第60輪.つばき


椿の匂いがする。


真っ赤な椿の花が、ぼとり、ぼとり、と落ちる様を見て

「潔くって良いわよね、私もこんな風に逝きたいものだわ」

彼女はそう言って笑っていた。


椿の匂いがする。


赤い椿が好きだと言うから、わざわざ庭に植えたのだが

「血のような赤も良いけど、死装束のような白も素敵じゃない?」

彼女はそう言って笑っていた。


椿の匂いがする。


わたしは文庫本を置き、椿を見ようと立ち上がり、縁側に向かって、


足を止めた。


椿の匂いがする。


雪の上に落ちた

腐りかけの真っ赤な椿が見える。


いくつもいくつも。


そんな筈はないんだ。


椿の匂いがする。


そんな筈はないんだよ。


あの椿は、彼女が死んだ日にわたしが――――――――











椿の匂いがする。

彼女がまだ生きていた頃、庭にあった椿の匂いがする。



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