手を繋いで、眠りにつきたい。

 優しいおでこにふれたい。

 さらさらの髪にふれたい。

 愛しいって、伝えたい。


「メグ……」

「……!」

 河口は立ち上がった。マツリが目を開けたのだ。

「…………。此処は」

 意識を取り戻し、腕にくっついている点滴の針と自分のベッドを見て、マツリは少し考え込んだ。たしか、またあの記憶を掘り下げる機械に結ばれていたはずだったのに。

「今、……メグと言ったか?」

 河口が眉間にしわを寄せてそう呟くと、マツリははっと起き上がり、彼を見つめた。

「あ……あの、私」

「……脱水症状一歩手前だったそうだ」

「え?」

「数値はほぼ無反応のくせに、分かりにくい奴だな」

 ため息を交えて、「ほら」と水を手渡す。

「あ、ありがとうございます。あの……」

「河口だ」

「河口さん」

「……はー」

 ため息。

 ――なんっつうまっすぐな目で見るか、この女。

 本当に調子が狂う。

「……信じらんねぇな。こんなんが二人もいんのか」

「へ?」

「いや」

「あっ……! か、河口さん!! 今! ……何時ですか!?」

 マツリは慌てた、部屋には時計がなく時間が読めなかったからだ。

「あ? あぁ……。今四時半くらいかな」

「……四時半」

「?」

 マツリは少しだけ考えて、心配そうに河口を見上げる。

「……もう一度」

「?」

「あの検査。今日やりますか……?」

 じっと見つめられ、河口はたじろいだ。

「や、だってお前。お前の記憶は……」

 ――難儀なんぎすぎて進まないんだよ。

 つい本音を漏らしそうになって、止めた。マツリはそんな風に黙った河口に首を傾げる。

「河口さん」

「あ?」

「今までの検査で、その……私のことを化け物ブラックカルテだと、思いましたか」

 河口はきゅっと、無意識に唇を噛んだ。

「私……異常ですか?」

 そして、何も言えなかった。

 正直、「異常だ」と思っていた。だが、マツリのことをどうしてもブラックカルテだとは思えなかった。

 なにか別の。もっとなにか別の異常を、彼女は抱えている。

 それは、これまでのブラックカルテから感じられる畏怖いふの念ではなく、もっと悲しくていびつなもののように感じた。しかし、それをうまく言葉にはできなくて、河口は黙ってしまった。

「…………」

 時雨に続くこの回答に、心臓がぎゅっと軋んで、マツリは俯いてしまった。

「今日は松田さんが居ない」

「え?」

 河口の言葉に顔を上げる。

「何かあれば、俺を呼べ。今日は宿直しゅくちょくする」

 ガタンと椅子を鳴らし、河口は立ち上がった。マツリはそんな河口を不思議そうに見つめた。

「……なんだよ」

 その視線に眉を寄せる。

「……や。思ってたより、優しいから」

「は!?」

 ――あ、やっぱ怖いかも。

「いえ、ありがとうございます……」

「……よく寝ておけ。明日また検査の続きだ」

 それだけ言って、河口は出ていった。そんな彼を見て、「なんだかあの人、メグに似てる」と、マツリはぼんやり思った。


 窓を見ると、月が夕空に白く浮んでいた。

 ――メグは本当に来るんだろうか。

 変な瞑想めいそうひろがる天上を見つめていると、あ、なんだろう。心臓が軋む。痛みを伴って、軋む。

「……苦しい」

 呟く。電気もついていない部屋の中。沈む太陽を見送って、どんどん暗闇を迎えていく。月はまだ輝かない。星はまだ浮ばない。

 強烈に、メグに会いたいと思った。

 だけど、来てほしくないとも思った。

 だって、どうせ、捨て身で来る。

 楓が死んだ日も、敵わないと分かっていながらメグは楓に向かっていった。

 血が出ても、化け物に向かっていった。

 ――私は、それが怖い。

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