳を回避しながらその外側に回り込み、斜め後ろから背中に拳を撃ち込む。
「
極限まで捻じ込まれた右掌打が、見事ストリンドベリ先生の右背面に突き刺さる。
同時に右足で大地に根を張ったことで、衝撃が後ろに逃げずに全てその掌打に集約する。
痛打を浴びたストリンドベリ先生は、それでも頑健な肉体にものを言わせて振り向き、ぼくの腕を掴もうとした。
だが、急にバランスを崩すと、血を吐きながら膝をつく。
「おっと、いかんな」
右背面が赤黒く変色しているのが目に飛び込んでくる。
うわっ、あれ誰やったの。
うん、ぼくか。
「
流石オニール学長、的確な分析です。
一目でぼくの切り札の正体を見破っていそうですね。
「エアルの
「キャセイというと大陸東方の果てではないか。エアル島までやってくるとは……いや、昔から東方の遊牧民たちは西へ西へと流れてきたものじゃな」
エアルの武術にキャセイの武術を取り入れたからね。
戦い方は結構変わっている方だと思う。
少なくとも、この周辺にはぼくと同じ戦法の人はいないんじゃないかな。
「ほれ、ストリンドベリ君、魔力の乱れは治しておいたから、もう大丈夫じゃ。痛みは暫く続くし、血尿くらい出るかもしれんが、ま、三日ほどで癒えるじゃろ」
ストリンドベリ先生の患部に手を当てていたオニール学長が、治療が完了したか手を離した。
確かにあの一撃で体内を巡る魔力の流れをがたがたにしたから、放置すると危ないところである。
あれを正しい流れに戻すとは、流石に
「痛みを取らないのは、生徒に一本取られた罰じゃな。おぬしの方こそ
「うう、しかし、生徒が使わぬをのを教師が使うのも面目が……」
「ストリンドベリ君はそこらへんが課題じゃな。教師としては相手に全力を出させるのも仕事のうちじゃから正しくはあるんじゃが。じゃが、いつも同じではいかん。相手に全力を出させずに勝つ。アラナンのように戦い方を仕込まれておる者はそのあたりのやり方が巧妙じゃ。だから、
「確かにいまの技は
ストリンドベリ先生は結構熱血だな。
しかし、気になったのは、
それって、
ぼくと似た技を使うのか。ちょっと気になる。
「そういえば、オニール学長、質問があるんですが」
「何じゃな」
「火と風の
「ふーむ。面白い発想するのう。大抵は冷気耐性をつけて凌ごうとするものじゃが。ま、要は気温管理じゃろう。周囲から熱を奪って自分の周りに留めるイメージでやるんじゃの」
なるほど。
周りから熱を奪ってくるか。
魔力を集める感覚で、魔力に熱を乗せて集めればいいのかな。
「
試しにちょっとだけ熱を集めてみる。
確かに、少しだけ暑くなったかもしれない。
逆をやれば涼しくなるのだろうか。
「ふむ、できたのか。
ひどい言い草だ。
ぼくは指先を弾くだけで淹れたての紅茶を出せたりはしない。
至って普通の
空間系の
とりあえず、試験はそれで終わりだった。
まあ、別にクラスがそれで決まるとかそういう話ではない。
もともと初等科は一クラスだけだし。
単純に力を見るのが目的のようだ。
ぼくは初等科を上回る力を持っていると判断はされたが、
そのつもりだったし、文句はない。
ただ、明日から二週間ほど学院に来れないことを言うと、ドゥカキス先生は微妙な表情を作った。
眼鏡を手で直して静かに怒りを表現している気もするが、これ指示したのは学長なんで文句はそっちに言ってほしい。
何処に行くかを聞かれてメートヒェン山だと答えたら、更に微妙な表情をされた。
どうやら、メートヒェン山に魔狼が出て誰も近付かないというのは有名な話のようだ。
魔物すら近付かないので、メートヒェン山には魔狼しか出現しないらしい。
「ふーん、楽でいいですね」
そう言ったら、ぷるぷると震えていたので慌てて退散することにした。
おかしいな、素直に言っただけなのに。
魔狼相手にしているときに、他の魔物も大量に相手にしなきゃならないとかだったら面倒だよね?
仕方がないから、学院を少し見学することにする。
流石に室内を徘徊していると目立つので、屋外の練習場だ。
生徒たちが
初等科は決められた授業があってみんながそれを受けるが、中等科、高等科になると選択によって授業のない空き時間も増える。
その時間潰しをしているのだ。
武術の鍛錬をしている生徒を見て回ったが、それほど大した相手はいない。
ストリンドベリ先生くらいぶっ飛んだ生徒もいるかとも思ったんだが。やはり教師だけあってストリンドベリ先生は相当強かったんだな。
先生に
「君は新入生か」
鍛錬を見学していたら、いきなり声を掛けられた。
気配は感じなかったんだが、と思ってきょろきょろと周囲を見回す。
すると、斜面の芝生の上に寝転がっている金髪の少年がいた。
目を閉じているのに、ぼくがわかったのだろうか。
「そうですが、貴方は中等科か高等科の人ですか?」
「ん……わたしを知らないか。ふむ、新入生だろうしな」
金髪の少年はぱちりと目を開けると、
長い睫毛と碧玉のような瞳。
男のぼくでも驚くほどの美貌だ。
白人にしてはやや日焼けした肌と、血の混じった異国情緒的な面立ちが、アルマニャックやヴィッテンベルクの人ではない雰囲気を感じる。
使っている言葉は、完璧な
「わたしは昼寝を愛する者だ。このフラテルニアはいい。昼寝をする自由がある。君もそう思わないかね」
「いや……昼寝を力説されても反応に困るんですが」
「くくっ、正直に正面から対応するその反応、流石は新入生だ。嫌いじゃない」
変な人だな、この人。
人を新入生呼ばわりする割にはあんまり年上っぽくないし。
でも、鍛錬をしている女生徒なんかはめっちゃこっち見てる気がする。
ハーフェズ様……とか、誰あの子……とかひそひそ話されるのは何か気になるな、もう!
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